第十一話 「邪魔だわ、本当に……、エリザベート!」
「なぜお前のような女がここにいる!」
「そこの成り上がり!殿下に対して無礼であろう!」
騒ぎ立てる二人に対峙するジェロームは、従者から受け取った書類を手渡した。
その書類は、かねてから集めていた彼らの家が行っていた不正の数々であった。
それを見た二人は狼狽えながら、ジェロームに言われるがままにロッティに加担し、私を貶めるため画策した過去を自白する。それだけでも国家を揺るがす罪であった。
次期皇妃ともなる予定だった婚約者への謀略。
二人が手み持つ書類には、そんな罪を告白せざる得ない程の大きな罪を犯しているのだと……、会場にいる者達にも理解できてしまった。
「ロッティ!」
マクシミリアンはロッティをドレスの袖を引き上げ立たせている。
彼の顔には愛ではなく、誰かに怒りをぶつけたいだけの、ただの我儘な怒りが浮かんでいた。
彼は、自分の人生を狂わせたのはこの身勝手な平民の女だと悟ったようだ。
彼のその態度に、ロッティの瞳から光が消えた。
「嘘よ……嘘よおぉぉぉ!」
ロッティは灰色の瞳で私を睨み、狂ったように叫んだ後、懐から一本の短刀を取り出した。
「私、本当はこっちのシナリオが好きだった!闇落ちした貴女を、お前を葬り去るシナリオが!」
その短刀を見た私は、心臓が停止そうになるほど驚き体を強張らせた。
ありえない……。
その短刀は、『魔封じの短刀』。
それは『未来を夢見るプリンセス』の、「エリザベートが闇落ちしたシナリオ」でのみ、ある条件を満たした私の良心が生み出す、私を葬るためだけのチート級のアイテムだった。
修道院で余生を送るシナリオでは、決して手に入らないもの。
「まさか……」
咄嗟に脳裏に浮かんだ事柄。
「その顔……、やっぱりあなたも……、なら、脇役は主人公を引き立てるのが役目だろ!」
ロッティは怨めしそうな表情で叫び、短刀を私に向けた。
「驚いたでしょ?私は二週目だから!二週目のタイミングのこの世界にやってきたから、だからこれだって持っているのよ!」
私は悟った。
ロッティもまた、私と同じ転生者だ。
そして、彼女はチート級のアイテムや知識を持ち越せる「二週目」として、この世界に転生していたのだろう。
そんな状態でこの世界にやってきた彼女にとって、この世界は、自分の望む結果を確定させるための、やり込みゲームのスチル集めのようなものでしかなかったのだろう。
身体を強張らせた私に向かって、ゆっくりと歩き出すロッティ。
この世界の強制力なのだろう。
周りは動かない。動けないのかもしれない。
「邪魔だわ、本当に……、エリザベート!」
ロッティは短刀を腰の横で握りしめ、私に向かって走り出した。
私は、思考が停止したまま動けなかった。
――― 命懸けの愛と氷の心
真っ直ぐに私の胸に飛び込んでくる刃。
この刃に対し、私は何もできないのも、強制力の一つなのだろう。
ゲーム内では、『繰り出した刃は闇に堕ちたエリザベスの心臓に真っ直ぐに突き刺さった』と描写されていたたはずだ。ここでも私は世界の力に屈するのか……、そんな現実に体の力が抜ける。
私は、復讐を遂げることなくこの場で死ぬのだ。
運命に負け、死ぬのだ。
死を覚悟したその時……。
先ほどまで二人の公爵と対峙し話をしていたずのジェロームが、私とロッティに割り込むようにして立っていた。
絶望を告げる音が聞こえ、私の目の前には彼の大きな背中だけが映っていた。
彼方此方から悲鳴が聞こえた。
私は倒れ込むジェロームを抱き起す。
ジェロームの胸元にあの短刀が深く突き刺さっていた。
「ジェローム!」
私は声をあげ彼の名を呼ぶ。
ジェロームは口から血を流しながら、私に向かって安堵したように、優しい微笑みを浮かべた。
「エリザベート……、間に合って良かった、だがすまない……、貴女の、復讐の燃料はここで、燃え尽きるけど……、貴女はまだ、戦えるはずだ」
「バカなことを言わないで!」
私はジェロームの身体を支え、震える声で名を呼び続ける。
ついさっき、この場で私は私だとネタ晴らしをした。
でも彼は、とうの昔に私だと気付いていたのだろう。
「ジェローム、なぜ……」
私の凍りついた心が、憎悪に燃える復讐の炎が、初めて熱を帯び、大きく揺らぎ消えてしまいそうだった。
「貴女を、愛しているからだ……、知っているだろう?」
ジェロームは、力なく囁いた。
「もう遅いと思っていた。貴女は、決して私など愛してはくれないと。だけどね……、貴女の心が、復讐で凍え、燃え尽きる前に……、私が、この身をすべて擲ってでも、救い出したかったんだ……」
彼のその言葉が、私の魂を熱くする。
胸が張り裂けそうで、あの断罪劇なんて比べ物にならない程の、気が狂いそうなほどの絶望が心を支配する。
私は視線を取り押さえられているロッティに向ける。
明確な殺意が芽生え、体中の魔力がぐつぐつと沸騰するのを感じている。
「エリザベート、さっき君のお父様が、エリザと呼んでいたね……。僕も、君の名をそう呼んでも良いかい?」
私の頬に手を伸ばす彼に、私の心は、炎が消えてゆく。
自身の決意を無視し流れ出る涙を拭いながら、「いいわ」とうなづく私は、彼の手を頬に添える。
「ああ、エリザ、愛している。どうか幸せに、貴方は幸せになるべきだ」
私はぐっと唇を噛む。
溢れ出る魔力が暴発しそうになるのを堪える。
「まだ、貴方には謳ってはいなかったわね……」
私は震える声でそう言った。
彼にはまだ、一度も具現化の魔歌は謳ってはいないから。
「私の魔歌、私だけの魔法の力。貴方には『私と生きる』と願ってもらうわ!」
ジェロームは左右に首をふる。
まるで死ぬのは変えようの無い事実だと確信しているように。
「謳うわ!願ってよ!あなた、私を抱きたくないの!」
その言葉に少し驚く彼は、笑みを見せる。
「もう充分、君の隣にいられた時間は、僕の最高の宝物だ」
そう言ったジェロームは、目を閉じる。
「嫌よ!願いなさい!貴方の命を!唯一つの、命を願って!」
本日もう一話投稿します。
次回最終話となります。
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