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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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幕間(二) 聖騎士の事情(一)

 ローレンスは、歴史ある子爵家の嫡男だった。

 とはいえ、貴族とは名ばかりの貧乏貴族。

 どれほど貧乏だったのかというと、本来子爵家を継ぐはずだった父の兄が、貧しさに耐えかねて、家の有り金全部盗んで出奔したくらい。

 そのせいで、元々気弱だった祖父母は心労で倒れ、遂には帰らぬ人となった。

 相次いで両親を喪い、繰り上がりで家を継いだローレンスの父は、それはもう苦労したらしい。

 それでもなんとかやり繰りできたのは、相思相愛だった婚約者――――ローレンスの母のおかげ。力を合わせ苦難を乗り越えた二人は、どうにか家を建て直し、晴れて結婚。ローレンスと五つ年下の妹アンジェラが生まれた。


 貧しさは変わらなかったが、家族仲よく暮らしていた世界が崩れたのは、ローレンスが八歳の時のこと。『聖騎士』のスキルをローレンスが得たからだ。


『聖騎士』は、勇者一行の中でも随一の物理攻撃力を持つスキル。その一撃は魔獣の群れを屠り、剣の一閃で魔族の軍団をなぎ倒す。


 それほど強いスキルであればこそ、誰もが『聖騎士』を自分の手駒にすることを望んだ。

 国は子爵家を伯爵家に格上げし、多額の貴族年金が受給できるようにしてくれたし、教会は最高の教育と剣技の指導を受けられる環境を用意する。

 そんな至れり尽くせりの親切の代償は、ローレンス自身の身柄だった。


 我が子を金で売るような真似をしたくないと、難色を示す両親を権力で黙らせた国と教会は、ローレンスを強制的に城へと移り住まわせる。

 王城に部屋を与えられたローレンスは、そこから城内にある神殿で『聖騎士』としての教育を受けることになった。


 そこから先は、ひたすら訓練と教育の日々だ。

 スキルを得たことで技術は労せず身についたのだが、剣を振るう力も戦い続ける体力も、一朝一夕に得られるものではない。ローレンスは、地道な体作りと『聖騎士』の名に恥じない教養を身につけるための勉強を、毎日限界まで強いられた。


 辛く苦しい日々に、八歳のローレンスが耐えられたのは、可愛い妹のおかげだ。

 城へ引き取られるローレンスの後を追い「にーさま、いかないで!」と泣いた妹は、その後三日に一度は手紙をくれるようになった。


 その手紙を糧に、ローレンスは努力を積み重ねる。

 しかし、そんな命綱とも言うべき手紙が、ある日途絶えた。

 ローレンスが十歳、妹が五歳の春、両親が馬車の事故で亡くなったのである。




 訃報を聞いて急ぎかけつけたローレンスの前に現れたのは、有り金盗んで出奔したはずの父の兄だった。

 生まれてこの方見たこともなかった伯父は、今後は自分とその妻がローレンスの親代わりになると、偉そうに宣う。

 正直「クソ食らえっ!」と怒鳴りつけたかったローレンスだが、まだ十歳の身では家督を継ぐことはもちろん、保護を拒否することも不可能だ。

 どれほど必死に訴えても、子どもの意見がとり上げられることはなく、血縁上はなんの問題もない伯父夫婦に親権は移ってしまう。


「あまり我儘を言ってはいけないぞ。妹が()()()()()()()


 反抗するローレンスに、伯父はそう言ってきた。

 あからさまな脅しだが、妹を人質に取られては従う以外に道はない。


「そうそう。お前は大人しく立派な『聖騎士』になることだけを考えていればいい。余計なことをしようと思うなよ。国も教会も私の味方だからな」


 伯父は、ニタリと口角を上げる。


 その後知ったのだが……ローレンスが聖騎士となった当初、子どもと引き離されることに抵抗した両親は、どうやら権力者に疎まれていたらしかった。ローレンスが城に移った後も、我が子に課せられる厳しい訓練に度々苦情を入れていたようで、国も教会も眉をひそめていたのだとか。

 反面伯父は、自分たちさえ贅沢に暮らせればローレンスなどどうなってもいいヒトデナシ。聖騎士を手駒にしたい権力者にとって、どちらが都合いいかは考えるまでもないことだ。

 今回の両親の事故死と伯父の登場は、国や神殿にとっては渡りに船だったのかもしれない。


「――――私はどうなってもいい! 妹は、妹だけは大切に育ててくれ!」


 必死に訴えるローレンスに対し、伯父はぞんざいに頷いた。


「すべてはお前次第だ。せいぜい頑張るんだな」


 どれほど誠意の感じられない言葉でも、それを信じる以外ローレンスに出来ることはない。拳を押さえて頷いた。



 その後の辛い日々を多く語るつもりはない。

 妹との手紙のやり取りは禁止され、会えるのは年に一、二回程度。


「元気か?」

「…………はい。お兄さまも?」

「ああ」


 その際の会話も監視される中で、ひと言二言だけだった。

 健気に微笑む妹が徐々に痩せていくのが気になったが、年頃になってダイエットしているのだと軽く躱されれば、黙るしかない。


(私と同じように、妹も脅されているのかもしれない)


 たしかめる術もなく、出来るのは一刻も早く強くなるための努力だけだった。確固たる力を手にすれば、伯父を黙らせることだって出来るはずだ。

 そう信じてローレンスは剣を振り続ける。




 そして、永遠に続くかと思われた地獄のような日々の果て、ついに魔王討伐に旅立つ時が来たのだ。


「必ず生きて帰って来る。そうすればもう誰にも文句は言わせない。二人で一緒に暮らそう」

「……お兄さま。お待ちしています」


 別れ際、ローレンスは妹とそんな会話を交わした。


 しかし、必死に戦った結果得たのは、魔王の呪い。


(あれほど固く約束したのに――――)


 かろうじて生きて帰れはしたが、激しい苦痛でわけもわからぬうちに、ローレンスは監禁されてしまった。




 そのまま、早数年。

 勇者とユディの力で死の淵から救い上げられたローレンスは、ようやく妹の元に帰ってきたのだった。


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