8話 カナリアの非日常
一位になると、お父様とお母様に約束した。
首席になって、お家をさらに盤石なものにしたかった。
貢献したかった。
でも、いくらそんな志があろうと、その地位を奪うのは蛮族のすることだと気づいた。
正確には気付かされた。
私がやっていたことは外道の行為だって…
家のためには何にもならない。
私は初めて頭を下げた。
首席なったとても小さい女の子に、
酷いことを言ったし、許されないことをした。
だけどその子は私よりもはるかに大人で、全く怒っていなかった。
そして頭を優しく撫でられた。
私に姉がいれば、こんな感じなのかな…そんなことを思った。
「おかえり、カナリア。」
「ただいまですわ、お父様…」
執務室にてカナリアは父に挨拶をする。
「結果はどうだった?」
優しそうに父は聞いた。
結果を言うのが怖い…
首席になれなかった自分を責めるかもしれない…
カナリアは少し縮こまっていた。
「2位ですわ…」
小さい声でカナリアは言う。
しかし、次の父の言葉は予想もしないものだった。
「まじか、あのテストを僅か七歳で満点取る子がいるのか、私でも最初の試験は92点だったよ。」
92、とてつもなく高い点数だと思う。
「ふふ、私の限界値は92と算出された。だが、100点はどうだろう?他人から決められた限界値だだから本来はもっと高いのかもね。満点を取ると言うことは限界が知れないということだよ。」
父は今回の試験のテスト問題を眺める。
「これは、私の時よりもさらに難しい…カナリアは良くやったよ。ただ誇りにはしちゃいけないよ。カナリアならもっと高みにいける。それこそ首席に教えを請うのも良いと思うよ。」
「わかりましたお父様。」
カナリアは返事をし、執務室を後にした。
よかった。
心底ほっとした。
でも、もっと頑張らなければいけない。
カナリアはそう決意した。
それからというもの…
次の日は休みということなのだが、カナリアはいつにもましてそわそわしていた。
「エルお姉様ともっと仲良くなりたいですわ…」
しかし友達ができたことがないカナリアはどうしていいかわからない。
ということでお父様に聞いてみると、
『プレゼントとかしてみたらいいよ。』
そう言われたので、今まで使うことのなかった貯金を崩し、エルお姉様に何かプレゼントしようと思う。
家の扉を開け、門まで向かう。
いつもは世話人に頼んで馬車を引いてもらうが、今日はエルお姉様にプレゼントをするため、そういう世話付きは無粋というものだ。
カナリアは七歳でありながら配慮というものを分かっていた。
「あれー?カナリアちゃん?」
「フィアさん?」
そんな時、予想外の出会いに驚く。
目の前の子はエルお姉様と一緒にいて、その後に分かったことだが、あのユグドラシルの守護者と言われる魔術師、ノエル=アルノラティ様の娘である。
お父様もお母様も魔術師だが、100位以内に入ったことは一回しかない。
遥か格上の魔術師の娘だ。
しかもユグドラシルはとても大きい国で、その守護者ともなると元帥としての立ち位置もある。
貴族でいうところの公爵にあたる。
「エルちゃんにようがあってきたの?」
「あ、えと…そうですわ!」
言い当てられてドキッとした。
目の前の子はとても間延びした口調だから警戒心が解かれやすいが、
とてつもなく勘がいい…
「そもそもどうしてここに?」
「んー、私は暇だからエルちゃんと遊びたいなあって思ってきたんだー、」
一緒に歩いていると、この学院に12個しかない首席寮へ到着した。
私のお父様が保有する別荘と同じくらいの大きさだ。
だが、とても煌びやかで無駄のない設計、
お父様は建築業もやっていて、私もその知識を受け継いでいる。
「エルちゃんってここに住んでるの?寮って大きいんだねー。」
隣にいる、フィアさんは目をまんまるにしながら言った。
「違いますわ!寮は普通ここまで大きくは無いんですの。主席のみ住まうことが許される寮ですの。」
「そうなんだ。」
扉をノックし、数十秒経つと扉が開いた。
「はーい、」
「エルちゃんこんばん…わ?」
フィアとカナリアは固まる。
そこには一糸纏わぬエルの姿があった。
いや、なんで何も着ていないの?
