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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第二幕 第三場 勇者(六)

「勇者っていうのは、器用貧乏なのさ」

「器用貧乏?」


 王都の外れにある庶民向けの商店街。

 ユディは、隣を歩くエドガーの言葉に首を傾げた。


 時間は早朝。太陽は昇ったが、空気はまだまだ冷たい中を、白い息を吐きながらふたりは道を急いでいる。

 ユディは市場へ買い出しに行く途中で、エドガーは荷物持ちだ。これまでは、リックかペーターのどちらかが買い出しに着いてきていたのだが、ここ最近はエドガーオンリー。子どもたちは、宿で朝食の準備をしている。


 もちろんユディは不本意だった。




『エドガーの応援は、しないんじゃなかったのか?』

『これは応援じゃない。単純に効率の問題だよ、父さん』


 エドガーが同行することにごねたユディに対し、リックはそう返してきた。

 反論の余地の無い正論である。


 なぜならエドガーは、収納魔法が使えるから。

 収納魔法とは『商人』や『運び屋』スキルを持つ者が使える魔法のひとつで、重い物や嵩張る物を異空間に放りこんで、苦も無く運ぶことができる優れもの。


『なんでそれを勇者が使えるんだ?』


 その答えが、最初の会話だった。




「勇者は、特殊スキル以外のスキル能力は全部使えるのさ」

「全部?」

「ああ、全部だ」


 あっけらかんと告げられたエドガーの言葉に、ユディはポカンと口を開ける。

 たったひとつのスキルも無く『無能』と呼ばれていたユディから見たら、羨ましすぎて血涙が溢れそうな話だ。


「……どうしてそれが貧乏なんだ?」


 ユディの質問に、エドガーは肩を竦めて見せた。


「普通のスキルだけで特殊スキルが使えないからな。――――たとえば『騎士』のスキルは使えるが『聖騎士』のスキルは使えない。『魔法使い』の魔法は使えても、その上位スキルである『賢者』の魔法は使えないんだ。――――俺は、なんでも使えるようでいて、そのくせ、本当に強いスキルは使えないのさ」


 だから器用貧乏なのだと、エドガーは自嘲的に笑う。


「――――それのどこが貧乏だ! 十分すごいスキルだろう!」


 思わず怒鳴ったユディに、エドガーは驚いた顔を向けてきた。


「……ユディ?」


「なんでも出来るだなんて、最高じゃないか! 特殊スキルがなんだ? そんなもの普通に生活している分には、ひとつも関係ないだろう!」


 この世の何人が、生きていく上で特殊スキルを必要とするというのか?

 少なくとも宿屋の主人であるユディには、無用の長物だ。


「お前のスキルは、器用貧乏じゃない、()()()だ!」


 その貧乏なスキルのひとつでもあれば、ユディはここまで苦労しなくて済んだのだ。

 ユディの剣幕に呆気にとられていたエドガーだが、大富豪と言われて苦笑した。


「そうだな。……でも俺は『勇者』だったからな。少しでも強いスキルが欲しかったんだ」


『勇者』のスキル持ちには、発現と同時に魔王討伐が宿命づけられる。


 魔王は有史以来存在する人類の敵だ。魔族や魔獣の頂点に君臨し、魔国と呼ばれる北方の地より、人間世界に戦争を仕掛けてくる。不老不死で、これまで代々の『勇者』が仲間と共に魔王を倒すべく何度も戦いを挑んできたが、完全に倒せたことはなかった。


 今代の『勇者』――――エドガーが、討伐に成功するまでは。


「俺の仲間は『賢者』と『聖騎士』、そして偽物の『聖女』だった。……ユディは『賢者』の魔法を見たことがあるか? 一瞬で魔獣の群れを薙ぎ払う、とんでもない威力の魔法だぞ。『聖騎士』だって、人間の三倍はでかい魔族五人と、ひとりで渡り合って勝っていた。『聖女』については、そこまで凄いとは思わなかったんだが……今思えば、偽物だったからだろうな――――」


 どこか遠くを見る瞳で、エドガーは語る。視線をユディに合わせると、表情を歪めた。


「――――そんな化け物共と共闘するんだ。『勇者』なんて持ち上げられていたが、実際の俺は、あいつらに置いて行かれないように必死だっただけさ」


 エドガーの口調は苦い。


「でも、一緒に戦って魔王を倒したんだろう?」


「ああ。……あいつらは、特化型だったからな。自分の得意技以外は使えないし、戦闘以外はポンコツだ。『聖女』は、何も出来ない女だったしな。……俺の主な仕事は、あいつらを無事に戦場に連れて行って、連携させることだった。……まあ、魔王の体を傷つけられるのは聖剣だけだったから、とどめを刺したのは俺なんだが…………おかげで呪いを真っ正面から受けたのさ」


 思い出したのだろう。エドガーの表情が渋くなる。


「…………大変だったんだな」


 すっかり勢いをなくしたユディは、そう言うしかなかった。

 エドガーが呪いにどれだけ苦しめられていたのか、一番知っているのはユディだからだ。


「そうだな。でも、今となったらそれほどでもないさ。……だって、おかげでユディと会えたんだから」


 エドガーは、渋い顔から表情を一変させニカッと笑う。


「は?」


「そう思えば、器用貧乏じゃなく器用大富豪だな。ユディの言うとおりだ、間違いない!」


 どこか吹っ切れたように、エドガーは大きく伸びをした。上げた手を頭の後ろに組んで歩く姿は、今にも口笛でも吹きそうだ。



(…………こいつは『勇者』になって、魔王なんかと戦わされて、あげく呪いを受けたことを、俺と出会えたから……だから()()()()と……本気でそう言っているのか?)



 バカじゃないかと、ユディは思う。


「……いいのかよ、それで?」


「ああ。今の俺が、今までで一番幸せだ」


 エドガーは躊躇いなく言い切った。

 ユディは、なんだかいたたまれない。

 そんなことで幸せを感じるなと、叱りつけようとしたのだが――――。


「お? 変わった奴がいると思ったら、なんだ片方は()()じゃないか」


 バカにしたような声が聞こえてきた。


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