第五話 「ああ、これなのね。これは私の望む、本当の願いなのね!」
ポロポロと止められない涙を袖で拭い、せめて立っていようと。
そう思って大きく息を吸った。
もう枯渇しているはずの魔力が体内をぐるぐる回る感覚。
あの失意の場で感じた以上の何かを感じる。
首元の呪いが熱く焼けつくような熱を放っている。
「呪いは消えた、ケロ」
そう言うファルネは笑っているように見えた。
もう首元から感じる圧迫感のような感覚は消えていた。
そして黒薔薇は散った。
目の前で飛散するように、でも確実にその花びらを大きく咲かせ散ったのだ。
散った黒薔薇を見て虚無感にさいなまれる中、指に何かが触れた気がした。
これは……。
ファルネは井戸の縁で手を叩き喜んでいるようだ。
修道院の静寂の中、復讐の黒薔薇令嬢としての私の、特別な力が今、私の望む形で目覚めたのだ。
初めての魔歌を謳い上げ具現化を発動させた証。
私の右手の薬指には、願い通りにルノワール公爵家の令嬢として相応しい指輪が煌めいていた。
黒曜石に薔薇を象ったそれは、ルノワール公爵家に代々伝わる具現化を行使できる素質のある者のみが身につけることを許された、正統なる誓いの指輪であった。
家を出る際に父に返上したものでもあった。
「ああ、これなのね。これは私の望む、本当の願いなのね!」
私は二人への、この帝国への恨みを果たした先に、公爵家の復興を成し遂げる覚悟を決めた。
――― 黒薔薇の開花
院の中、一年ほどの時が流れた。
私はファルネの助言と内に秘めた復讐の炎を燃え上がらせることで、完全に魔歌を、具現化を制御することができるようになっていた。
そして、灰色の石造り修道院のシスターたちの協力もあり、無事にここから出ることができるようになっていた。
強い願いを魔歌に変え、分厚い塀を破壊しこの修道院から逃げ出す。
そんなことは必要なかったのだ。
半年ほど前の事を思い出す。
私は魔歌により制御された具現化を、日々の修練により短時間で発動できるようになっていた。
最初のターゲットは私の教育係をしていたナディア。
ナディアは元は子爵家の令嬢だったそうだが、兄より優れた妹などはいらぬというどこかの世紀末な兄のようなセリフを吐き捨てられ、ここに送られたという小柄の愛らしい女性だった。
その燃えるような紅玉の瞳と、月光を浴びたように輝く白銀の長い髪がとても妖しく、独自の色を持つ強い女性でもあった。
はじめは私に干渉することのない女性だと思っていた。
だが、彼女は決して踏み込みすぎず、かといって見捨てることもない、そんな付かず離れずの絶妙な距離を保ってくれる、そんなできる女性でもあった。
そんな彼女に数日前、夕食後の微睡んでいる時間に声を掛けた。
「ナディアさん、少しお時間宜しいですか?」
「何かしら、エリザベートさん」
ゆっくりとした口調でそう返すナディアに、部屋へ来て欲しいとお願いした。
少し訝しむ彼女だったが、テーブルの上に残されていた食器を片付けた後、私の部屋へと訪ねてきてくれた。
多少なりとも柔らかみのあるベッドに座ってもらった彼女と向かい合う。
「変なことを言うかもしれません。でも、笑わないで下さいね?」
少し恥ずかしくもあった私。
「そう?まあいいわ。で、何かしら?」
あまり気にした様子でもない彼女の手をそっと握る。
一瞬躊躇し手を引こうとした彼女は、私の顔を見て諦めたように手から力を抜いた。
「ナディアさん、あなたの、一番に望むものはなんですか?」
彼女はその言葉に首を傾げる。
「そう言えば、前にもそんなこと言ってたわね?」
「そうですね。でも本当に、真剣に願ってくださいね。それが、今ここで現実となることを……」
そして私は、声に魔力をこめて謳い始める。
「聞かせて、ほしい、あなたの心を~。
あなたの望む~、本当の願いを~」
かなり恥ずかしい。
聞き手が蛙とは違うのだ。
そんなことを思いながら手に込める魔力を高めてゆく。
ナディアは戸惑っているようだが、握るその手には熱がこもっている。
私の魔力が彼女の中に染み込んでいゆく。
「聞かせて、ほしい、あなたの幸せを~。
あなたの望む~、心からの願望を~!」
彼女と繋ぐその手に、声に、体中に魔力を巡らせる。
「な、何?体が熱い!……信じてもいいのな?ね?どうなのエリザベートさん!」
私の手を振りほどこうとする彼女の手を、包み込むように胸の前に引き寄せギュッと握りしめる。
身体から噴き出した黒い粒子が、私と彼女の周りを包みこむように回り、目の前に集まり黒薔薇を作り上げた。
「ナディアさん、貴女の……、貴女の本当の願いはなんですか?」
次の瞬間、黒薔薇は咲き、彼女の望みが具現化された。
驚きのあまりそれを目の前のソレを凝視している彼女は、私からの言葉は届いていないように見えた。
目の前に現れた黒薔薇は、ゆっくりとその花を咲かせ、その形を変えてゆく。
「そう。それがあなたの望みなのね……」
優しく声をかけると、彼女は黒薔薇から作り替えられたそれを両手で受け止める。その大きな瞳から涙が零れ落ちていた。
「亡くなった母の形見なの……」
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