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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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幕間 勇者の見つけた光

(…………絶景だな)


 エドガーは、自分の胸の上に両手を置き、体を密着させながら、一心に浄化を続けるユディに魅入られる。

 暗い部屋の中、ユディの両手は仄かな光を発していた。

 その光に照らされて、はだけた襟の隙間からチラ見えしている、首から胸元にかけてのラインが色っぽいなどと言えば、ユディはまた青筋立てて怒るのだろう。


(真っ裸より、乱れた着衣を纏っている方が欲情をそそるなんて、そんな想像したこともないんだろうな)


 ユディは、真面目で優しい男だ。

 不当にスキルを奪われ無能と蔑まれ続けても、曲がったりひねくれたりせずに、真っ直ぐ愚直に生きてきた。


(それだけじゃない。同じようにスキルの発現が遅い孤児まで助けるとか……聖人か?)


 ……いや聖女だった。正真正銘の『聖女』――――それも、()()()()()『聖女』だ。

 今代の『勇者』は、そう思う。





 魔王を倒し、呪いを受け、必ず解呪の方法を見つけるからと、そう言いくるめられて、神殿の奥に閉じ込められ、はや数年。

 待てど暮らせど朗報はなく、国や神殿には、(はな)から自分たちを救う気などなかったのだと、エドガーが気づいたのは一ヵ月ほど前のことだった。


(我ながら間抜けだ。よく考えればもっと早くに気づけていただろうに……今思えば、呪いでまともな思考が出来ていなかったんだな)


 絶え間なく襲う強い痛みと体の不調。手足は鉛のように重く、凍るほどに寒いかと思えば、次の瞬間には灼熱の炎に放り込まれたかのように熱くなる。

 そんな中で、ものなど考えられるはずもない。


(最初に『賢者』が耐性魔法をかけてくれたから、苦しみながらもなんとか堪えられてきたんだ。……それがなければ、とっくに狂っていた)


 このまま神殿にいても、飼い殺しにされるだけ。

 最悪な呪いを受けながらも、何年もかけて正気を取り戻した勇者は、なんとか神殿を抜け出した。


 ふらつく体で彷徨って、辿り着いたのは一軒の宿屋。

 そうしてエドガーは、ユディに会ったのだ。

 自分の聖女に。


(もっとも最初はユディが聖女だなんて、思いもしなかったな。……なんせユディは、俺に『お亡くなりになったりしませんよね?』と聞いてきたのだから)


 たしかにエドガーの様子は死人同様だっただろう。しかし、それでも曲がりなりにも客に対して、そんなことを聞く宿屋の主人がどこに居る?


 エドガーは、久しぶりに……それこそ数年ぶりに笑った。

 その後、なんとか部屋をとって倒れるようにベッドに入る。

 痛みで眠れないかと思ったが、ストンと意識を落ちた。


(……たぶん、ユディの『聖女』の力が効いたんだろうな)


 力の強い『聖女』ならば、なにもせずともその存在だけで周囲を浄化する。

 そんな嘘みたいな話が、まさか真実だとは思いもしなかった。

 エドガーが他ならぬユディの宿に辿り着いたのも、無意識に聖女の力に惹かれた結果かもしれない。



 ――――その夜起こった奇跡は、今思いだしても心が震える。



 久しぶりにぐっすり眠り、ふと差し込んだ温かな光に目を開ければ、そこにユディがいた。

 窓からこぼれる月の光に照らされた白い肌と、柔らかな色合いの髪。伏せたまつげが頬に影を落とし、間違いなく男なのにその姿は妖艶だ。


(ここは? ……ああ、宿屋だったな)


 ぼんやりとした思考が一瞬で明確になり、同時に驚愕した。

 あれほど重かった体が軽く、鈍い痛みはあるものの引き裂くような苦痛が消えていたからだ。


 自分の額には、目の前の男の白い手が触れていて、その手から注がれる聖力がひたすら気持ちいい。

 まるでそれは砂漠を彷徨った後で得た、冷たい水の一滴のよう。


 逃したくなくて、必死に手を伸ばした。


 掴んだ手の温かさを、今でも覚えている。


(呪われて以降、俺たちに触れる者はいなかったから)


 呪いはうつらない。それを誰より知っているはずの神官でさえも、勇者一行には触れようとしなかった。


 振り払われるかと思った手はそのままに、ユディはエドガーと会話してくれた。



「……………………お前は『聖女』なのか?」

「ああ。不本意ながら数年前からな」



 時期からすれば、魔王が偽聖女から『聖女』のスキルを引き剥がした頃か。


「そうか。……お前が」


 剥がされたスキルは、本来の持ち主の元に戻ったのだ。

 エドガーは確信する。




(……そこからは、ユディに気に入られようと必死だったな)


 ユディが大切に育てている子どもたちに取り入ったり、宿屋の手伝いを積極的に行ったり。


(ユディは俺の聖女だ)


