第21話
前世の夢を見た。
ひたすらパソコンの前でコードの羅列を眺めながらキーボードを無気力で叩いていた。
なくならないタスクに疑問を抱くこともなく、捌いては捌いてはパソコンの縁がカラフルに彩られていった。
無気力に惰性でキーボードを叩くような日々に、何も感じなくなっていた日々に、ただただ突然に、パソコンのモニターがまばゆく光り、その光に飲み込まれていった。
不思議と、不快感や恐怖は無かった。
「ディオー!!!」
そこで目が覚めた。ルルカの威勢の良い目覚めの呼び声で、はっと目が覚めた。
「前世の夢・・・」
昨日魔導回路の事を考えていたからかな・・・。
「ディオ!早く早く!!パーティー遅れちゃう!」
「ええ・・・今何時・・・」
眼を擦りながら窓の外を見ても、どう見ても夜明けの光がようやく差し込んできたくらいのようだ。
「もう5時!パーティーは10時からよ!」
「早くない・・・?」
城下町までは馬車で2時間、城下町の入口から城までは歩いて30分かかるかどうか。
「母さん、張り切るのはわかるけど・・・さすがに早いよ・・・。」
「でも母さん、あんな立派なドレス着るの初めてだし、髪の毛とかのセットもしなきゃでしょ?」
この美貌を持つ母でも、いや、この美貌を持つからなのかどうも今日は気合が入っている。
「アドワード・ブティックで髪の毛セットしてもらえば良いじゃない。あそこのオーナーなら母さんの頼み事喜んで聞いてくれそうだけど。」
ディオは頭を掻きながら欠伸をした。
昨日の大仕事の後によくわからん早起きをさせられている。不本意である・・・。
「ダメ!ドレス姿は一番初めにダーリンに見せるの!!見せたいの!!」
「ああ、そう・・・」
初デートでやたらと服装に気合が入る乙女か・・・。
《主、うるさい・・・》
同じベッドの、枕元で丸くなって寝ていたアウルムが文句を言いながら起きた。
うるさくしてるの俺じゃないんだけど・・・。
「んーと、母さんは父さんにドレス姿を一刻も早く見せたい訳ね。」
「そうよ!綺麗な姿はやっぱり一番愛する人に見てもらいたいじゃない?」
「はいはい・・・」
いくつになっても両親が仲睦まじいのは大変喜ばしい事だと思うが・・・この母の乙女脳は本当に衰え知らずだな・・・
錬金術の秘薬は若さを保つことは出来るが、精神年齢まで若返る訳ではない・・・はずなのだが、ルルカの頭のお花畑はいくつになっても変わらない。が、多少頭がお花畑でも許されるのはこの美貌のおかげなのだろう。
「母さん、ちょっとドレス入ってるトランク持ってきて・・・」
ディオは気怠そうに、ベッドに胡坐をかいてまた欠伸をした。
「もうあるわ!目の前に!」
ほんとだ。もうある。
ババーン!と効果音を背負っているのが見える程、ルルカは張り切ってドレスの入ったトランクを顔の横に見せつけるようにぎゅっと握りしめていた。
何故キメ顔・・・。無駄に美しいのが腹立つな・・・。
「えっと・・・じゃあトランクからドレス出して。」
「やーん。もう着替えるの?朝ごはんが先でしょう~?」
人の事叩き起こしといてこのふざけた態度。流石に我が母ながら腹立つ。
「いいから。父さんに見せたいんでしょ。」
いつも寝起きの機嫌は良い方だが、昨日の大仕事の後、無駄に早起きさせられこの態度を取られるとディオも苛立ったようだ。口調にそれが少し滲み出ている。
「え~、なんかディオ機嫌悪くない~?」
とブツブツ言いながらもアイテムボックスのトランクからドレスを取り出した。
「ふぅ・・・」
ディオはルルカの方に手を向けると、“置換”スキルを発動した。
するとルルカが手に持っていたドレスと、ルルカが来ていた普段着が入れ替わってあっという間にドレス姿になっていた。
「きゃーん!!なになに~!!何で何で?!ディオったらまた新しいスキルぅ~?!」
もっと喧しくなった・・・。
「母さん、父さんに見せたらもとに戻すから。早く見せておいでよ。髪の毛のセットは悪いけど俺にはできないからブティックにお願いしよう。」
「は~い!ダ~リィ~ン!!・・・」
言葉の語尾が余韻で響く速さでヴォルにドレス姿を見せにいった。
淑女ならドレスで走るもんじゃありませんよ・・・。
ルルカの騒ぎですっかり目が覚めたのでそのまま起きることにした。
まだ朝日が昇り切っていないようだが。
