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「お前は、どうする?」
鋭い眼孔にじっと見つめられる。それは、覚悟を決めた男の眼だった。
「俺は、まず間違いなく逃げ切れない。頭脳以外の大した能力もない俺は、必ず殺される。だから、実行する。俺が初めての事例になる。おそらく、お前も目をつけられているだろう。バックアップはあるに越したことはない。大丈夫、安全性は保証する、俺を信じろ。」
男は本気だった。柄にもなく早口でまくし立て、彼に命を懸けろと、そう求めてきた。普通であれば答えはノーだ。だが、この男だけは別だ。彼は、この男の研究を傍で見続けてきた。その経験が、この要求には命を懸ける価値があると訴えかけている。きっと、この選択が自分にとって助けとなる時が来ると。そうだ、迷うことはない、覚悟を決めろ。
「分かった。お前を信じるよ。頼んだぜ、親友。」
そう言って彼は、親友の人生をかけた研究の、第二の被験者となることを承諾した。
***
午前6時、普段ならありえない早朝に家を出る。9月といえど、朝方は少し冷え込む。やや厚着をしてきたおかげで今は快適だが、お昼頃になれば研究室を出る前の俺を怨むことになるのだろう。
夜型の俺がなぜこんな朝から活動しなければならないかというと、今日がアマチュア将棋の全国大会の決勝戦だからだ。そこまで熱心な棋士ではないのだが、昔から将棋だけはやたら強く、大学になってついに全国の決勝まで進んでしまった。あんまり興味がない、なんてことはなく、ここまで来たら優勝したいという気持ちがふつふつと湧いている。いまさら一生懸命勉強しても何が変わるわけではないが、何となく落ち着かず、昨日は一日中詰将棋にいそしんでいた。今日はそんな日々の努力(一夜漬け)最大限発揮して、見事優勝をつかんで見せよう。
そんなとりとめのないことを考えながら、最寄り駅の改札を無意識的に通過する。何の違和感もない、いつも通りの日常だ。ただ一点を除いて。
そこに、非日常はたたずんでいた。
輝くような金色の髪、透けるように白い肌、しかしその中でなじみのあるダークブラウンの
いつもの見飽きた日常という砂漠に紛れる、一輪の花。見逃せるはずがない。俺は今、人生で最も心を揺さぶられている。
彼女は、ちらりと俺に視線を向け、そして、大きく目を見開いた。まるで、旧来の知人と偶然再会したかのように。もちろんそんなはずはない。俺は人生で金髪美少女と交流した記憶などまるでない。で、あれば彼女が俺のことを知っている道理もない。なのにどうだ、彼女は俺から目を離せないでいる。これはあれだ、彼女が俺のことを知らないのであれば、考えられる可能性は一つだ。一目ぼれってやつだ。そこまでの冷静かつ論理的な思考を刹那の間に巡らせ、俺は自然、足を踏み出していた。普段の俺なら、こんな勇気はありえなかっただろう。しかし、今日だけは違った。この出会いがきっと、特別なものであるという確信があった。事実、この時のこの行動が、数奇な運命の物語のプロローグとなるのだけれど、このときの俺は、そんなことを知る由もない。
「あの、以前どこかでお会いしましたか?」
ナンパの声掛けにしても他にもっとなんかあっただろう俺のバカ野郎!