第二幕 第二場 勇者(三)
『勇者』エドガーは、魔王を討ち果たしたはいいものの、最後の最後に『聖女』が魔王を浄化し損なって、魔王の呪いを受けたらしい。
原因は、『聖女』が偽物だったため。
なんと偽聖女は、実は『盗賊』で、本物の『聖女』からスキルを盗んで偽装していたのだという。
こんなことが表沙汰になった日には、『聖女』スキルを確認した神殿も、その偽聖女を含む勇者一行を支援していた国も、赤っ恥をかいてしまう。魔王討伐の英雄譚にも傷がつくし、下手すりゃ何十年も遡る責任の擦り付けあいが発生する。
ということで、国と神殿が話し合った結果、勇者一行が呪いを受けたことは秘匿されることになった。
凱旋したのも祝勝パーティーに参加したのも勇者一行の代役で、本物たちは人知れず神殿の奥に療養という名の監禁をされていたのだとか。
そこからなんとか逃げ出したエドガーが、辿り着いたのがユディの宿屋だった。
以上が、死にかかっていた勇者を浄化しながらユディが聞いた話だ。
――――それから半月後。
「ユディ、薪割りは終わったぞ。次はなにをすればいい?」
「……なにもしなくていいから、さっさとどこかへ行ってくれ」
宿屋の裏庭には、せっせとユディを手伝うエドガーの姿がある。
陽光の下、黒光りする長髪をひとつに結んだ美丈夫は、引き締まった上半身を惜しげもなく晒していた。
「冷たいな。毎晩温もりを分け合う仲じゃないか」
「他人聞きの悪いことを言うな! あれはお前の呪いを祓っているだけだろう」
ユディが真っ赤になって怒鳴れば、エドガーはクスクス笑う。
エドガーの言うことも、満更誤りというわけでもなかった。
なぜなら浄化を重ねていくうちに、互いに触れ合う面積が多いほど浄化がスムーズに進むということがわかってきたからだ。しかも布越しより素肌の方が断然早い。
おかげで、今では二人は、上衣の前をはだけて抱き合う形で浄化を行っている。傍から見ればまさしく温もりを分け合っている体勢だろう。
うっかり思い出してしまったユディは、頬を熱くする。
「ったく、もう」
麦わら色の髪を忌々しげにかき上げた。
――――自ら勇者だと名乗った男は、共に暮らしてみれば、ずいぶん明るい性格だった。
(いや「明るい」なんて言い方じゃ、表現がヌルい。あいつはものすごく軽い性格だ! こんなのが勇者でいいのか?)
ユディは心の中で毒づく。
宿に到着当日は呪いで死にかかっていたこともあり、顔色含めひどく昏い印象だったエドガーだが、ユディが浄化をはじめてからは、終始笑顔を絶やさぬ好青年になった。
傷だらけで痩せ細っていた体も癒えて筋肉が戻り、頼みもしないのに宿屋の仕事を手伝って、こちらが言わぬことまで手を回す気の利きようまで見せてくる。
ちなみに、当初五日の予定だった宿泊は、一ヶ月に延長されていた。
おそらくそれまでには浄化は終わる予定だ。
「あんたからは、しっかり宿代を前払いでもらっているんだ。別に働かなくてもいいんだぞ」
というか、本気でなにもしないでいてほしいと、ユディは思う。彼の語った話の真偽はまだわからないが『勇者』などと名乗る男に、宿屋の下働きなんてさせられるわけがないではないか。
「俺がユディを手伝いたいんだ」
薪割りでかいた汗をタオルでぬぐい上着に袖を通しながら、エドガーは白い歯を見せた。
爽やかな男の色気が周囲に漂う。
この場に女性がいたならば、きっと黄色い歓声が上がったことだろう。
しかし残念なことに、ここにいるのはユディだけ。
(こんな宿屋の裏庭で、色気なんてふりまいてどうする気なんだ?)
ほとほと呆れ果てていれば、そこに元気な声が聞こえてきた。
「あ~! お前、またさぼっているな!」
ビシッとエドガーを指さし怒鳴るのは、容姿だけは可愛い少年だ。
「おっ、ペーター先輩、おはよう!」
声の方を向いたエドガーは、子どもに怒鳴られたことなど気にしたふうもなく、笑顔で片手を上げた。
「薪割りが終わったら厨房に顔を出せって言っておいたのに。もう、なにやってんだよ」
対するペーターは、プリプリ怒っている。赤い顔で地団駄踏んでいるだけなので、怖さは欠片もないのだが。
「いや、思っていたより早く終わったからな。他にやることがないかユディに聞いていたところだよ」
エドガーは、飄々と答えた。
どうやらペーターがエドガーに薪割りを頼んだらしい。
(……いや、なんだ先輩って?)
