忍び寄る影が忍び寄るが、俺は冷静だ!
ライエルが静かに立ち去った。
静かな夜、揺らぐ影、衛兵が扉の前を通り過ぎる。
彼らはあなたに興味を示さず、ただ形式的に見回りを続けるだけだった。
石牢の中は、再び静寂に包まれる。
だが先ほどまでとは違う。
ライエルが動き出した。王妃の沈黙の理由。影の勢力。
捏造された罪。
すべてが、ゆっくりと動き始めていた。
あなたは鉄格子越しに月を見上げる。その光は冷たい。
しかしどこか遠い希望のように揺れていた。
しばらくして…
階段の上から、別の足音が近づいて来る。
衛兵のものではない。もっと軽く、もっと静か。
まるで“忍び寄る影”のような足取り。
鉄扉の前で、その足音が静かに止まる。
低く、聞き覚えのない声が囁いた。
「近衛兵セブン。ひとつ、取引をしないか。」
「誰だ?」
あなたの短い問いかけ。闇の向こうの人物はすぐには答えない。
沈黙で石牢の冷気がひときわ濃くなる。
やがて、鉄扉の隙間からかすれた声が落ちてきた。
「…名乗るほどの者ではない。ただの“影”だよ、セブン近衛兵。」
声は若くも老いてもいない。
男とも女ともつかない、奇妙に均質な響き。
まるで“誰か”ではなく、“何か”が話しているようだった。
鉄扉の向こうで、布が擦れる音がする。
その人物は、あなたの顔を覗き込むように身を寄せたのだろう。
「お前は濡れ衣を着せられた。
だが…その真相を知りたいかどうかは、別の話だ。」
声は淡々としているのに、どこか愉しんでいるようにも聞こえる。
「知れば戻れない。知らねば救われない。さて…どちらを選ぶ?」
鉄扉の向こうの影は、セブンの返答を待っている。
その気配は、ライエルとはまったく違う。
味方か敵か判断できない、底の見えない存在。
ただひとつ確かなのは
この“影”は、王宮の闇に深く関わっているであろうという事だ。
この選択肢…知れば戻れないのに知らねば救われない…?
騙されるな…ただの一方通行じゃないか。
わざわざ危険を冒してここまでくる意図はなんだ。
俺の立場が重要?
ならばこっちが主導権を握れるという事だ。
「ライエルとお前…どちらがいい情報を持ってくるかで比べたい。」
鉄扉の向こうで、気配がわずかに揺れた。
挑発でも拒絶でもない。“天秤にかける”という極めて危うい選択。
その一言に、影はフッと笑ったような息を吐いた。
息を漏らすような、冷たい呼吸。
「…面白いことを言う。」
月光が、影の輪郭をわずかに照らす。その姿は見えないのに、存在だけが濃くなる。
「忠義の近衛兵ライエルと、王宮の影である私。どちらが“真実”に近いか…比べる、か。」
声は淡々としているのに、どこか愉悦が滲む。
やはり事情に詳しい。ライエルがここに来た事も知っているのか。
「いいだろう。その遊びに乗ってやる。」
影は、鉄扉にそっと指を触れたような気配を見せる。
やすりの様な振動が鉄越しに伝わってくる。
「ただし覚えておけ、セブン。情報というものは、誰が持ってくるか ではなく、
誰が“流したい”か で価値が変わる。」
その言葉は、まるで警告のようであり、誘いのようでもあった。
「ライエルは“正義”を信じて動く。私は“必要”を信じて動く。
どちらが真実に近いか…お前が決めろ。」
俺が決めるようなことなのか。なぜ俺に選択を迫るんだ。
「では、最初の“情報”だ。王妃殿下が沈黙している理由、それは、自身の意思ではない。
王妃は“監視されている”それも王宮の誰よりも近い存在に、だ。」
その瞬間、階段の上から衛兵の足音が響いた。
影は気配をすっと消し、闇に溶ける。
「また来る。次は…もっと深いところを話そう」
そして、完全に消えた。
衛兵が通り過ぎる。何も気づかず、何も疑わず。
あなたの胸には、影が残した言葉だけが重く沈む。
王妃は“監視されている”王宮の誰よりも近い存在に。
それは、王妃の周囲にいる者たちの顔を次々と思い浮かばせる。
侍女、侍従、護衛、側近、そして…王。
だがその誰にも怪しいところは思い浮かばない。
影は去ったが、影の残した言葉が頭を離れない。
そもそも正体も分からない者の言葉を信じていいものか。
しかし誰だったんだ一体。
石牢の上から、別の足音が降りてくる。
今度は、聞き慣れた足音。




