第34話【物語の修正力】平穏への野望と「内部監察」の罠。プロットの強制を“兼任”で押し戻す
【前回までのあらすじ】
狂気を装うセブンと、沈黙で圧をかけるガルド隊長の二重構造に追い詰められた兵士たちは、恐怖と誤解で“名探偵ガルド”を生み出してしまう。
二人の兵士は自ら司法官のもとへ走り出し、王妃暗殺未遂事件は異常な速度で動き始めた。
密室に残されたセブンと隊長――ここから、セブンが“なぜそこまで現場復帰に固執するのか”という核心が語られようとしていた。
「俺がどうしても現場に戻りたい理由……それは……」
俺が背を向けたまま言葉を切った瞬間、ガルド隊長が息を呑んだ。
控えの間の空気が、先ほどまでの狂気の演技とはまったく違う、“本音の匂い”に変わったからだ。
「与えられた職務を遂行し、昇進し、給金を得て、家を買い、幸せに暮らす――その野望があるからです!」
隊長は、完全に固まった。
まるで予想外すぎて思考が止まった顔だ。
「……セブン」
沈黙。
やがて隊長は深く息を吐き、額に手を当てた。
「お前……そんな“健全で真っ当な理由”で、あの狂気の演技をしていたのか……?」
控えの間に、妙な静寂が落ちる。
さっきまでの緊張が嘘のようだった。
しばらく俺の背中を見つめていた隊長は、ふっと笑った。
それは心底、安堵した者の笑いだった。
「……セブン。お前は本当に予想がつかん。だが――その野望は、近衛兵として正しい」
「職務を果たし、昇進し、給金を得て、家を買い、幸せに暮らす。それは一兵士の、最も健全な願いだ」
隊長の手が、俺の肩に置かれる。
「だからこそ、お前を現場に戻すために――俺は全力で動く。お前の野望は、俺が守る」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
だが、ここで俺の立場をさらに明確にしておく必要がある。
「王宮に渦巻く陰謀の首謀者を捕らえ、事件を解決することが、俺の人生にとって重要だとは思いません」
「それは、この王宮にいる者たちが、それぞれの職務の範囲で解決すべきことです。巻き込まれた一近衛兵がすべてを背負うなんて――そんな夢物語は、本の中だけにしてください」
俺は“物語”に、ここで明確に釘を刺した。
隊長は即座にうなずいた。
「その通りだ。英雄譚は本の中でいい。現実の近衛兵は、陰謀の中心に立つべきではない」
「だがな、セブン」
来たか、この台詞。
「“巻き込まれた一近衛兵”が、ここまで状況を動かしたのも事実だ。お前がいなければ、ロルフもダリオも口を割らなかった」
「お前は英雄になろうとしているんじゃない。ただ、自分の人生を取り戻そうとしている。それは英雄譚ではなく――現実だ」
そして、声を少しだけ柔らげる。
「お前が望むなら、事件の中心からは遠ざける。だが――現場復帰を叶えるためには、最低限の真実だけは掴まねばならん。それは職務だ」
食い下がる。だが、俺を守ろうとしているのも伝わる。
「では具体的に教えてください。前室警備に戻る以外に、今どうしろと? 隊長としてご指示ください」
「いいだろう。近衛兵隊長として、職務上の指示を出す」
隊長は俺の横に立つ。声が引き締まる。
「セブン。お前を待機させる気はない。お前には“お前にしかできない役割”がある」
「“内部監察補助”として動け」
その言葉が、控えの間に重く落ちた。
「正式な役職ではない。だが俺が信頼する者にしか任せられん。兵士たちの素行、交友関係の洗い出し。王妃殿下の周囲の不審者の報告。近衛兵内部の噂や動揺の収集。そして逐次、俺に報告しろ」
そして、はっきりと言う。
「事件を解決する必要はない。ただ報告するだけでいい。だが――お前の目と耳は、今の王宮にとって必要だ。これが隊長としての指示だ」
俺を危険の中心に置かない、最大限の譲歩。
あまりにも絶妙な任務。
――「だがな、セブン」
あの台詞が出た瞬間、もう気づいていた。
これは“物語の修正力”だ。
この役割こそ、一近衛兵を物語の主人公に押し上げる道筋じゃないか。
何としても、この流れから外れなければならない。
隊長は、黙って立つ俺を見て眉を寄せた。
「内部監察補助は、事件の中心に立つ役割ではない。むしろ中心から遠ざけるための配置だ。お前を守るためのな」
まるで俺の内心を見透かしたように続ける。
「お前は近衛兵だ。解決者ではない。ただ見て、報告するだけでいい」
俺は一瞬考え、提案する。
このままでは、情報が俺に集まりすぎる。
「ではこうしましょう。前室警備と兼任という形にしてください。隣にライエルを置き、王妃の部屋にはエリシアを配置する。警備を万全にしつつ、俺は補助に徹する形です」
ガルド隊長は、予想外の方向から矢が飛んできたような顔で目を見開いた。
『……ヴヴ』




