第一幕 第二場 宿屋の主人(二)
ユディの経営する宿屋は、王都の東門近くに建っていた。
あまり大きくない三階建てで、一階の半分は食堂で残り半分は居住部分。二階と三階が宿泊部屋だ。
宿屋としての格は中の上くらいといったところか。部屋はこじんまりとしているものの清潔で、料理も家庭料理だが美味しいと評判がいい。
主人がスキルなしの無能ということで敬遠する者もいるが、一度利用すればリピーターになる客も多く、結果そこそこ繁盛していた。
(だから面白く思わない奴も多いんだよなぁ)
とはいえ、理不尽な言いがかりを避けるために、宿の質を落とすわけにもいかない。
(俺は、普通に生きていきたいだけなんだがな)
スキルのない者にとって世渡りは難しい。
そんなことをつらつらと思いながら帰ったユディを迎えたのは、ペーターと同年代の少年だった。
「あ、父さん、ペーター、おかえりなさい」
名前はリック、十四歳。茶色のくせ毛と黒目を持つちょっと内気な子だ。
「ただいま。留守番してくれてありがとな。……ティムはまだ帰ってこないのか?」
帽子を脱ぎながら、ユディはリックにねぎらいの声をかけた。
ユディが世話している子は、今はペーターとリックとティムの三人だ。「父さん」と呼ばれているが、全員養子である。
そして全員スキルなしだった。
(まあ、こいつらも多少遅くなっても、いつかはスキルを得て巣立っていくんだろうけれど)
十歳を過ぎてもスキルを発現しない子どもは、どうしても周囲から疎まれる。それが孤児ならばなおさらで、三人とも王都の孤児院で厄介者扱いされているところをユディが引き取った子たちだった。
(別に慈善事業ってわけじゃない。俺も働き手がほしかったしな)
宿屋の経営がある程度軌道に乗り従業員を必要としたユディと、孤児院に居場所のなくなった子の両方の利害が一致しただけのこと。
ユディは子どもたちにそう伝えている。
三人の前にもユディは二人の養子をとっていた。
(こいつらは、俺がスキルなしでもバカにしないからな。……それにしても、この年で五人の子持ちとか、普通はないよな)
ちなみに前に引き取った二人の子は、両方とも無事にスキルを発現し、今では立派に独り立ちしている。
ユディの自慢の息子たちである。
今日はティムの十六歳の誕生日。教会に行っているはずなのだが――――。
「ただいま、父さん!」
少し遅いなと考えていれば、ちょうどそこにティムが帰ってきた。
年の割には体が大きく気の優しい少年の頬は、よほど急いで帰ってきたのか真っ赤に染まっている。
「おかえり、ティム。どうだった? ……って、聞くまでもないか」
「うん! 父さん、俺スキルを発現できたよ! 『騎士』だって」
興奮で目を潤ませ報告する姿に、ユディは頬をゆるませた。
「そうか、よかったな。ずっと騎士になりたかったんだろ」
ティムはうんうんと何度も頷く。
十歳でもスキルが発現せず十六になるまでの六年間。彼は毎年挫折を味わっても、けっして騎士になる夢を諦めなかった。宿屋を手伝いながらも一日も鍛錬を欠かさなかったのがその証拠だ。
本当によかったとユディは安心する。
「やったな、ティム!」
「おめでとう! 今日はお祝いだね」
ペーターとリックも我がことのように喜んだ。
「ありがとう。……父さんと二人のおかげだよ!」
ティムは本格的に泣きだしてしまう。おかげでユディまで泣きそうだ。
「さあさあ、騒ぐのはその辺にして仕事をするぞ。宿屋の客は待ってはくれないからな。……ティムも数日中には騎士団へ入団するんだろう? 荷物をまとめたり掃除をしたり、忙しくなるぞ。入団案内は教会で聞いてきたのか?」
『騎士』のスキルを得た者は、騎士団への入団が義務づけられる。このため教会には騎士団の派出所があって、スキル獲得と同時に入団手続きを説明されるのが常だった。
「うん。今日は派出所にアーサー兄さんがいて、俺がスキルを発現したらすぐに側に来てくれたんだ! いろいろ教えてもらったよ。――――兄さんは『俺が父さんの元でこれまで頑張ってきたことは、絶対無駄にならないから安心しろ』って言ってくれたんだ。『スキル頼みでろくに訓練もしてこなかった奴らなんて、あっという間に追いこせる』って」
アーサーとは巣立っていった二人の子どものひとりだ。スキルの発現は十八歳と遅かったのだが、騎士団に入ってからめきめきと頭角を現して今では隊長クラスになっている。
「そうか。アーサーがいたのなら安心だな」
ユディは、ティムの頭をわしわしと撫でた。
きっとアーサーは、今日がティムの誕生日だとわかっていて、教会に詰めていてくれたのだろう。
(相変わらず面倒見のいいお兄ちゃんだな)
フフフと心の中で笑っていれば、ティムがひどく真剣な表情でユディを見てきた。
「父さん……俺、頑張るよ。頑張って絶対父さんに恩返しする!」
ギュッと握られた拳が、少年の本気を教えてくれる。
「恩返しなんて考えなくていい。俺はそんなものを期待してお前らを引き取ったわけじゃないからな。お前らは宿でしっかり働いてくれた。それで貸し借りなしだ。……ただ、そうだな。もしそれじゃお前の気が済まないんなら、騎士団のお偉いさんになったら、うちの宿を贔屓してくれ。それで十分だ」
「わかった! 俺の知り合いは全員この宿に泊まらせるよ!」
ずいぶん横暴な騎士になりそうである。
ハハハと笑ってユディは仕事に移った。
今日の酒は格別に旨いに違いない。ユディにはそんな確信があった。




