お人好し勇者と脳筋魔王が出会った結果
一日中暗雲が立ち込めて日が差さない国、魔国。
その王都にある魔王城の玉座の間で、二人の人物が対峙していた。
一人は魔王。
玉座に腰掛けていてもなお分かる長身と端麗な容姿、鋭く長い角は魔王の威厳を感じさせる。
足を組み、頬杖をつく仕草は余裕を演出しているにも関わらず、感じ取れる隙のなさが見る者に強いプレッシャーを与えた。
もう一人は勇者。
ここまでの連戦で多くの生傷を負ってもなお、剣を構える彼はまさに人類の希望。
戦いのない国から召喚されたとは思えない歴戦の戦士のような立ち姿は、彼が数々の死線を潜ってきたことを意味する。
しかしだからこそ分かってしまった己と魔王の力量差に、彼の目はわずかな絶望を宿していた。
「ふはははは、よく来たな勇者よ。そなた、名は何と言う?」
「……?優太、だ」
「そうか、我はゲオルクだ。ユウタ。其方はなかなか見どころがある。我の仲間になるのなら、世界の全てをくれてやろう」
「断る!世界の半分など…え?全部??」
テンプレだと半分だったよね???と勇者は思った。
相変わらず隙のない構えを保ちながら、彼は静かに混乱している。
「うむ。我はもう長いこと魔王をしている故、そろそろ引退して穏やかな余生を過ごしたいのだ。どうだ?魔王にならぬか?」
しかも配下じゃなくて後釜だった。
そして魔王と穏やかな余生がミスマッチすぎる。
世界に混乱と恐怖を撒き散らすと聞いていたのに。
勇者は困った。
そもそも勇者は、邪智暴虐の魔王を倒して欲しいと召喚された国の王に泣きつかれて、旅に出たのだ。
なのに魔王は苦労人みたいな顔でため息を吐いている。
勇者は、魔王との対話を試みることにした。
勝てる可能性が限りなく低いなら、そちらの方が有益だと思ったからだ。
それに、お人好しで押しに弱いから剣を握っていただけで、現代日本で育った彼は根っからの平和主義者なのである。
「魔王よ、なぜ俺を勧誘する?俺たちは敵同士のはずだ」
「言ったであろう?見どころがあるからだ。そもそも、この戦争を先に始めたのは人間である。我が配下達はともかく、我は人間に何の恨みも抱いておらぬわ」
「なんだと…!?」
魔国側が侵略したと、人間の国の王から聞かされていた。
もちろん、魔王が嘘をついている可能性もある。しかし、人間達が嘘をついている可能性もある。
勇者は悩んだ。
結果として。
勇者は剣を鞘に納めた。
判断基準は、自分を小馬鹿にしてくる召喚してきた国の王よりも、会ったばかりのこの魔王の方が親しみを持てたことである。
勇者は結構チョロかった。
「詳しく聞かせて欲しい。どうするかはその後決める」
いける!と魔王は思った。
苦節300年。
歴代の勇者達にも同じ提案をしてきた。
しかし、聞く耳を持つ人は誰一人いなかったのである。
そもそも、なぜ魔王を辞めたいかと言うと。
魔王は最も強かったので魔王になったが、実際は書類仕事ばかりだったからだ。
当初は詐欺だと思ったものである。
流石に今では難なく捌けるが、やはり体を動かしていたい。
魔王は根っからの脳筋であった。
それにこの勇者、剣を握るよりもペンを握っていそうな顔をしているから、魔王にピッタリだ。
魔王はそう思ったのだ。
とんでもない偏見であるが、間違ってはいない。
なんせ現代日本の学生なのだ。
剣を握っていたら怖すぎる。
魔王はこの勇者のお人好しさ、押しへの弱さを野生の勘で感じ取っていたので、とにかく押して押して押しまくった。
贅沢できるよ、命の危険ないよ、みんな優しいよ、アットホームな職場だよ、出会いの場があるよ、やりがいもあるよ…などなど。
勇者はところどころ突っ込みたかったが、立て続けに言ってくるので何も言えなかった。
最後には魔王の泣き落としが決まり、勇者は折れた。
「おお!では今日から其方が魔王だ!やったー!自由だー!」
キャラ崩壊も厭わず大はしゃぎするゲオルクを見て、優太は慄いた。
魔王の仕事はそんなに大変なのか…と。
優太は既に、魔王になったことを後悔しかけていた。
「ではユウタよ!早速我が国民達に魔王の代替わりを知らせようではないか!」
ゲオルクは優太を引きずるようにバルコニーに連れて行った。
急に行っても誰も居ないだろ…と、優太は思ったが。
いっぱい居た。
兵士が。
「魔王様ーー!!!!」
「え、隣にいるの勇者!?」
「まじか!?てことは魔王様、勧誘に成功したのか!?」
「うおおおおお!おめでとうございます!」
驚く者、喜ぶ者。
反応は様々だが、兵士たちは皆、代替わりを祝福していた。
「ようやく…!書類仕事から逃げようとする魔王様を捕まえなくて済む…!」
「誰か魔王変われよーとダル絡みされる事も無くなる…!」
「体力は大事だぞ、と言われて過酷な訓練を課されることも無くなる…!」
感涙にむせぶ者達もいた。
よく見ると兵士に混じって文官がいる。
どうやら苦労してきたようだ。
隣でゲオルクがにやりと笑った。
「もう逃げられないな、魔王ユウタ?」
優太は押しに弱いので、ここまで外堀を埋められると逃げられない。
でもお人好しの優太は、文官が楽になるのなら、まあいっか、と思うのだった。
◇◇◇◇◇
しばらくして、人間の国では。
「陛下、へいかあああ!大変ですぞ、魔国に、潜ませていた、間諜から、連絡が」
宰相が顔色を変えて執務室に駆け込んできた。
喋ろうとするが、息が切れていて話せない。
「落ち着け。勇者が魔王を倒しでもしたか?」
王はサインする手を止めずに尋ねた。
ただでさえ多忙なのだ。
ダメもとで送った勇者の進退に、そこまで興味はなかった。
大方、勇者が討ち死したという報告だろう。
「い、いいえそうでは無いのです。魔王が、魔王が代替わりしたのです!」
「…は?」
王の思考は停止した。
全く予想していなかった返答だったからだ。
王は数秒後に再起動して、ギ、ギギギギ…と顔を上げた。
「勇者が魔王を倒して、魔国は新たな魔王を立てたということか?」
「いいえ、魔王が新たな魔王に位を譲ったのです」
王は頭を抱えた。
状況は絶望的だ。
このタイミングで譲位するということは、勇者を送ったこの国に報復するつもりなのだろう。
肩書きが無くなって身軽になった魔王は、すぐにでも飛んでくるに違いない。
「その、それでですね…恐らく間諜の誤伝達だとは思うのですが…」
宰相が何か言っている。
これ以上情報を増やさないでくれ、と王は思った。
しかし現実は無情である。
「新たな魔王に即位したのは、勇者、とのことです…」
王の思考は再び停止した。
もはや何も考えたくなかった。
ただただ、余も譲位したいなーとだけ思っていた。
このように魔王は、世界に混乱と恐怖を撒き散らしたのである!
穏やかな余生=血湧き肉躍る戦いの日々
なぜ穏やかかと言うと、書類という天敵が居ないから。