 前の偽聖女には欠片も感じなかった独占欲が、溢れ出て止まらない。

 ユディを貶める奴らが気に入らなくて、いろいろ手を回した。


(器用貧乏じゃなくて、器用大富豪か……ユディは、うまいことを言う)


 勇者のスキルは万能だ。魔物を一掃する大魔法や魔軍をひとりで切り伏せる剣技は使えなくとも、街中の情報収集や噂を操ることなど、お手のもの。

 ユディに絡んできた輩を特定し、調べ上げて弱みを握り陥れたり脅したりすることは、エドガーにとっては造作もないことだった。


 特にユディと同じ学校だったと言った男には、念入りに対処する。調べたら勤めていた店の金を横領していたので、あっさりバラしてやった。しかも店主の妻と不倫までしていたというクズっぷり。色白で茶色の目をした妻に、男が()の面影を重ねていたかなんて、聞くまでもない。


(王都から遠く離れた鉱山で労働刑になったというから、もう二度と顔を見ないで済むな)


 他の者たちも、多かれ少なかれ酷い目に遭わせてある。

 もはや彼らにはユディに絡む暇などないし、あったとしても多少頭が回るなら、何が原因で自分たちに不幸が訪れたのかの察しくらいはつくだろう。


(理解して、なおユディに関わってくるようなら……次は容赦しない)


 エドガーにしてみれば、今回の報復は『手緩い』のひと言だ。ただやり過ぎればユディにバレる危険がある。


(ユディは優しいからな。曲がったことも嫌いだし、俺が裏から手を回したと知られたら、嫌われるかもしれない。…………それだけは、絶対避けなければ)


 幸いにしてそんな愚か者は今のところいないので、エドガーは助かっている。




 ありとあらゆる手を使ってユディに好かれたいと思っているエドガーだが、今のところ彼の努力はあまり報われていなかった。

 ユディの自己評価があまりに低いことが原因だ。


(俺がどんなに褒めて気持ちを伝えても、本気に取ってくれないからな)


 ユディは、自分が他人の恋愛対象になるなんて思いもしないのだ。平凡で無能な自分は愛されないと、当たり前のように信じている。

 エドガーの好意も、呪いを完全に浄化させたいという下心ありきなものだと思っていた。聖女だから愛されるのであって、そうでなければ自分になど見向きもしないはずだと、彼の目は語っている。


 そして、それを否定できる言葉を、エドガーは持っていなかった。

 彼が愛したのは、間違いなく『聖女』のユディだからだ。


(仕方ないだろう。俺が出会ったとき、既にユディは『聖女』だったんだ。……俺は『無能』なユディを知らない)


 自分の感覚を信じるならば、おそらくエドガーは、ユディが聖女でなくとも好意を向けたはずだと思っている。


 彼の頑張り屋なところ。

 リックやペーターを愛情深く育てているところ。

 エドガーを迷惑に思いながらも見捨てられないお人好しなところ。


 聖女であるかどうかは無関係に好ましいと思える点が、ユディにはたくさんある。


(でも、たとえなにをどう言おうとも、ユディがそれを信じられなければ、意味はないんだ)


 エドガーは、聖女のスキルで自分を救ってくれたユディに一目惚れし、その後彼を知っていくに連れ愛情を深め執着した。


 その事実はどうあっても覆せないし、覆す必要などないと思っている。


(俺は、ユディが……()のユディが好きだ)


 それに『聖女』は、他ならぬユディが発現したスキルだ。スキル自体は『盗賊』に盗まれ利用されていたとしても、スキルが発現するための人間性――――性格や性質、考え方などの本質は、変わらずユディのものだったに違いない。


(『聖女』だとか『無能』だとか、こだわる必要なんてないのに。……ユディはユディだ)


 しかしそれは、本人が気づかなければならないこと。


 悲しいかな、エドガーの言葉は、今のユディには届かない。


(だから俺は、俺がユディの傍にいるために、ユディが納得できる理由をやった)


 正直仲間を助けたいなんて、後付けの理由だ。


(いや、もちろん『聖騎士』も『賢者』もいずれは呪いを祓ってやりたいとは思っていたんだが)


 しかしそれは、ユディの体調や心の余裕を見て、次の浄化をしても大丈夫だと確信してからの話。

 あくまで優先するのはユディだった。



(予定は狂ったが仕方ない。今はユディから離されないことが一番だからな。ユディの一番近くに居て、たっぷり愛情を注いで甘やかしてやって、自分がなんであろうと愛されるべき存在だってことを思い知らせてやる)



 見れば、ユディの両手の光が、だんだんと弱くなっていく。


 ――――もうすぐ最後の浄化が終わるのだ。


 エドガーの体は軽く、痛みも不調も一切感じることはなかった。

 心もすっきり爽やかだ。


(……ああ、でも爽やかとは言えないな)


 ユディを見るたび湧き上がるエドガーの欲望は、爽やかとは真逆の位置にある。

 無意識に、ユディを抱く手に力を入れた。



(このまま離したくない)



 ずっと腕の中に閉じ込めて……永遠に。



 エドガーは、体の熱を持て余していた。


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