その疑問が頭を覆い尽くす。
「エルお姉様、ハレンチですわ!」
反射的にそう言ってしまった。
しかし、それにしても彼女の肌は美しいもので、
魅入られてしまう。
しかも、左側の胸と鎖骨の間に、緋色の光を発する幾何学模様のハートがある。
「エルちゃん、それって…聖痕?」
フィアさんはエルお姉様の一糸纏わぬ姿を見ないようにしてるのか手で覆ってるが、人差し指と中指の隙間から、凝視していた。
ば、バレバレですわよ…
「そうだよ。」
フィアさんの問いにあっけらかんとエルお姉様は言う。
聖痕は七柱の神が認めた者にのみ与える、最高の証だ。
聖女でさえ貰えないこともある。
そしてその聖痕を私は文献で見たことがある。
「そ、それは…美の女神、ミラウ様の聖痕!?全てのレディが欲しがる聖痕ですわ!」
老化がなくなり病気にならなくなる。
胴体が真っ二つになっても再生する。
疲労や苦痛がなくなる。
そして何より、美しくなる。
エルお姉様は出会った時から、同性の私から見ても魅力的な尊顔をしていた。
すこし青みがかった綺麗なショートの黒髪、インナーカラーに薄い紫が入っている。
宝石のような赤紫色の瞳。
「まあ、上がってって。」
エルお姉様はそう言ってリビングに私たち二人を案内する。
そしてそのまま、いつもの着物を着る。
え、ちょっとまってですわ、
「え!?下に何も着ないんですの?」
「うん、そもそも下着持ってないし、」
驚愕の事実を伝えられた。
そういえば見渡す限りアンティークが飾られているが、衣服をしまってそうな場所はどこにもない。
廊下を通る途中、寝室や書斎、作業室も横目にしたけどそれらしいものは無かった気がする。
確かお父様が、そういう女性を襲ったり食べたりすると聞いた。
元より何かプレゼントするつもりだったが、
決まった。
下着、そして衣服…タンスにカバン。アクセサリー。
これにしよう。
エルお姉様を無理やり説得し、王都に連れて行く。
フィアさんも同じ想いを持っていた。
◆◇ーーー
「で、自分は今どこに向かってるの?」
エルお姉様はこてっと首を傾げながらジト目で呟く。
「ランジェリーショップですわ!王都でもとても有名なところで…」
私もよく来るようになり、宣伝モデルを頼まれたこともあるほどの常連だ。
とにかく可愛いものが多くて、アクセサリー、バック、衣服に下着、なんでも揃ってる。
知る人ぞ知る名店だ。
長いこと説明してると、エルお姉様は申し訳なさそうな顔をし、フィアさんはどこか虚な顔をしていた。
「あの、お金ないよ?」
「お金なら私が出しますわ!連れてきたのは私ですもの。」
そもそもプレゼントするつもりできたからエルお姉様に出させるなんて以ての外だ。
店内に入ると見知った顔があった。
「いらっしゃいませー。あらこれは可愛らしいお嬢様方。本日はなんの入り用で?」
「エルお姉様の下着を探してるの。」
「ではご案内しますね。」
店内には新しい衣服やアクセサリー、鞄が多く飾られていた。
「エネラの新作ですの?」
「はいお嬢様。」
エネラはファッション界、最強のブランドとして君臨している。
そんな中、とても可愛らしい下着のセットを見かける。
ピンクと白を基調にし、フリルやレースが付いた可愛らしいパンツとブラジャー。
絶対にエルお姉様に似合う!
「エルお姉様!これエルお姉様に似合うと思いますわ!」
「わー、可愛いねぇ!」
フィアさんも同じ意見だ。
エルお姉様に試着してもらう。
店員さんは、エルお姉様が下着をつけていなくて困惑していた。
エルお姉様の方を見ると、何やらブラジャーの付け方が分からないようで、必死に下着と格闘している。
「後ろのホックをひっかけますの。私がやって差し上げますわ。」
私はそう言い、エルお姉様の後ろに回る。
本当に白くて綺麗な肌だ。
なんだか少し変な気分になる。この感情はなんなんだろう…
下着を付け終わり、お披露目!
「とってもお似合いです!」
「エルちゃん可愛い!」
店員さんもフィアさんも文句なしに褒める。
これほど着こなせるのはエルお姉様しかいないと思う。
「とっても素敵ですわエルお姉様!」
即買いする。
カード払いで!
「他にもたくさん下着を買いますわ!」
「え?」
エルお姉様は面を食らったような顔をした。
どんな顔をしても可愛いと私は思った。
「えっと、だれの?」
「もちろんエルお姉様のですわ!」
他に誰がいると言うのだろう。
言葉通りエルお姉様に似合いそうな下着を即決で買っていき、
可愛らしい衣服やイヤリングなどのアクセサリー、
靴や鞄も買っていく。
「さ、さすがに悪いよ…」
このくらいで、私の財産に損傷は全くない。
多くても十分の一程度。全く痛くないですわ!
「じゃ、じゃあ荷物は持つね。」
エルお姉様はそう言い、買ったものを魔力操作で浮かせる。
基礎の範囲だが、ここまでの物を一度に操作するなど、魔力操作の中でも超絶技巧の一つに入る。
私なんて、ペン一つ持ち上げるのにも労力がかかると言うのに、エルお姉様はまるで疲労を見せない。
ごく自然に浮かび上がらせていた。
とてつもない差を感じる。
だけど私もいつか、この高みを目指して届きたい。