第三幕 第二場 聖騎士(三)
「うぎゃぁぁぁっ!」
「すっげぇぇぇぇっ!」
早朝の宿屋の厨房。
綺麗に整理整頓された室内に、大きな声が響き渡る。
最初の悲鳴はリックで、続いた歓声はペーターだ。
ユディは頭を抱えている。
「おいっ、なんだこれは?」
不機嫌に問い詰めたのは、エドガーだった。
となれば、問い詰められた相手は残るひとり。
「宿代だよ。私は君と違って現金の持ち合わせがないからね。食材を調達することで、代わりにしてもらおうと思ったんだ」
浄化をはじめて早三日。死にかけていたとは思えないほど元気になった聖騎士は、美しい笑顔を浮かべている。
げっそりこけていた頬は心持ちふっくらし、灰白色だった髪は綺麗な銀髪に。
劇的なビフォーアフターは、自分の目で見ていなければ信じられないほどだ。
そんな彼が指し示すのは、調理台からはみ出すほどに大きなコカトリスだった。雄鶏の体とヘビの尾を持つ怪物は、凶暴な性質と美味しいお肉で有名である。
清々しい朝の光が差し込む厨房に、ゴロリと転がる雄鶏の頭がなんともシュールな雰囲気だ。
「コカトリスの生息地は、一番近くでも王都から二日の距離のはずだぞ。いったいどうやって狩ってきた?」
「私は聖騎士だよ。アレイオーンに乗って行ったに決まっているだろう?」
エドガーの詰問に聖騎士が小声で答えたのは、リックとペーターに聞かれないようにという配慮だろう。もっとも二人共はじめて見るコカトリスに夢中で、こちらの話など耳に入っていないようだが。
アレイオーンというのは、馬の聖獣。一日千里を走ると言われている、一般人には近寄ることはもちろん見ることも出来ない幻の馬のはずなのだが、聖騎士ともなれば自由に乗りこなせるらしい。
エドガーは、小さく舌打ちした。
「派手に動いて、国や教会に見つかったらどうするつもりだ?」
「だから夜間に行ってきたのさ。……大丈夫。公式には『聖騎士』も『勇者』も別にいるからね。存在しないはずの私たちを、奴らが大手を振って探せるはずがない。君だってそう思うから、顔も隠さず出回っているんだろう?」
背の高い男二人が、背を丸めコソコソと囁き合う。
そういわれれば、エドガーたちは教会に監禁されていたのだった。エドガーはそこから自力で逃げ出してきたのだし、聖騎士はエドガーの手で連れ出してもらったのだ。
二人がいなくなったことを、国や教会はどう思っているのだろう?
(呪われた本物の勇者一行を、国が隠していたなんてことがバレたら一大事だものな。必死になって探しているんじゃないのか?)
ユディは、今さらながら心配になってくる。
「俺には記憶操作のスキルがいくつもあるからな。顔を隠す必要なんてないさ」
――――まあ、勇者にはいらぬ心配だったみたいだが。
(そうか。いつも軽い態度だから忘れがちだが、こいつは勇者だったな。魔王を倒せるくらいなんだから、人間の追っ手の目をくらませることぐらい簡単なんだろう)
ユディは、気持ちを切り替える。
まず対応しなければいけないのは、コカトリス。そして、それを持ち込んだ聖騎士だ。他のことは、後回しでも大丈夫。
「ローレンスさん、気持ちはありがたいのですが、あなたの宿代はエドガーから貰っているので不要なんですよ。……それに、正直コカトリスを丸々持ってこられても、宿では解体出来ないんです」
だから困りますという言葉を言外に匂わせて、ユディは話す。
ローレンスというのは、聖騎士の名前。ロニは彼の愛称だ。
「ユディさん、そんな言い方酷いです!」
せっかく捕ってきたコカトリスを不要だと言われたのが気に入らなかったのか、ローレンスが不満の声を上げた。
しかし、コカトリスほどの怪物を解体が出来るスキルは『冒険者』や『狩人』もしくは『肉屋』ぐらい。他は『料理人』のスキルを極めれば可能らしいが、かなり難しいと聞いている。
ユディは、スキル無しで『料理人』と同じことが出来るようになったのだが、その上の努力が必要となる解体までは手が届かなかった。
それを説明しようと口を開けかけたのだが――――。
「私に敬語は止めてくださいって、あれほどお願いしたのに! 名前だって『ロニ』と呼んで欲しいです!」
――――どうやら不満だったのは、ユディの話し方だったらしい。
「いや、でもローレンスさんも、私に対して敬語で話していますよね?」
「ユディさんは、私の恩人であり憧れの人でもありますから!」
