第二話 「エリザベート、貴様の魔法は、貴様の存在は危険すぎるのだ!」
ロッティの夢……。
そういえばそんな能力もあったなと思い出し、公爵令嬢としてはやや品位に欠けるため息をつきそうになり、慌てて口元を手で隠す。
この乙女ゲームでは主人公のロッティが『真実の夢』を見るという、隠されたチート能力があった。それにより、彼女は未知の脅威を何度も予知することで、優良物件としてパートナーを選び放題という流れだ。
そんな内容だったはずだが、この夢見の能力が発動するのは稀であり、その最初の発動は今年の夏、魔物の進攻を予見する時だったはずだ。その上、彼女が私の能力を暴露するようなシナリオは存在していなかった。
何かがおかしい?そうは思ったが今はそんなことなど些細な事。今まさに殿下の口から公爵家の秘密が暴露されてしまったのだから。
取り返しがつかないのでは?
「エリザベート、貴様の魔法は、貴様の存在は危険すぎるのだ!」
殿下は冷酷に言い放った。
「貴様を帝都に置いておくわけにはいかない!今この場で、貴様の魔法の使用を禁じさせてもらう。帝都から遠く離れた『灰色の石造り修道院』で余生を暮らすんだな!覚えておけ、貴様に、ロッティの命を散らす隙など、私は決して与えはしない!」
唾を飛ばしながら殿下が口にした灰色の石造り修道院。
それは貴族の娘が罪を犯した際に、世間から隔離される為に設けられた場所だ。一度入ればそこからは出ることはできない監獄と言っても差し支えの無い場所だ。
公爵令嬢としての私は死んだに等しい宣告。
私の頭の中で前世の記憶と今世の体験が、恐ろしい速度で融合し始めた。
完璧な人生を、穢れた平民に奪われた。
愛も、地位も、未来も、全てを。
そして、公家の秘密までもが暴かれ、死地に送られる。
私は視線はゆっくりと殿下とロッティを捉えていた。
心はひどく穏やかだ、
多分だがほほ笑んでいるはずだ。
「マクシミリアン殿下、そしてロッティ……」
私の声は、ひどく甘く、静かだった。
手入れの行き届いたルヤのある自慢の長い黒髪を、サッと左手で払い心を落ち着かせる。
「私は、あなたたちを心から呪います」
そして私の身体から、黒い霧のようなものが立ち上るのを、自身の目で、感覚で、そのすべてをがはっきりと感じることができていた。
それは私の心に溜まりに溜まった憎悪、絶望、そして復讐への渇望だった。
『具現化』の魔法は、感情の強さに比例する。
今、私の感情は、生まれて初めて感じる激しい憎悪は、極限まで達していた。
「この力は、誰かを愛し、幸せになるが為にあるのだと、亡き母から言われて育ちました……」
私は囁いた。
瑠璃色の瞳は冷たく凍えるように冷え切っている。
「ですが私にはもう、愛も、幸せも、未来すらありません」
静かに、穏やかに。
二人に向けそっと右手を伸ばす。
「あるのは、あなたたちの言う、特別で、残酷な、この魔法だけです!」
私の指には公爵家の証でもある指輪が黒く光っていた。
私の内側から発せられた黒い霧はまるで生き物のように形を変え、殿下の目の前で一輪の毒々しい黒い薔薇となった。
それは殿下の鼻先でゆっくりと、砂山が崩れるように霧散した。
腰を抜かし無様な醜態を晒した殿下の顔は、狩人に追い詰められ恐怖に打ち震えた、兎のような哀れな顔だった。
先ほどまで笑顔であったロッティは悲鳴を上げた後、その場にへたり込んで頭を抱え、謝罪の言葉を念仏のように唱えていた。
それが私の……、復讐の覚悟を深く心に刻んだ私の第一歩だった。
私はもう二度と、私の心を奪わせない。
――― 灰色の石造り修道院
周囲を厚い壁に囲まれ、その周囲には深い森が広がる、帝国の西部にある辺鄙の土地。
私はあの後、厳重な警護を受けながらもここへと移送された。
簡素な麻の修道服に着替えた私。
その首には永遠に消えない魔力封じの紋が、私を呪い喰らう黒蛇のように刻まれている。
ルノワール公爵家からは最低限の生活費しか送られてこないのだと、手紙で父から伝えられた。
悲しみの涙は流れることはない。
もう誰も信じないし、誰も頼らないと決めた。
私の人生は、私が切り開く。
あの二人にはいずれこの世の地獄を見せるのだ。
そんな怨嗟の炎を心に秘めながらも、あの場で不発した具現化を何度も思い返していた。
具現化についてはあの中途半端な発動まではいけるのだ。そこから先は、未だに成功していない。強い意思による心からの願いは叶えられる。そう言われて育った。
お祈りの時間を終えた私は、与えられた自室、冷たく、質素な石造りの独房のような部屋に戻ると、ベッドの上に座る。
ふたたび思案を続けた。
ゲームの中でもそれを発動するシナリオはあるのだ。
本来、シナリオ上では3年後の春。
処刑ルートになった場合でのこと。処刑されるために登壇させられた悪役令嬢エリザベートが、怒りと憎しみを開放し、ありったけの魔力を注ぎこみ対峙する騎士を呪い殺そうとするシナリオだ。
それを防ぎ騎士を救ったのが主人公であるロッティであった。
そんな騎士様ルートの一幕。
その際に色々とこの魔法についてのうんちくが出ていたなと改めて考えてみる。
強い感情が表に出た時、自身や相手の本当に望む強い願望を具現化する魔法の力。それが具現化の魔法だ。
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