第三幕 第一場 聖騎士(二)
「ロニ、気がついたのか」
ユディを抱き締めたまま、エドガーが聖騎士に声をかける。
「……………………君は、誰だ?」
ところが、ロニと呼ばれた青年は、訝しそうな視線をエドガーに向けてきた。
「誰だとは言い草だな。俺を見忘れたのか?」
「忘れてはいないが……君は私の知る『勇者』とは別人のようだ」
――――別人とは、いったいどういうことだろう?
首を傾げるユディの耳に、聖騎士の声が響く。
「私の知る勇者は、無表情で無愛想。無駄口のひとつもきかず、淡々と仕事をする男だった。…………少なくとも、誰かに縋りついて『俺を捨てないでくれ!』などと叫ぶ奴ではなかった」
(……誰だ、それ?)
聖騎士が話す勇者とエドガーが結びつかなくて、ユディは首の角度を深くする。
エドガーは「そうか」と言って、明るく笑った。
「なら俺は、そんな勇者でなくてかまわない。……ユディ、ユディは俺が勇者でなくとも変わらないよな?」
急に問いかけられたユディは、戸惑いながらも頷く。
「まあ……宿屋をやっていくのに、勇者なんて関係ないからな。俺とリックとペーターがいれば十分だ」
エドガーが勇者だろうとそうでなかろうと、どうでもいい。
「ひどい! なんでそこに俺を入れてくれないんだ!」
エドガーは抗議の声を上げた。
「お前がいなくとも、宿屋は十分回るからな」
「いた方が便利だろう? 薪割りでも、洗濯でも、ジャガイモの皮むきでも、なんでもやっているじゃないか! だからユディ、俺を捨てないでくれ!」
結局、話はそこに戻るらしい。
ユディは、大きなため息をついた。
「そもそも拾ったつもりもないんだが」
「ひどい! ユディは、俺を弄んだんだな!」
泣き真似までしてくるエドガーは、ひたすら面倒くさい。
どうしようかと思っていれば、聖騎士が話しかけてきた。
「――――フム。やはり君は、私の知る勇者エドガーではないようだ。……だが、悪くない。少なくとも私は、前の勇者より今の君の方がマシに思える」
きっぱり言った聖騎士は、ゆっくりベッドから体を起こす。
ユラッと祓いきれなかった瘴気が揺れて、ユディは咄嗟にそれを浄化した。
「ありがとうございます。聖女さま」
美しい紫の眼が、真っ直ぐユディに向けられ、頭が下げられる。
ユディは、少したじろいだ。聖騎士があまりに真摯な表情をしていたからだ。
(それに、俺はまだ自分が聖女だとは名乗っていないのに……)
「――――どうして?」
「あなたが聖女だとわかった理由ですか? 呪いを浄化してもらったのですから、わかって当然です。……それに、あなたの纏う空気は清廉だ。とても美しい」
聖騎士の表情は、大真面目。お世辞や冗談を言っている雰囲気は少しもない。
ストレートに褒められて、ユディは頬を熱くした。
(う、美しいって……空気がってことだよな?)
エドガーといい聖騎士といい、勇者一行はポンポンと恥ずかしい言葉を言い過ぎなのではあるまいか?
「そうだろ! ユディは最高に綺麗なんだ。しかも可愛いし!」
なのにエドガーまで乗ってくるから、いたたまれなかった。
「三十路の男に綺麗とか、止めろ!」
咄嗟に怒鳴ったのに、直ぐに反論される。
「美しさに、年齢や性別は関係ないぞ!」
「勇者の言うとおりだ」
しかも二人同時で同意見。ユディは黙らざるをえない。
ムスッとしていれば、聖騎士とエドガーの会話が勝手に盛り上がっていった。
「しかし、まさか君と意見が合うとは思わなかったな」
「まったくだ。そもそも意見どころか話が合うとも思わなかった」
「話そのものがなかったしな」
もっとも話の内容は、盛り上がりとは正反対。いったい彼らはどんな勇者一行だったのだろう?
また首を傾げていれば、エドガーがとんでもないことを言いだした。
「……だが、いくら綺麗でもユディに惚れるのは禁止だぞ。ユディは、今俺が必死にくどいている真っ最中だからな!」
聞いた聖騎士は顔を顰める。
「必死にくどいてこの様子なら、君に見込みはないんじゃないか?」
「なっ! ……ユ、ユディは、恥ずかしがり屋なんだ! 普段の俺たちは、肌を重ね合わせる関係なんだぞ!」
――――いや、それは浄化の一環だと思っていたからやっていただけのこと。
慌てて否定しようとしたのだが、その前に聖騎士が「そうか」と頷いた。
「体の関係があるのなら、横恋慕するのは野暮か。……非常に残念だが、君がフラれるのを待つとしよう」
いろいろツッコミどころの多い発言である。
「フラれないし!」
「それは君の希望的願望だろう?」
「なんだ!? その希望的願望というのは! それを言うなら希望的観測だろう!」
「希望的観測より、なお望みが薄い願いだということだよ」
「そんな『願い』があるか! ……あと、俺は絶対ユディにフラれないから!」
喧々囂々と言い争う勇者と聖騎士に、ユディは口を挟む隙もない。そっとエドガーの腕の中から逃れたのだが……気づかれなかった。
――――呆れかえって、静かにその場を離れる。
聖騎士の誤解をそのままにしておくのはどうかと思うのだが、かといって「だったら私もあなたをくどきます」とでも言われたら、それはそれで困るのだ。
(エドガーだけなら、なんとでもなるしな)
悲しいかな、エドガーの取り扱いにユディは慣れてしまった。
モノは使いよう。器用大富豪の勇者は、案外使い勝手もいい。
(…………なにはともあれ、聖騎士が思ったより元気になってよかったな)
部屋を出る前に、振り返る。
怒鳴り合う勇者と聖騎士の姿にクスリと笑って、扉を閉めた。