「……エドガーには、普通に話しているじゃないですか」
「あんな奴とユディさんでは、比べるのも不敬です!」
いや、エドガーは勇者でユディは宿屋の主人だ。比べて不敬となるのは、ユディの方である。
「ユディさんだって、エドガーには気安く話しているじゃないですか! 私も同じがいいです!」
ローレンスは、駄々っ子のように叫んだ。
エドガーは、最初は勇者だとわからなかったし、わかった後も面倒くさい奴だとは思っても、敬意を払うような相手とは感じなかったから口調を変えなかったのだ。
(…………軽かったしな)
今さらエドガーに敬語なんて使えるはずもない。
ユディがそう思っていれば、当のエドガーが口を挟んできた。
「俺はユディに愛されているからな。お前とは違うんだよ」
しかもローレンスに対して、思いっきりマウントを取っている。
「別に愛していないぞ」
「またまた、ユディは恥ずかしがり屋なんだから」
「恥ずかしがってもいない」
「クールだな。そこもいい!」
言葉の通じない男との会話は疲れるばかり。ほとほと呆れていたのだが――――。
「あ、コカトリスの解体は俺に任せてくれ」
エドガーから発せられたその一言で、彼を見直した。
「できるのか?」
「俺は、勇者だからな」
器用貧乏ならぬ器用大富豪。特殊スキル以外のスキル能力は、全部使えるのが勇者だ。
ユディは素直に感嘆する。
「すごいな」
「フフン。もっと褒めてくれてもいいんだぞ」
鼻高々のエドガーに、子どもたちが駆け寄ってきた。
「今、コカトリスを解体ができるって聞こえたけど?」
興味津々に聞いてくるのは、ペーターだ。
「ああ、出来るぞ。ペーター先輩」
「す、すごいですね! 解体するところを見てもいいですか?」
「もちろん、かまわないとも。リック先輩」
ユディ以上に感心した子どもたちは、エドガーの手を引いてコカトリスの方に連れて行く。早く解体して見せてくれと、大騒ぎだ。
「…………先輩?」
そんなエドガーと子どもたちを見ていたローレンスは、不思議そうに首を傾げた。
「ああ、子どもたちはエドガーに宿屋の仕事を教えているんですよ。そのせいで『先輩』と呼ぶようになったようです」
最初にエドガーが子どもたちを「先輩」と呼んだときには、唖然としてしまったユディだが、今では諦めて受け入れている。彼らが納得しているのなら、とやかく言う必要もないだろう。
「…………先輩」
しかしローレンスは、なかなか納得できないようだった。早速コカトリスの解体をはじめたエドガーと、彼の手元を覗きこみ歓声を上げる子どもたちを、複雑な表情で見つめている。
「本当に彼は勇者エドガーか?」
ポツリと呟いた。
「さあ? 俺は、勇者を知らないから答えられませんけど、俺の知る彼は最初からあんな感じでしたよ」
ユディがそう答えれば、ローレンスはフッと笑う。
「そうですか。最初から…………であれば、あれが素の勇者なのでしょうね」
素かどうかはわからないが、もう少し落ち着きがあってもよさそうだ。
子どもたちと大騒ぎしながらコカトリスを解体するエドガーを見て、ユディはため息をつく。
「とても楽しそうだ」
羨ましそうにローレンスが呟いた。
「楽しみすぎだと思いますけどね」
一方ユディは呆れるばかり。とはいえ、子どもたちが笑っているから怒る気にはなれない。
肩を竦めて、朝食の準備に取りかかった。
幸いなことに宿屋は満員で、宿泊客の中にはユディの作る食事を楽しみにしている常連客も多い。
(新鮮なコカトリスなら、たたきでも旨そうだな。朝から唐揚げよりはいいんじゃないか?)
もっとも朝からガッツリ食べる客もいる。
両方作るかと考えたユディは、袖まくりをした。
「お手伝いします!」
そこにローレンスが寄ってくる。
ユディは、彼に胡乱な目を向けた。
以前エドガーは、聖騎士と賢者は、戦闘以外はポンコツだと言っていた。普通に「出来ない」ではなく「ポンコツ」だ。
(手伝ってもらって大丈夫なのか?)
どう考えても二度手間になる未来しか見えない。
断ろうと思ったのだが、キラキラと期待に輝く紫の眼に見つめられ……敗北した。まるでおやつを目の前にしたペーターの目のようで、冷たく出来なかったのだ。
「では、玉葱の皮をむいてくれますか?」
それくらいできるだろう。そう思ったのだが――――。
十分後、玉葱をすべて握り潰しボロボロ涙をこぼすローレンスの姿に、エドガーの言葉の正しさを思い知ったユディだった。