寝巻から着替え、寝室からリビングに向かい眠たい顔に冷や水を浴びせて顔を洗い、タオルで拭いていると、同じリビングの片隅でクルクルひらひらと舞うルルカの姿と、それを愛おしそうな眼差しで見つめるバカップル・・・もとい両親が視界に入った。
《ドラゴンハーフと錬金術師は相性がいいのか・・・?》
「知らん・・・」
顔を洗って意識がはっきりした頃、
「おはよう父さん。」
「ああ、おはよう。」
ドレス姿のルルカを精悍な顔つきなまま愛おしそうに愛でる父に朝の挨拶をして、
「母さん、そろそろ着替えるよ。ドレス汚れる。」
「あーん、もっとダーリンに見せたかったけど・・・帰って来てからも見せられるものね!ちょっと汚れてもディオがいるし!ねっ!」
ん?なんか俺のスキル頼りな発言が聞こえたような・・・気のせいか。
そしてまた“置換”スキルで普段着に着替えると、三人で揃って朝食を食べ、食べ終わるとディオとルルカはトランクを持って、ヴォルに見送られながら家を後にした。
村の入口まで行くと、もうマックスが荷馬車を準備していて、これから村の野菜たちを積むところだった。
「おはようマックス。」
「おう!ディオ、ルルカ、おはよう。」
「おはよう~マックス~」
はは、と浮かれた様子のルルカを見てマックスが笑った。
「上機嫌だな。そういや服はどうしたんだ?ドレスコードがあるだろう」
「ああ、このトランクの中にあるよ。それよりマックス、ちょっと試したい事があるんだけどいいかな?」
「試したい事?」
「荷馬車にちょっとね・・・」
ディオは荷馬車に近付くと、車輪の裏側を見た。すると車輪と荷台を繋げるサスペンション部分が老朽化しているのを見つけた。
この荷馬車、いつも揺れが激しいと思ってたんだよな・・・。
サスペンション部分にまず“浄化”のスキルをかけてみた。
すると劣化していた部分がポロポロと剥がれ落ち、新品のような綺麗なバネに戻った。
そこに“軟化”のスキルを弱くかけてバネの弾力を強くしてみた。そして最後に“状態維持”スキルでサスペンションを新品状態かつ、弾力を増したものに変えた。
「よし、成功した。」
ディオは上手くスキルをかけることができたので、他の三ヵ所の車輪のサスペンションにも同じようにスキルをかけた。
これで少しは乗り心地がよくなるかな。あとは・・・
と、ディオはそのまま車体の下に潜り込んだまま、荷台の下に何やら魔力を指に溜めて文字を書き始めた。
初めてやることだからどうかとは思ったが、試したくなったら試してしまうのはルルカ譲りか、錬金術師の性なのか。
荷台の下に潜り込んで魔力で文字をしたためる。すると一瞬、荷馬車全体がポウっと光った。
「よしっ!こっちも成功かな?」
ディオが施したのは、軽量化の術付与だ。
実はこの前、通信石を作った際にルルカが読んでいたという魔法論理の本を“速読”のスキルでざっと読んだのだ。しかも“暗記”スキルのおかげで一度読んだ内容は忘れないという、受験生だったら諸手を挙げて喜ぶようなスキルをまたアウルムに指摘されて気付いた。
こちらにも仕上げに“状態維持”をかけておく。
やりたかったことをやって、荷馬車のしたから戻ると、
「ディオ!あんた“軽量化”の術付与できるようになったの?!」
と、天才錬金術師はすぐに何をかけたのかわかったようだった。
「母さんの持ってた魔法論理の本を読んで試してみたんだけど、上手くいったかな?」
「あんたって子は・・・上出来よ!」
ルルカはまた自分の子が知らぬ間に自分に追いついてきたのが癪だったのか、ぷんと頬を膨らませてはいたが、褒めてくれた。
本当はもっと荷馬車を改良したいけど、今は時間ないし、これだけでも快適になるはずだ。
「な、何をしたんだ?」
何が起きているのかわからないマックスは荷馬車が光ったことに驚いて少し慌てていた。
「車輪のサスペンションを直して、荷馬車全体に“軽量化”を付与してみたんだ。」
「よくわからねぇが、とにかく馬車をよくしてくれたって事だよな?」
「まぁそんなところかな」とディオはニカっと笑った。
ありがとな!とマックスは疑うこともなく素直に受け入れてくれた。
「それじゃあ行くか!」と村人たちの野菜の積み込みが終わるとマックスは馭者席に座り手綱を引いた。
軽量化のおかげで、いつも通りに走ろうとしたマックスが勢いに押されて馭者席の後ろ壁にぶつかったのは言うまでもない。




