第二幕 第三場 勇者(七)
突然聞こえてきた声に振り向けば、そこにいたのは、がたいのいい男ばかりの三人組。
よくよく見れば、いつもユディを蔑んでくる連中だ。
(ゲッ……こんな早朝から会うなんて、今日は厄日だな。こいつら暇なのか?)
いや、見れば彼らも重そうな荷物を持っている。どこで働いているのかとか、そもそも誰なのかも知らないが、きっと彼らも買い出しの最中なのだろう。
「おい、あんた。どういう理由でその無能と歩いているのか知らないが、そんな奴とつるんでいると無能がうつるぞ」
三人の中でも、ことさらユディに絡んでくる赤毛の男が、嘲るようにそう言った。
――――相手にしたら面倒だ。
そう思ったユディは、足早にこの場から去ろうとする。
ところが、エドガーが足を止めた。
「ひょっとして、今のは俺に言ったのか?」
わざわざ赤毛の男に聞き返す。
「は? そうに決まってんだろう。こちとら親切で教えてやったんだぜ!」
赤毛の男の声は、いつもより大きい。
「ふ~ん? ……ユディ、彼らは知り合いか?」
エドガーは、今度はユディに聞いてきた。
「いや。名前も知らない奴らだ」
ユディが正直に答えれば、何故か赤毛の男が目を怒らせる。
「なんだと!」
「知らないから知らないと言ったのに、怒られても困る」
「俺は、お前と同じ学校出身だ」
どうやら赤毛の男は、同窓生だったらしい。とはいえ、見覚えはないのだが。
「学年は違うだろう?」
彼は、ユディより若そうだ。だからそう聞いた。
王都の庶民学校は八歳から十歳までの三年間、男女別でスキル以外の基礎知識を学ぶ。
同級生が次々とスキルを得る中、ユディは、からかわれたり馬鹿にされたりと、苦しく辛かった思い出ばかりだった。親友と思っていた者もいたが、スキル関連のゴタゴタで結局疎遠になっている。
いやな記憶ほど忘れられないものだが、ユディの記憶の中に、赤毛の男はいない。
「それは! ……そうだが」
「だったら覚えていられるわけがない。俺は無能で目立っていたのかもしれないが、あんたはそうじゃないだろう?」
とはいえ、学校時代のユディは今ほど目立ってはいなかった。十歳までなら、スキルが発現していない子は他にもいたからだ。
そんな中、学年も違うこの男は、なんでそんなにユディを覚えているのだろう?
少し不思議に思ったのだが、その戸惑いは男の怒声で吹き飛んだ。
「俺が、目立たないその他大勢だったって言いたいのか!」
いや、そうじゃない! 自分が悪い意味で目立っていたと言いたいのだ。
説明しようとするユディの前に、エドガーがスッと出た。
「そりゃそうだろう? ユディに比べたら、あんたは地味だものな」
馬鹿にするようにそう言った。
(…………煽ってどうする?)
ユディは頭を抱える。
案の定、赤毛の男は顔まで赤くした。
「なんだと!」
「ユディは、可愛いからな。今だってこんなに可愛いんだ。子どもの頃なんて、もっと可愛かったに決まっている!」
そう言いながらエドガーは、ユディを自分の胸に抱え込む。エドガーの身長はユディより二十センチ以上高いから、出来たことだ。
「お、おいっ!」
抗議するユディにはお構いなしに、言葉を続けた。
「ユディは、色白だし、線は細いし、そのくせ凜としていてカッコイイ。……ああ、俺も学生の頃のユディに会ってみたかったな。きっと人目を惹く美人だったに決まっている」
大真面目に嘆くエドガーに、ユディは呆れる。
今一度念を押すが、ユディの容姿は十人並みだ。たしかに色は白いし、男にしては華奢な部類に入るかもしれないが、可愛いとか美人なんて間違っても評される顔じゃない。
「こいつが可愛い? 美人?」
「お前、目が悪いんじゃないか?」
聞いていた他の男たちも口々にそう言った。
「可愛いさ! ……なぁ、お前もそう思うだろう?」
そう言いながらエドガーが視線を向けたのは、何故かプルプル震えている赤毛の男だ。いつもなら、一番にユディを貶めてきそうなものなのに、彼は口を引き結んでいる。
(言葉も出ないほど怒っているのか?)
ユディが首をひねっていれば、ようよう男は口を開いた。
「……………………可愛くない。……今のこいつは、可愛くない!」
出てきたのは、力一杯の否定の言葉。
なにもそんなに怒鳴らなくてもと、思うユディの頭の上で、エドガーは、ニヤリと笑った。
「……ふ~ん? 昔は、可愛かったんだ?」
「違う! 可愛くなんてなかった! ……ただ、ちょっと気になる先輩だっただけだ! 校内で何度もすれ違っていたのに、こいつはまったく覚えてなくて――――」
校内ですれ違っただけの下級生を覚えていろというのは、ちょっと無茶ぶりではなかろうか?
「ああ、そっか。憧れの先輩に無視されて、こじらせたってわけか?」
「憧れてなんていない!」
エドガーの言葉に、赤毛の男は顔をこれ以上はないほど真っ赤にして怒鳴り返した。
その様子は、まるで図星を指されて切れる子どものようで、ユディは目を丸くする。
「――――え?」
思わず見つめれば、目と目が合った。
「……くそっ! 行くぞ」
赤毛の男は、パッと顔を背けると、逃げるようにその場から立ち去っていく。
あまりに素早い退場に、残された者たちは呆気にとられた。
「お、おいっ、待てよ!」
「勝手に行くな」
他の男たちが慌てて後を追っていく。
「…………まさか、本当に?」
呆然と呟くユディの耳元に、エドガーが顔を寄せた。
「あ~あ、泣かせたか。……ユディは魔性の男だな」
そう言った。




