9話 ほぼ不可能な条件
「いささか早いのではないですか?」
朝、この学院にある道場に向かうと、頭の上で綺麗に正座をし坐禅している人がいた。
袴姿に、とてもではないが抜くことができなさそうな長い大太刀。
今日は剣術の科目を取っていて、告知通りに道場に来たところだ。
あ、時計壊れてる…
道場内にある時計を見ると短い針が六時を指していた。
三時間ぐらい早く来てしまった。
だから彼は早いと言ったのか。
それにしてもなんでこんな時間から。
そんな疑問を浮かべながら、彼の動作を眺める。
スッと立ち上がり一礼。
とても美しく繊細な動作だが違和感を感じるのは何故だろう。
「貴女は良い眼をお持ちになられていますね。」
静寂の中、一つの声がその空間を切り裂いた。
先ほどの言葉、心の内を見透かされた。
この感覚は、師匠に近いものを感じる。
「己の動作を、貴女は歪と感じたことでしょう。」
「はい…」
彼は一瞬消えて、
そして次の瞬間には目の前にいた。
視えなかった。
「歪の正体はこれです。己の律動、俗にいうリズムですね。それが常に変わって視認されにくくなる。自然界では不気味で不自然な拍です。」
彼を注視しないと、まるで意識の外側に行ってしまうような感覚になる。
歪、
不自然さ、
そしてなによりも…
「美しいと、貴女は感じましたか?」
「はい。」
そう、美しかった。
完璧とは真逆の不完全さ、歪の正体はこれだ。
「なるほど、良い眼と言ったのは撤回します。貴女はあまりに人間離れした眼力をお持ちになられている。」
独特な喋り方、古風で上品だ。
「完璧は、破滅への道と説いたお方がいます。不完全さこそが美しいと。そうお弟子に話されたそうです。完璧など、傲慢だとも仰っていましたね。」
目を離していなかったのに、その大太刀は抜かれていた。
「では、少しばかり講義をしましょう。」
気配が変わる。
道場全体に重苦しい重圧が乗る。
動けない、この視認しうる限りの空間は、彼に掌握されたと言ってもいい。
「敵を崩す際。剣の軌道、線を意識してください。線は直線、曲線…あるいは歪曲したものがあります。」
そう言いながら腰を落とし、大太刀が振り下ろされる。
その瞬間軌道が上方向に変化した。
腕で振り上げてはいない。
腰を上げ、後ろに下がった際に大太刀が直線上に上がった。
「牽制や駆け引きは大事ではありますが、自分の得意とする領域に落とし込み、封じる必要があります。」
得意なシュミュレーションに持っていけば、思考せずとも反射で対応できるのだろう。
しかしそれができるのは熟練の剣士のみだと思う。
「そして点で破壊する。相手の得物を一点で崩す、急所を点で貫く。切り裂く。」
彼が大太刀を薙いだ時、あまりにも強い風圧が自分の体を襲う。
身体全体が麻痺するかのような感覚に陥った。
「空間の一点破壊、そこから振動のように波は広がっていき相手を怯ませることも可能です。」
そして空間を支配する圧力がスッと消えた。
エルは膝に力が入らなくなり、ドサっとその場に倒れ込む。
その光景に彼はクスッと笑った。
「そういえば、名乗っていませんでしたね…」
失敬、そう言いながら立ち止まり大太刀を鞘に戻し一礼をする。
洗練された無駄のない動き。
なのに何処か不自然で、歪で、美しいと感じる。
「己は光宗剣里。魔術師世界順位『第七位番』、この地方では世界魔術師ランキング7位と言った方が馴染みがありますかね。人は己を、、
【剣聖】と呼びます。」
先ほどとは比べられぬほど、あまりに強い覇気を帯びていた。
まるでペスト=パンデモルアさんを彷彿とさせる…
一桁であり、7位。
そして何より気になったのが、
日本人のような名前だった。
「もしかして日本人、ですか?」
「!?」
ミツムネさんの表情は一瞬驚きの表情に変化したものの、すぐに平然とした表情に戻った。
「己の父が日出ル国『日本』からこの世界に来たと仰っていました。名は光宗銀澪。武士として戦場を駆け巡り、合戦、一騎打ちをし死合をしてきたとも聞いています。」
父は、魔術は使えなかったが剣の腕前は己の遥か先…今もなお父の影すら見えない。踏むことさえ許されない領域にいたと語った。
自分から見たミツムネさん、父と被るからケンリさんと呼ぼう、ケンリさんは少し苦笑いをしていた。
自分には全く視ることさえ叶わなかった彼の剣技…
