第一幕 第一場 宿屋の主人(一)
ユディは、一見どこにでもいそうな平凡な男である。
年齢は三十三歳で、麦わら色の髪に茶色の目。取り立てて整った顔ではないが、顔をしかめるほど醜くもない。身長は平均より高めだが、体重は軽かった。筋骨隆々とはほど遠くてもヒョロガリとは違う。
強いて特徴を上げるなら、肌の色が男にしては白いくらいだろうか? 日焼けをしても赤くなるばかりで黒くならない肌は、ユディの悩みの種だ。まあ、それにしたってそんな男は他にもたくさんいるのだが。
要はまったく目立たぬ背景要員で、町を歩いていたとしても誰も注目などしないはずなのが、ユディという男の外見だった。
――――そう、外見だけを見るならば。
「お、なんだ無能じゃないか?」
「ハハハ。よく平気で生きているよな」
「俺だったら恥ずかしくて死んじゃうね」
王都の外れにある庶民向けの商店街。
今日もユディは目立っていた。それも悪い意味合いで。
「チクショー! あいつら――――」
それに怒るのはユディの養い子のペーターだ。年齢は十三歳。金髪と青い目をした可愛い少年なのだが、外見に反して短気で喧嘩っ早くガラが悪い。
「こら、かまうな。言いたい奴には言わせとけ」
すれ違いざまに悪口を言ってきた相手に殴りかかりそうなペーターを、ユディは首根っこを掴んで引き止めた。
「だって、父さん」
「いいから。……それに、俺が無能なのは本当のことだろう?」
ユディにとって、こんなことは日常茶飯事だ。相手にするだけ疲れるだけ。
(本当は、かなり前から無能じゃないんだが……俺は自分のスキルを公言するつもりがないからな。つまりは無能と同じことさ)
暴れるペーターを引っ張りながら、ユディは空を仰ぐ。
「いい天気だな」
へらりと笑った。
この世界には『スキル』という能力がある。
早い者は五歳で発現し、十歳くらいまでにはほとんどの人間がなにかしらのスキルを取得するのが世間の普通であり一般常識だ。
スキルの種類は『騎士』『農民』『鍛冶師』『商人』等々。
得た者はその名に相応しい技能を無条件で与えられ使えるようになる。
スキルの発現は年に一度の誕生日。五歳以降の子どもたちは、誕生日に必ず教会に行き、スキルが発現すればその場で報告して確認を受け登録されるのだ。
そんな中、ユディは三十歳をすぎてもなんのスキルも得られなかった。世間の一般常識で言えば、正真正銘の無能である。
(俺も五歳から毎年教会に通ったんだがな。……さすがに二十歳で行かなくなった)
五歳児と並ぶ二十歳の男なんてあまりにも惨めだ。
スキルは、発現すれば直ぐにわかる独特な感覚があるらしい。
しかしユディは、そんなものを教会で感じたことがなかった。
(いや、十歳のときに、なんとなく『なにか』が来たような感じはしたんだが……それもいっときで、その感覚は直ぐに消え去ってしまったんだよな)
一応親や神官にそのことは言ったのだが、その場ではユディのスキルは確認できなかった。
結局、その『なにか』は、ユディの勘違い。十歳という瀬戸際の年齢でプレッシャーを受けた子が、なんとかスキルを得たいという焦りのもたらしたものだったのだろうということに、その場の話はまとまった。
「違うよ! 父さん。本当に『なにか』が来たのに消えちゃったんだ!」
「わかった。わかったよ、ユディ。また来年頑張ろうな」
ユディの言葉は誰にも信じてもらえず、おざなりにされた。
同じタイミングで、一緒に並んでいた女の子が『聖女』のスキルを発現したせいもあるだろう。みんなそちらに夢中で、ユディなんかにかまっていられなかったのである。
(それも今考えれば、おかしなことなんだよな。『聖女』みたいな特殊スキルは、世界にひとりだけなんだから)
それで自分のスキルは、消えてしまったのだろうか?
いや、今さら考えても詮無いことだ。
過去に思いを馳せていたユディの意識を、ペーターの声が引き戻した。
「父さんは無能じゃない。立派に宿屋を経営しているし料理だって上手いじゃないか!」
「ああ。努力したからな」
プンプンと怒るペーターの頭を撫でながら、ユディは苦笑する。
宿屋に限らず商売を行う者のほとんどは『商人』スキルを持っていた。調理をするなら『料理人』のスキルがあるのが当たり前。
この世界では、それぞれの職業には、最適もしくは推奨されるスキルがあって、与えられたスキルの技能で人々は仕事をこなし日々の糧を得ている。
そんな中、スキルを持たないユディは、なにをするにしてもスキル持ちなら当たり前に持っている技能を、一から必死に頑張って身につけなければならなかった。
このため、ユディが食事付きの宿屋を経営できるまでには、スキルがある者には考えられないほどの苦労があったのだ。
「父さんの努力を知りもしない奴らが、あんな風に馬鹿にするのは許せないよ!」
口を尖らせペーターは怒りをあらわにする。
「言いたい奴には言わせておけ。変に逆らうと後が面倒くさくなるからな」
スキルなしの無能がスキルを持つ者と同じように稼げるなんて生意気だ。
そんなしょうもない感情を抱く人間も、世の中にはいる。
そんな奴らと言い争うのは時間の無駄だろう。
「でも――――」
「いいから」
まだ不満げなペーターを急がせて、ユディはその場から離れた。
こんなことに関わっている暇などないのである。




