第六話 「ミス・エレーヌ。貴女との取引は必ずや我がギルドに多大な利益をもたらすでしょう!」
「亡くなった母の形見なの……」
そう言った彼女の話を聞くと、ここに送られてくる時、「持っていかせられない!」と言われ、兄に取り上げられた母の形見となるネックレスだったようだ、
もちろん具現化で出したものだ。私の指輪動揺、同じものでは無いと思うが、恐らくは彼女の記憶にある物と寸分た違わぬものだろう。
「母から、お嫁に出る時につけなさいって、そう言われたの……」
彼女はそのネックレスを大事そうに眺めていた。
私はそれを手に取ると、彼女の首にかけほほ笑んだ。
彼女は私に抱きつくと、子供のように声をあげ泣いていた。
その声を聴いた他のシスターたちが部屋に押しかけてきたので、「都合がいいわ」と次々に魔歌を謳ったことで、今日この日を迎えることができたのだ。
首元の呪いはもう消え去った。
院長達の協力もあり何事もなくこの院を出ることができるようになった。
半年前のあの日から、私は、エリザベートは死んだことになっていた。
その方が都合が良いのと言った私に、皆が賛同して口裏を合わせてくれていた。
私は院長が手配してくれた馬車に乗りこむと、帝都を目指して移動を開始した。
まずはこのすぐ近くの商業都市を目指して、私の復讐の旅が始まったのだ。
――― 巡りあう運命
私は具現化の力を完全に制御できるようになっていた。
歌にのせ発動することでその黒薔薇は咲く。
相手の心を覗き見て、その欲望を増幅させ、無から財を生み出し、そして、私自身を強く敬慕させるほどに成長していた。
この力があれば、私の復讐は必ず果たされる。
そう思いながら、私は帝都を目指した。
帝都を目指していた旅路を始めた直後、院のある辺境の地であるロシュフォール領の中心地である商業都市に立ち寄った私。
久しぶりに賑やかな街で、私はある男性と食事を共にしていた。
それが、ジェローム・ド・ロシュフォール辺境伯だった。
彼は私が追放される数年前、領地の経営難で没落しかけていた貴族の末席だった男だ。
社交界でも面識はほとんどなく、ただ「小太りで人付き合いも悪く、貴族がなんたるかも分かっていない辺境の領地の三男坊」という悪評だけが心に残っていた。
そのジェロームが今、私の目の前にいる。
彼は私との出会いを求めていたわけではない。
彼はこの国を牛耳る巨大な商業ギルドの経営者として、私との商談の一環として食事を共にしていたのだ。
私は素性を隠し、東方島から出ていた商会の未亡人、エレーヌとして振る舞っていた。
私が彼を意識した理由。
彼はかつての小太りで弱弱しいままではなかった。
あの頃は丸々としていた頬は鋭いラインを描いている。
かつてはたるんでいた燕尾服の下の腹は、キュっと引き締まっているようにみえる。
平凡だった顔立ちはその身体の変貌と、自信に満ちた表情によって見違えるほどの魅力的な男性になっていた。
「ミス・エレーヌ。貴女との取引は必ずや我がギルドに多大な利益をもたらすでしょう!」
彼は落ち着いた低い声で、エレーヌと名乗る私に微笑んだ。
私が商材として取り出したのは多数の装飾品であった。
灰色の石造り修道院で作っている神の祝福が籠ったと言われるネックレス。
年に数個、シスターが毎日祈りをささげて完成するという清く尊い聖なる魔力が籠められているという、十字架を象った銀のネックレス。
院では年に数個、それを皇家に献上し、その対価として運営資金が賜われる。
特別な魔力が籠ったそれは、数十年は淡い光を携え、持ち主の幸福を守るのだと……、令嬢であった私も母から送られていたそれは、値がつけられない何にも代えがたい者であった。
私は院に入ってこの聖なる十字架の事実を知る。
院のシスターが祈るのは、祭壇に飾ってあるソレに魔力を注ぐためであった。
シスターは平穏と幸福を願いそれに祈りを捧げ、この聖なる十字架は生み出される……、というのは建前だ。
元となるネックレスは皇家お抱えの銀職人から仕入れたもの。実は大量に在庫があり、それを院長が適度に取り換え年数個の出荷をするというのが現実だ。
特別な祈りも、祭壇にある魔法陣により魔力が変換され、淡い光が保つように施しているだけのもの。
私がその魔法陣の上で、それを握りしめ魔力を籠めれば数秒で完成する程度の物。
それが聖なる十字架の現実であった。
院からはそれを10個、旅の資金としてもらっていた。
あの二人と相まみえる為には誰かのパートナーとして何らかの催しに出るしかなかった私は、その人脈を作る為に商業ギルドに乗り込んだ。
運良く彼と遭遇し、商談の席でそれを並べてみせた。
彼は大いに喜び、私を食事に誘ってくれたのだ。
チャンスが転がり込んできた。
そう思いながら眺める彼は屈託なく笑う。
彼の変貌した身体が、その意志の力が、自信を携えたその表情が、僅か数年でどれほどの努力を彼に強いたのか、私には容易には想像できなかった。
彼は素敵な男性へと変貌を遂げていた。
私はその事実に、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
復讐を糧に闇を膨らませた私と正反対な彼。
彼は、私の復讐計画にとって帝都の情報を集め力を行使する為の、最高の『駒』となるだろう。彼の財力と知性は、あの二人とこの帝国に旋律の黒薔薇を咲かせるための、欠かせぬ武器となる。
私はこの男を利用する。
目立たぬよう地味に着飾っていたあの時とは違い、煌びやかな姿へと変じてみせた今の私なら、彼を容易く御せるのだと、そう思っていたから……。
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