第37話【不可視の蹂躙】姿なき“気配”の侵入。三人を一瞬で無力化した、人外の正体とは
【前回までのあらすじ】
前室警備と内部監察補助の兼任が正式に認められ、セブンはついに“無罪と復職”という念願の日常を取り戻した。
復帰初日の任務を終え、ただの近衛兵として眠りについた彼のもとへ、王宮を揺るがす緊急の報せが飛び込む。
王妃殿下の部屋前でエリシアが倒れた――その悲鳴が、平穏の崩壊と“物語”の再開を告げていた。
王妃前室へ向かう廊下。
廊下にはすでに数名の兵が走り回っている。
誰もが焦り、誰もが状況を把握しきれていない。
俺が駆け抜けると、兵たちは道を開ける。
「セブン殿、急いでください!」
「前室が封鎖されました!」
「エリシア殿が……!」
断片的な声が耳に入るが、俺は立ち止まらない。
階段を駆け上がり、角を曲がり、王妃の前室へ続く最後の廊下に差し掛かる。
そこには――前室の扉が半開き。
廊下には兵が数名。その中央で、エリシアが床に倒れている。
意識はあるのか、ないのか。彼女の周囲には血はない。だが、ただ事ではない。
そのすぐそばで、ガルド隊長が険しい顔で指示を飛ばしている。
俺が駆けつけると、隊長は振り返り、短く、鋭く言う。
「セブン!来たか!」
「ガルド隊長!これは何事ですか!」
隊長は短く息を吐き、状況を一気に説明する。
「セブン、状況はこうだ」
倒れているエリシアを一瞥し、低く、しかし明確に言葉を続ける。
「エリシアが前室の扉前で倒れていた。外傷はない。毒の兆候もない。だが、意識が戻らん」
「王妃殿下には異常なし。部屋の中にも侵入の形跡はない」
「…つまり、“前室の内部で何かが起きた”ということだ」
周囲の兵たちは緊張で固まっている。
俺の視線の先で、エリシアは浅い呼吸を繰り返しているが、目を開ける気配はない。
そして隊長は、俺の目をまっすぐ見据えて言う。
「セブン。お前は“前室警備”」
「だからこそ、この状況を最も正確に判断できるのは――お前だ」
「内部犯行の可能性が高い」
隊長は前室の扉を指さす。
「前室の状況を確認し、“何が変わっているか”だけを報告しろ」
「ここに警備として立っていた二人はどこですか? まずは話を」
俺の鋭い問いかけに、即座に隊長が反応する。
当然の確認。隊長は短く頷き、すぐに答える。
「二人なら――あそこだ」
隊長が顎で示した先、廊下の端に二人の兵が座らされている。
どちらも鎧は乱れ、顔色は悪く、緊張で手が震えている。まるで“何かを見た”者のようだ。
隊長は俺の横に立ち、状況を補足する。
「二人とも意識はある。だが、まともに話せる状態ではない。エリシアが倒れた直後、この二人は“扉の前で気を失っていた”」
「外傷はない。毒の兆候もない。だが、二人とも“何かを見て”気絶した可能性が高い」
二人の兵は、俺が近づくのを見ると怯えたように背筋を伸ばす。
俺が“同じ前室に立つ仲間”だからこそ、彼らは話せることがある。
前室前の混乱の中、俺はふと立ち止まり、倒れているエリシアと、廊下の端で震える二人の兵を見比べる。
二人の兵の顔がはっきりと見えてくる。
俺が何度も同じ持ち場で立った仲間。
「カインとヨルンだ。二人とも“気絶していた”。今は意識はあるが……見ての通りだ」
二人は俺が近づくのを見ると、まるで“救いが来た”かのように顔を上げる。
俺は二人の前にしゃがみ込み、落ち着いた声で問いかける。
「カイン、ヨルン!大丈夫か? 一体、何があったんだ」
その声は、同じ前室に立つ仲間としての声だった。
その安心感が伝わったのか、まずカインが震える声で口を開く。
「セ、セブン殿……! よかった……あなたが来てくれて……!」
彼は喉を鳴らし、必死に言葉を絞り出す。
「わ、私たちは……いつも通り前室に立っていました……」
「エリシア殿も、王妃殿下の部屋の前で……いつも通りで……」
カインはそこで言葉を詰まらせ、両手を握りしめる。
次に、普段は皮肉屋のヨルンが、珍しく震えた声で続ける。
「……気配、だ」
俺は眉をひそめる。
ヨルンは続ける。
「誰もいなかった。廊下も静かだった。扉も閉まってた」
「なのに――“誰かが横を通った”気配がしたんだ。音もなく、影もなく、ただ……通り抜けるような……」
ヨルンは自分の腕を抱く。
「次の瞬間、エリシア殿が倒れた」
「俺たちは……その“気配”がこっちに向いた瞬間――意識が……途切れた」
カインが震えながら付け加える。
「セブン殿……あれは……人じゃありません……」
「ただ……“通り過ぎた”だけで……私たちは倒れた……」
二人の証言は、どちらも一致している。
音はない、姿も見えない、ただ“気配”だけが通り抜けた。
その瞬間に三人が倒れた。王妃の部屋には異常なし。
これは、ただの襲撃ではない。
「では三人同時に、何者かの気配で気づいたときには意識がなかった……と?」
カインとヨルンは、俺の確認の言葉を聞いた瞬間、ふたり同時に小さく頷いた。
その“整理された言い方”に、彼らは少し落ち着きを取り戻す。
「……はい。まさに、その通りです……セブン殿。気配が……通り抜けた瞬間に……身体が、急に……重くなって……次に気づいたら……床に倒れていました……」
「俺も同じだ。気配が“横を通った”と思ったら、視界が一気に暗くなった痛みもなかった。殴られたわけでも、刺されたわけでもない。ただ……“意識が落ちた”」
ヨルンは歯を食いしばり、さらに続ける。
「エリシア殿も……同じ瞬間に倒れたはずだ」
これは物理的な襲撃ではない。
しかし、“何か”が前室を通ったのは確実だ。
『…………………グググ』