ユディは、呆然として目を瞬いた。
「それならいいけどよ。父さんは忙しいんだからな。余計な手間をかけさせるなよ」
タタタッと駆け寄ってきてエドガーを見上げたペーターは、偉そうに注意する。
「悪い、でも俺はユディが好きだからな。話せるチャンスは逃したくないんだ」
苦笑しながらエドガーは、そう言った。
ペーターの頬が、ますます赤くなる。
「ちょっ! もう『好きだ』とか……ストレートだな! これだから大人は……ま、まあ、父さんは魅力的だから、好きになるのもわかるけど」
狼狽えながらもペーターは、うんうんと頷いた。
「だよな!」
明るく笑うエドガー。
爽やかな風が、黒髪をさらりと揺らす。
「――――なっ! お前らは、いったいなにを言っているんだ!」
これ以上聞いていられずに、ユディは怒鳴った。
途端、ペーターはギクリと体を竦める。
「あ、父さん、これはその――――」
「ペーター! 彼はお客さまだぞ。まさかお前は、お客さまに仕事をさせているのか? それに、人を指さしたらいけないと、あれほど言ったのに」
ユディに叱られたペーターは、しゅんと項垂れた。
「ご、ごめんなさい。でも――――」
「謝るのは、俺じゃなくお客さまに対してだ!」
ビシッと言われたペーターは、泣き出しそうになった。
そこへエドガーが割って入ってくる。
「彼を叱らないでやってくれないか。これは俺が頼んだことなんだ」
ユディは、ジロッとエドガーを睨む。
「そんなことくらいわかっている。俺の子どもたちは、自分から客に仕事を任せたりしないからな。ただ、いくら頼まれたからって聞いていいことと悪いことがある。それをしっかり言い聞かせなくちゃならないんだ。……部外者は黙っていてくれ!」
ユディの言葉を聞いたエドガーは、グラリと大きくよろめいた。
頭を押さえ、膝をつく。
その様子に、ユディはびっくりした。
「お、おいっ! どうした、大丈夫か?」
最近はすっかり元気になっていて忘れがちなのだが、エドガーは現在進行形で呪いを祓っている最中だ。具合が悪くなってしまったのかと心配して声をかければ、背の高い男は、今度は胸を押さえて蹲る。
「おい――――」
「……ユディが、ユディが、カッコイイ! でも、俺を部外者だなんて。除け者にするだなんて……ひどいじゃないか!」
漏れ聞こえてきたのは、わけのわからぬセリフ。
「は?」
呆気にとられるユディとは反対に、ペーターは大きく頷いた。
「だよな! 父さんは、ちゃんと俺たちのことをわかってくれているし、それに叱るときはキリッと叱れるカッコイイ男なんだ。……部外者って言われたのは、まあ今は仕方ないさ。これから頑張れ!」
どうやらペーターには意味が通じたらしい。そしてなぜかエドガーをなぐさめている。
蹲る黒髪長身の男の肩を、金髪の少年がポンポンと叩く様は、どこかシュールだ。
「……ペーター?」
「あ! 父さん、ごめ……じゃなかった。エドガーさんごめんなさい! ……これでいいかな、父さん?」
反射的にユディに謝りそうになったペーターは、ハッと気づいてエドガーに頭を下げる。そして、上目づかいにユディを見つめてきた。
「いいとも! もちろん許すよ。……俺が許せば、問題なしだよな?」
間髪入れずに許したエドガーも、同じような上目づかいでユディを見つめてくる。
まだ蹲ったままなので可能な仕草だが、当然のことながら可愛らしさは欠片も感じない。
ユディは……心底呆れ果てた。
「もういい。わかった。この件についてはリックに聞く。お前らは厨房へ行け!」
これ以上二人の話を聞いていても埒は明かない。そう判断したユディは、シッシッと手を振る。
幸いなことにユディには、一緒に暮らしている息子がもうひとりいた。内気で大人しいが、その分ペーターより理性的な子だ。
「ユディが、ユディが冷たい! ……でも、そこもいい!」
「うんうん、父さんはクールなところもカッコイイよな。お前見る目があるぜ!」
そう言いながらペーターは、エドガーの背中をバンバンと叩く。
(……やっぱり、こいつらに聞くのはやめよう)
ユディは、蹴り飛ばす勢いで二人を追い払ったのだった。




