第七話 「こんなことを初対面の、しかも女性に語るには失礼かと思いますが、どうしてか貴女には伝えたいと思ってしまう」
私はこの男を利用する。
目立たぬよう地味に着飾っていたあの時とは違い、煌びやかな姿へと変じてみせた今の私なら、彼を容易く御せるのだと、そう思っていたから……。
食事を終えた後、ジェロームは私をエスコートするために馬車まで同行した。
「ミス・エレーヌ。貴女を見ていて、僕はある女性を思い出してしまったよ」
馬車に乗る寸前、私を呼び止めた彼。
夜の闇の中、彼の瞳は真っ直ぐに私を見る。
その瞳は、闇を携え藻掻く私を強く照らすように輝いて見えた。
「エリザベート・フォン・ルノワール公爵令嬢。貴女ほど煌びやかではなかったが、とても慎ましく可愛らしい女性だった。そして彼女もまた、貴女と同じ強い意志と、氷のような気高さを持っていた……」
その名を呼ばれ心が凍り付きそうになりながら、エレーヌという仮面の下で口元を微かに歪めた。
「彼女は婚約破棄され、修道院に追放されたと聞きました。そして最近亡くなられたとも……、残念なことです」
私は冷静を装い他人事のように言った。
ジェロームは夜空を見上げ、独り言のように呟いた。
「こんなことを初対面の、しかも女性に語るには失礼かと思いますが、どうしてか貴女には伝えたいと思ってしまう」
少しだけ瞳を潤ませる彼を見て、魂が震えるのを堪え口を開く。
「聞かせて、くれますか?」
その言葉にほほ笑む彼は、静かに話し始めた。
「私は……、あらぬ罪で彼女が追放されてしまった後、彼女にふさわしい男になりたいと、ただそれだけを思い死ぬ気でここまで変わったんだよ。でもそれも、遅すぎたけれどね……」
私は息をのんだ。
彼があろうことか私の、貶められた哀れな私のために変わったのだと……、そしてそれがもう遅いのだと……。
そうだ。もう遅いのだ。
私は、私のためだけに、私の望む復讐を遂げるまで、立ち止まる気もない。
もう遅いのだ。
私は彼を、復讐の踏み台として、利用するのだ。
私の心は、復讐の炎で熱く燃え、黒薔薇の棘により固く縛られている。その棘は誰をも傷つけ、もう二度と解かれることはないのだから。
「そう、ですね」
私は冷たく微笑んだ。
「もう遅い。どんな後悔も、過ぎ去った過去は戻せません」
続けた私の言葉は、私が思う以上に冷たく、夜空を凍らすように冷気を帯びていた。
私はジェロームを利用し、二人を、マクシミリアンとロッティを地獄の底に突き落とす。
それが私のハッピーエンドだ。
私は復讐が叶うまでは、最後まで絶対に立ち止まることはない。
――― 復讐の黒薔薇
院から出て数か月後、エリザベートはミス・エレーヌとして、帝都の社交界に舞い戻った。
ジェローム・ド・ロシュフォール辺境伯。今や帝国一の力を誇る商業ギルドを率いる男だ。そんな魅力的な男が私の後ろ盾だ。
彼は私を「北方の富裕な貴婦人エレーヌ」として紹介し、彼の莫大な資金力と人脈は、私の復讐を力強く後押していくれていた。
私は彼に紹介されたご婦人に魔法をかける。
「二人で内緒のお話をしませんか?」
そう言って密室にこもってはご婦人の本当の望みの品を具現化する。
ある子爵のご婦人は過去に焼失してしまった思い出の本を、ある男爵令嬢は買いそびれ悔しい思いをした高価な宝石を、ある高貴な御夫人は透き通るほどの若返った肌を……。
「これは私と貴女の秘密ですよ?」
私は相手の唇に指をあて笑う。
「分かったわ、エレーヌ!」
感情を強く揺さぶられ、本当の望みが叶えられる。そして、誰しもが羨望の眼差しを私に向けてくれた。
そして静かに部屋を出ると、互いが目で合図して別れるのだ。いずれ再会して私に手を貸してくれる従順な『駒』として。
「ミス・エレーヌ、君はいったいどんな魔法を使っているんだい?あの気難しいご婦人がもう君に夢中じゃないか?」
周りに聞こえないように耳元でそう言うジェローム。
耳に吐息がかかり思わずドキリとして身を引いた。
「嫌ですわジェローム様。女同志のたわいのないおしゃべりをしただけで……。内容は、もちろん秘密です」
私の返答に「そうですか」と笑うジェローム。
彼のおかげで私を推すご婦人が、使える『駒』が増えてゆく。
それがまた新たな人脈を呼び、それぞれの「欲望」を具現化する。
富、名声、地位への渇望が私の周りで渦を巻いて広がりをみせてゆく。
私はひっそりと魔歌を謳い、帝国の有力貴族たちを取り込みはじめた。
私の心は今もまだ復讐の業火で熱く燃えていた。
かつて私を追放した二人を、それを取り巻く貴族たちを、私は絶対に許しはしない……。彼らを地獄へ送り届けるまで、私は黒薔薇を咲かせ続けるのだ。
――― 崩壊する愛のシナリオ
私の最も優先すべき復讐は、マクシミリアン殿下とロッティの二人に向けられていた。
私は彼らを直接攻撃する代わりに、彼らの言う「真実の愛」とやらを崩壊させることに狙いを定めた。
ロッティはその自由奔放な物言いを、周りの者たちは『殿下が褒め称えるのだから』と仕方なしに認めるふりをしていた。だが皆がそれを繰り返す内、それが彼女の魅力なのだと錯覚させる。
そんな不思議な力を持っているように思えた。
恐らくそれは、シナリオの持つ強制力がゆえなのだろう。
そう考えていた。
私は味方に引き入れた貴婦人たちとのお茶会を通して、ロッティの平民らしい無作法や、無知な言動を嘲笑する風潮を作り出した。純粋さだけではいずれは皇帝陛下となる殿下を支えることはできないのだと。
だがそれはまだ復讐ではない。
ただ単に、無知な彼女に己の現実を見せているだけなのだから。
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