第九話 「たとえ地獄の底であろうと、貴女が望む最後の瞬間まで、私は貴女と共に参ります!」
しかしジェロームは、隣に座る "ミス・エレーヌ" の美しい横顔を見ながら、今は亡き侯爵令嬢 "エリザベート" の事を思い出していた。
彼女はとても美しい。
だが時折見せる表情がとても、とても可愛らしく見えたのだ。嘗てあの修道院に送られる直前の、マクシミリアン皇太子の前で「呪い」を口にした時の、あのエリザベート嬢に似た雰囲気を感じていた。
そんな中、彼は何気なく見たエリザベートの手元に、黒く光る指輪を見てハッとした。
それはルノワール公爵家に代々伝わると言われている指輪に見えた。彼女があの時も指にはめていたあの、黒薔薇を模した彼女に相応しい指輪であった。
あれは紛れもないエリザベート嬢が持つべき指輪……。
ジェロームの心臓は、激しく脈打った。
「ミス・エレーヌ……、貴女はいったい……」
思わずエリザベートに向けてそう口にする。
その目線は指先に向けたままで……。
「ジェローム様?どうされたのですか?」
エリザベートは表情を崩さず手元を隠す。
それを見てジェロームは確信した。
普段は身に着けていないはずの彼女のその指輪。それにジェロームが視線を向けていることに気付き隠す彼女を見て、目の前の、この完璧な美貌と冷たい仮面を纏った女性は、エリザベート・フォン・ルノワール公爵令嬢であると。
全てが繋がった。
彼女の底知れぬ復讐心があの二人を、帝国を貶める為だけに注がれている恨みの根源を。
ジェロームはもう遅いと悟った。
彼女が彼のために変わったことはすでに口走ってしまっていたのだ。あの時の彼女も心は氷に閉ざされたまま、何とも滑稽だ。
嘗て一方的に愛を向けていたと、その彼女の為に努力したのだと、それをあろうことか本人に伝えたバカな男。
『もう遅い』
そんな答えが返ってきたことも頷けた。
バカな男だ。
心の中で何度も自身への悪態を繰り返すジェロームは、それでも必死に、どう思われようが彼女に、彼女の永遠に溶けない氷のような恨みに、最後までしがみ付こうと思った。
彼の真実の愛を、見返りを求めない献身的な愛を、そのすべてが試される時が来たのだと知った。
エリザベートを愛している。
その事実は、彼女がどのような結末を迎えたとしても変わらない。
ジェロームは、会合が終わり二人きりになった部屋でエリザベートを見つめた。
「ミス・エレーヌ」
少しだけ緊張した様子のエリザベートはジェロームを見つめる。
「貴女の目的は、この帝国の権力構造を崩し、マクシミリアン皇太子殿下を失墜させ、ロッティ嬢と共に地獄へと突き落とすことですよね……。その願いを叶えるために、私は、全ての財産と人脈を、惜しみなく貴女に捧げましょう!」
エリザベートは驚きながらジェロームを見る。
彼は何かを知った目をしていた。
「ジェローム様。突然何を……」
「貴女の心には憎悪、恨みの炎しかないのですよね……。それは、いずれ貴女の魂を焼き尽くすのでしょう。私は、貴女の復讐の炎が燃え尽きるまで、その炎を支える糧となりましょう!」
ジェロームはエリザベートの手をそっと握る。
「そして、最後に貴女の、その魂を救って見せる!」
ジェロームは、かつての小太りで自信のなかった男ではない。
彼は今、愛する女性のために、気概のある男へと変貌した。
そしてその愛を証明するために、彼は全身全霊をかけて復讐に加担してゆくことを決意したのだ。
「たとえ地獄の底であろうと、貴女が望む最後の瞬間まで、私は貴女と共に参ります!」
彼は、エリザベートの冷たい手に、暖かい温もりを伝えようと努力することを、真実の愛を注ぐことを深く胸に刻んだ。
彼のその深い共感、共に歩むと告げられた甘い毒が、エリザベートの心に予期せぬ変化をもたらし始める。
――― 最後の罠
あの断罪劇からもうすぐ3年。
私とジェロームが仕掛けた最後の舞台は、マクシミリオン皇太子が婚約者となったロッティとの婚姻を発表する大切なパーティであった。
この場で、二人の婚姻が公に告げられ、その後の皇家のみで行われる婚姻の儀が執り行われる。
この帝国の皇家が粛々と行ってきた慣例に沿った流れだ。
私は「ミス・エレーヌ」として、そのパーティに招かれた。
そして、商業ギルドの長として出席したジェロームの婚約者として、長い列に並び二人の前に立っていた。
マクシミリオンは目の前に現れたエレーヌに見惚れた後、嘗ては愛していたはずの女性の面影を感じ胸が高鳴った。
最近何かと耳に入るこのエレーヌという女。
美しくもやり手で、今やこの女の指先一つで社交界がひっくり返るとも言われているのは聞いていた。
病に倒れ寝たきりとなっている父からも、この女だけは失礼なことをするなと釘をささてれいるほどの女だ。
それにしても良い女だ。
その時マクシミリアンは思ってしまった。
すでにマクシミリアンとロッティの関係は修復不可能だった。
このまま婚姻の儀を済ませ、後はお互い好きに生きれば良いのだと、そう思っていたマクシミリアンの頭の中に「真実の愛」などもう消え去っていたのだ。
彼らは互いの存在が重荷であり、ここ最近は常に苛立ちをぶつけ合っていた。今回の流れについても、ロッティは他の貴族家や平民たちが行うような、大々的な式を挙げたいと無茶を言っていたようだ。
先ほどから不機嫌そうなロッティを見て、マクシミリアンの苛立ちは最高潮に膨れ上がっている。
場の空気を壊すロッティには冷たい視線が投げられていたが、彼女はその視線を気づかぬまま、不機嫌さを隠す素振りすら見せていなかった。
本日もう一話投稿します。
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