第十話 「不躾ならがそのような悪評を語られる方々には、強く注意をなされてはと思っておりましたの」
場の空気を壊すロッティには冷たい視線が投げられていたが、彼女はその視線を気づかぬまま、不機嫌さを隠す素振りすら見せていなかった。
「ロッティ様?」
エリザベートはロッティに優しく語り掛けた。
「本日はご結婚の儀、おめでとうございます」
「ありがとう」
表所を変えず返礼するロッティ。
「ところで私、最近ロッティ様の酷い噂話をお聞きしまして……」
「何、かしら?」
「不躾ならがそのような悪評を語られる方々には、強く注意をなされてはと思っておりましたの」
私の言葉に鼻息を荒くするロッティ。
「この私の、悪口を言っている奴がいるってこと!」
私に飛び掛かろうとでも思っているように前に出るロッティ。
それはマクシミリアンに止められ、不機嫌な彼女はその手を払いのけ、胸に手をあて深呼吸をしていた。
「貴女が、こともあろうに別の男性との逢瀬を重ねているなんて、そんなの有りえませんよね?」
その瞬間、ロッティの顔が強張った。
「だ、誰がそんな!」
今度は隣のマクシミリアンも止めはしなかった。
だが、私の前にはジェロームがスッと入り込み、それを見たロッティは足を止めたが、その怒りは収まらず拳を握りふるふると震えている。
私が言ったわけでは無いのに……、こらえ性の無い癇癪持ち。そう思いながら、令嬢から仕入れた疑いようの無い真実を語り始める。
「あくまで噂話ですが、なんでもそこの、帝国騎士筆頭のメビオス様と、騎士舎の部屋で……、なんて破廉恥な話をされている方がいて……」
「そんなこと、あるわけないでしょ!」
大声を上げ否定するロッティ。
話を振られた騎士メビオスは、私を強く睨んでいる。
そしてマクシミリアンは、そのメビオスをそれ以上に強く、歯噛みしながら睨みつけていた。
「それと、弟君のセンドリス様……、あのような幼い彼にも粉をかけてるなんて……」
私はマクシミリアンを見ながらそう口にする。
センドリスを探すようにきょろきょろするマクシミリアン。
ロッティは顔色悪く椅子へと座りこむ。
「自室に招き、『マクシミリアンからは許可を貰っているのよ?貴方の大好きなお兄様ですものね?さあ、お兄様と同じように、私と愛し合いましょう?』なんて……、ありえませえんわよねぇ?」
「な、なんでそれを!」
狼狽えながら誰かを探そうとしているロッティ。
おそらく情報源となった侍女を探しているのだろう。彼女はすでに安全な場に匿っていた。両親を亡くし孤独な身となった彼女なら、秘密を守ってくれるとでも思ったのだろう。
会場はざわめき、皆がロッティと、隣で怒りを貯めこんでいるマクシミリアンを見ていた。
「貴女はそこの浅慮な殿下と結ばれるために、殿下の婚約者だった御令嬢を陥れ、修道院送りに致したそうですね?」
その言葉にロッティはさらに狼狽え、そして力なく項垂れる。
まさかこんな祝いの場で、タブーとされる昔の話題を出されることは思っても見なかったのだろう。それも先ほどから確信をもって醜態を暴露し続ける私の口から。
「そんなこともありましたが、わたくしの所為ではありませんわ!それに今は、そんな些細なことどうだって良いでしょう!」
震える声でそう言うロッティに、思わず私は顔を顰めた。
「些細な……、すでにあなたの指示した子たちからは証言を得ています。あなたは、エリザベート嬢を……、この私を!非難するために、自らの所持品を破損させたりしていたと……」
ロッティは奇声を椅子から立ち私に向かって走り出す。
「お前はエリザベート、なのか?」
ロッティの後ろ髪をぐっと掴み引き倒したマクシミリアンはそう言って私を見た。
呆気に取られた表情でその彼を見上げるロッティ。
「そんな、有りえないわ!あなたがここで出てくるなんて……、こんなこと有りえない、わ……」
弱弱しい顔を私に向けたロッティはそう言って泣き始めた。
目の前で起きている現実は、ロッティにとって想像できない未来だったのだろう。夢見の力はこれを予想できなかったようだ。
この騒ぎに会場は静まり返っていた。
そんな中、一人のやせ細った覇気のない男性が床に倒れ込みながらやってきた。そして床を這いながら私を見ている。
「エリザ、なのか?」
父だった。
父の頬は、体は、すっかりやせ細っていた。
「久しぶりですわ。御父様」
私は少し熱くなる心を制しえ、冷たく返し視線をはずした。
「ああ、やぱり生きていたのだな!そして、やはりエリザはエリザだ!何も悪い事などしていなかったのだ!私は、私は間違ってはいなかった……」
その声を聴こえ、私の中の憎悪の炎が揺らぐのを感じた。
父が私の無罪を信じて何度か陛下にお目通りを求めていたのは知っていた。
地道に調査を命じていたことも。
私はそれを邪魔していた。
すべては、私の邪魔はさせたくなかった。
すべては、私の手で終わらせたかった。
「エリザベート……」
そんな重く凍り付いた雰囲気をものともせず、浅慮な男は私を熱のこもった瞳で見ている。彼の金色に輝く瞳は、このような運命で泣ければときめいたかもしれない。
私は彼に向けほほ笑む。
周りからはため息のような吐息が聞こえた気がした。
目の前の彼は私の笑みを好意的に採ったのだろう。
私の方へと歩き出していた。
それはジェロームが静し突き飛ばすように胸を押した。
その行為に騒ぎだしたのは、私の断罪劇に手を貸した公爵家の二人の当主。
「なぜお前のような女がここにいる!」
「そこの成り上がり!殿下に対して無礼であろう!」
騒ぎ立てる二人に対峙するジェロームは、従者から受け取った書類を手渡した。
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