それすら届かないなんて、どれほどのものだったのだろうか、
「それにしてもなんでここに来たんですか?」
彼は一桁だ。
ここに講師としているのはいささか不自然すぎる。
何かあるはずだ。
「嗚呼なるほど、己はペスト氏に呼ばれてきたのですよ。いつか己共に匹敵する新たな魔術師が現れると。貴女はすでに一桁になるポテンシャルを持っている。濃密な魔力、強力な魔術、強固な信念、折れない精神力、冷静沈着で途轍もない観察眼。貴女に会い対した時に感じたものです。」
いつのまにかケンリさんはお茶を出して優雅に飲んでいた。
「ですが今のままでは未熟です。ペスト氏には、貴女の特別講師として育てろと仰いましたので、そうですね…貴女は初等部を卒業する条件として己に魔術を使わせることになりました。」
聞きたくなかった条件である。
と、というか校長は一体何故許可を出してしまったんだ、
「ペスト氏のお願いを断れる方など、己は五人しか存じませんよ。」
ペスト=パンデモルアさんは世界魔術師ランキング現6位だ。五人ということは5位以上の人達なのだろう。
「後はこれを、」
「推薦状?」
この学院の推薦状とは少し違う…まさか、、
「私、光宗剣里、ペスト=パンデモルア、グレイ=ノーヴァの署名…五級推薦状です。」
三人の指導者あるいは先生にと書いてあったが、一桁二人、二桁上位一人に貰うことなど例外の中でも更なる特例だ。
少し冷や汗を流す…
「今から二年。9歳で四級になるのは確定事項です。最年少ではありますが…ランキングシステムが導入されてから
今日に至るまでに25人、最年少9歳で四級になっています。まあ貴女なら簡単ですね。」
ニーナ先生が確か四級だったはず。
あの人と同じ階級か、、、いける気がしてきた。
エルちゃん、今日の失礼ノルマ達成である。
「ああそれと、この推薦状は既に一度協会本部に提出してきたので貴女はもう五級になっています。新しいランキングカードと学生証を頂いてきたのでこれをどうぞ。」
・学生証
名前,エル=S・ノーヴァ
学級,1ーA(首席)
点数,500
資格,五級魔術師
・世界魔術師ランキング『五級魔術師』
Ranking No.18万2499位
◆◇ーーー
「エルちゃん剣術科とったの?」
「そうだよ、」
教室の中で道場に行くための準備をしていると、フィアが声をかけてきた。
明らかにフィアは、、大丈夫かな?剣に振り回されるエルちゃんの姿が浮かんでくるよ、って言ってるような目をしてる。
すごく具体的だがきっとそうに違いない。
「え、エルお姉様なら剣術もきっとできますわ!」
カナリアもこちらに来て、
体格が小さいからいささか厳しいのでは?
カナリアもそんな目をしていた。
というか、目を見れば何を考えてるかわかるようになっていた。
多分ケンリさんの演武を視だからだと思う。
ケンリさんから直々に貰った袴を出して着替える。
「ちょ!エルお姉様!男子いますの!いますのー!」
「もしかしてエルちゃん、今下着何も着てないよね…?」
そんな大袈裟な、
まだ七歳だよ?男子がこの歳でそんなこと気にするわけないじゃないか。
二人の声を遮りエルは上を脱ぐ。
エルの霰もない上半身が露わになった。
ほら、皆見ないよ。
「あの、エルちゃん…こっちチラチラと見られてるよ?」
あ、ほんとだ…
興味なさそうなふりをして普通に見られてる。
えぇ…この歳で?
みんなませてるんだなあ。
まあ貴族が多いし、そういう性知識をしっかりと学んでいるのかもしれない。
上の着物を羽織って、下を脱いでから袴を履き帯で締める。
そういえば自分がいつも着てるやつ和服だったし、上脱がなくてもよかったかもしれない。
「え、エルちゃ…ん、、一瞬だったから見えなかったけど、下脱いでたよね…」
「うん。」
「今後、絶対そういうことしないでね!!」
す、すごい圧力だ。
特に剣幕を感じる。
いつもほんわかしたフィアじゃなくなってる…ちょっと怖い、、
というかよく下脱いだの見えたなと思った。
自分でも思うが絶対に視認できないレベルで脱いだはずなんだが、フィアよく目で捉えられたな。
案外むっつりなのかもしれない。
この間の反応もそんな感じだったし、
実際カナリアやクラスメイトは見えてはいなかった。
フィアはエルフだし目がいいのかもしれない。