幕間(二) 聖騎士の去った後
ローレンスが妹を連れ出した翌日。
離れの、完全に外れてしまった扉の前に、ローレンスの伯父と年配の男性が立っている。
豪華な白い神官服に身を包んだ男は、眉間にしわを寄せていた。
「しっかり管理してくださいと、お願いしていたはずですが?」
口調は苦く、誰が見ても不機嫌だとわかる。
「申し訳ありません! 姪は到底動ける体ではなく、まさか姿を消すとは思わなかったのです!」
一方、ローレンスの伯父は低頭平身。真っ青な顔に脂汗をかいている。
「容体は悪かったのですね?」
「ここ数日は、いつ死んでもおかしくない様子でした」
「それをこんな処に放置していたと? それで管理していたと言えるのですか?」
「そ、それは――――」
陽の光の下で見る小屋は、酷くみすぼらしい。屋根は端が崩れ落ち外壁もボロボロだ。小屋の周辺も荒れ放題だった。立木は枯れ、足下の雑草さえも何かの病原菌に感染したかのように茶色く腐っている。
「で、でも、一日一回は使用人に様子を見させていました! その際、本人の意識があるようなら、食事か水を与えるようにとも命令していましたし……か、体の清拭も一ヵ月、いや、数週間に一度くらいは――――」
伯父が言い訳すればするほど、男の機嫌は悪くなっていく。
「はぁ~」
心底呆れ果てたと言わんばかりのため息をついた。
ビクッと震える伯父を見て、こめかみを揉む。
「まあ、過ぎたことは今さらどうしようもありません。……自力で動けない娘が姿を消したとなれば、誰かに連れ去られたと考えるべきでしょうね」
男の言葉を聞いた伯父は、目を見開いた。
「そ、そんな! いったい誰が?」
「それを調べるのが、あなたの役目でしょう!」
ビシッと叱責され、伯父は身を竦めた。
カタカタと震えていれば、小屋の中からドナルドが顔を出す。
「父上――――あ、と伯父上、こんな物が小屋の中にありました」
ドナルドは、小さな空き瓶を手にしていた。蓋は取れて、なくなっている。
「何だ、それは?」
「――――こちらへ」
問い質す伯父を制して、神官服の男が手を出した。
ドナルドは、素直に彼に瓶を渡す。この場で誰が一番偉いかなど、言われなくともわかっているからだ。
瓶を受け取った男は、ジロジロと中を眺めた。軽く揺らした後に、頭上に持ち上げ太陽に透かし見る。
「何の特徴もない空き瓶ですね。ほんのわずか液体が残っているようですが……これだけでは何もわからないでしょう」
がっかりしたように男は手を下ろした。
その際、瓶に残っていた最後の一滴が地面に落ちる。
キラリと光ったしずくは、音もなく大地に染み込んだ。
途端! 枯死していた草が息を吹き返す。
あっという間に落ちた箇所が緑に染まり、みずみずしい新緑が波紋のように周囲に広がった。
「なっ! こ、これは――――」
男は驚きの声を上げる。
慌てて地面に膝をつき、こぼれた水滴をかき集めようとした。
しかし、覆水盆に返らず。服や手が汚れただけで、得られるものはない。
「これは、いったい?」
ローレンスの伯父は、呆然と呟いた。
「エリクサーだ! この効果は間違いない! この瓶には、エリクサーが入っていたんだ!」
男は大興奮。
聞いた伯父とドナルドも、仰天した。
「な、なんと! 何故、そんなモノがここに?」
「それがわかるのは、お前たちの方だろう! 吐け! どうしてここにエリクサーがあった?」
男は、鬼気迫る表情で伯父の襟を締め上げる。
「ぐっ! …………そ、そんなことを言われましても……私たちには、さっぱり」
「ならば調べろ! なんとしてもエリクサーを手に入れるのだ!」
本気の怒鳴を浴びせてきた。
伯父とドナルドは萎縮する。
「…………しかし、いったいどうすれば?」
オロオロとするばかりの二人に、男は大きく舌打ちした。
少し考え込み、やがてゆっくり顔を上げる。
「――――おそらくこのエリクサーは、ここにいた聖騎士の妹に使われたのでしょう。ならばその行方を追うのが一番のはずです。どの道、彼女は探し出さねばなりません。……我々の実験結果を知るためにも」
神官服とは不釣り合いな酷薄な笑みが、男の顔に浮かぶ。細めた目を、ひたとあばら屋に向けた。
「正直、こんな場所でエリクサーに出会えるとは思いませんでした。…………しかし、これで一連の事件に解決の糸口が見つかるかもしれません」
その目が見ているモノは、目の前の小屋ではないのだろう。
一種異様なその姿に、伯父とドナルドは底知れぬ恐怖を感じた。
そんな二人に、男は冷たい目を向ける。
「いつまで、そこにそうしているつもりです? さっさと捜索を開始しなさい!」
男の命令を聞いた伯父とドナルドは、慌てて駆け出していく。
いつの間にか緑の葉をつけた枯れ木が、ざわざわと警告するように葉を鳴らした。




