2話 運命の魔術師
風が強くなり、川の流れが速くなる。
「へくちっ」
寒い、
いや本当に寒い。
この世界にも四季はあり今は真冬だ。
しかし今の自分には魔術がある。
先ずは火と風の本質を捉える。
この本質というのは決して現象が起こる要因を指しているのではなく、抽象的、或いは哲学的な本質だ。
これはそういうものだと、本質を捉える。
すごく曖昧なものだからうまく説明はできない。
カチリと音がした。
本質を理解した際に自分に火と風の属性が刻まれた。
次は空想。
魔術を扱う上での重要な一つ。
この工程によりどんな魔術を扱うかを定める。そこからは解釈により魔術としての効果を定める。
最後に魔術として具現化する。
今自分が使っているのは並列発動という技術だ。
魔術は本来一つずつ扱うものだが、理解を強めればこういうこともできる。
魔術で温風を作り、それで髪を乾かす。
もうずっと髪を洗ってなくてボサボサで伸び切った髪を少し風の刃で整える。
最後に長い髪を一つにまとめ、おじさんから貰った紐で結んでと、、、
温風の魔術を体全体に包み込むように常時発動しとく。
これで寒さ問題は解決だ。
そろそろ帰ろう。
街中を歩くが嫌な目線を感じる。軽蔑、見下し切った目、或いは蔑み。
それは多分自分の格好の所為だろう。
布と紐で作った簡易的な服。
もうずっと使っていて、補修しては破れてを繰り返している。
もうボロボロだ。
だから孤児、スラム街の人間だと見られる。
まあもう慣れたが…
慣れちゃいけないんだろうけど、、
「チッ」
自分が聞こえるようにあからさまに舌打ちをされた。
本当にとことん嫌われてる。
自分が何かしたのだろうか、
少なくとも悪いことは一切やっていないと誓える。
ただ孤児やスラム街出身の人間が嫌われている理由は、盗みだろう。
だからスラム出身→盗み→悪い奴。
こういう固定観念が生まれてしまったためか、、
少し嫌な気分になりトボトボと帰路を辿る。
自分の家はスラム街でも奥の方にあり、見つかることはあまりない。
早く帰ろう…
「あ、あれ…?」
綺麗に頑張って作った家が見るも無惨に半壊していた。
急いで中にあったものを確認すると、必死で稼いだお金が無くなっている。
「どうして!」
「てめえがここの孤児か?おお、見てからはじゃねえか、奴隷商に売れば高くつくだろうな!」
自分を人とすら見ていない。
見下し切った目。
不快、あまりにも不快だった。
そして下劣な言葉。
なぜ何も悪いことをしていないのに奴隷にならなければいけないのか?
犯罪奴隷ならまだ分かる。
奴隷というものは必要不可欠だからだ。
そう割り切ってはいるが、目の前の人でなしは越えちゃいけないラインを踏み躙り超えている。
その瞬間、プチっと音がした。
自分の歯止めが切れた音だ。
自分の本質が顕になり、三つの固有魔術が身体に刻まれる。
「おい、何か言えよ白けるな。これだから学のねえスラム街民は、その点俺は奴隷として活用してやるんだからありがたく思えよ。その前に少し味わうか…」
もう、殺そう…
固有魔術【運命操作】
「魔力が逆流し、破裂して死ね。」
ブシャッ!
一言も言わせずに殺した。
懺悔の必要はない。許しなどいらないのだから。
肉片が辺りに飛び散り、もはや人間の死体とすら思われないほど、無惨なものになっていた。
もう、ここにはいれないな。
おじさんにお別れを言おう。
そう思い闇市に向かう。
もう一瞥もしない。完全に記憶に落とし込んだから。
今の自分の身分はあまりに弱い。
エタヒニンと同じ扱いだ。
付着した血を水属性魔術で洗い落とし、乾かす。
川で洗うよりもこっちの方が汚れも取れるな。
なんかスッキリした。
これからの目標は正式な魔術師になることだ。
正式な魔術師になれば身分の盾となるだろう。
闇市に入り、奥の部屋に進む。
「ああ、もう行くのか?」
「え、うん。」
「魔術はもう使えるようになっただろ?少し待て、」
まるで、見透かされたように言われた。
闇市の主人という名は伊達ではない。
あらゆる情報を彼は持っているのだろう。
「目標は正式な魔術師か、それじゃあ少し身分として弱いかもな。スラム街出身というものはそう簡単には拭えん。」
あまりにも読まれすぎている。
本当に心を読まれているような、
「ああうん、読んでるぞ。」
「やっぱり、」
驚きはなかった。
闇市の主人になるには力と権力の両方が必要だ。
彼はきっと魔術師で、階級も相当高いと思う。
「まあそんなことより、だ。これをやる。」
「なにこれ、紙?」
上質な紙だ。相当高いはず…
手紙のようだが、
中身を開ける。
「え?」
推薦状だった。
しかも魔術学校の最高峰、アレス魔導王国が誇る崇高な魔術師を輩出してきた名門、アレス学院。
アレス学院初等部推薦…
記憶に残っている魔術学校の校章は全て覚えている。
塔に巻き付いた竜を抽象化しロゴにした校章はアレス学院のものだった。
何でこんなものを、、
「まあ投資みたいなもんだ。お前の実力だったら余裕で合格できる。あそこは身分を問わないからな。」
本当におじさんにはお世話になってきた。
いつか恩返しをしないと、、
「別にええよ。」
やっぱり心読まれてる。
「俺の固有魔術は覚。相手の心が読める。まあお前の情報は墓場に持ってくよ。」
おじさんには全てばれている、ということか、
転生者という情報はとても高く売れると思うけど。
「俺は人でなしだが外道ではねえ。ああそれと、もしお前が危なくなったりどうしようもなくなった場合はそうだな、俺の弟子と言えばなんとかなる。」
そういえばおじさんの名前聞いたことない。
「ああそうか、俺の名前はグレイ=ノーヴァ。魔術師世界ランキング37位。現鬼王にして先代魔王だ。」
そう言いながら額に隠されていた大きな角を見せられる。
言葉にならない声で驚愕する。
ランキング二桁…
1000万人以上いる魔術師の中で二桁、、
しかも先代魔王?
情報過多で整理がつかない。
「お前、やばい顔になってるぞ、可愛い顔が勿体無い。」
「え?」
可愛い、のか…?
自分が?
「ほい鏡。」
そこには赤紫の淡い色をした瞳と、先ほど血がついていたので水の魔術で洗い流したから綺麗になった、黒曜石の如き長い髪を持ち、恐ろしく顔立ちの整った幼女が映った。
ただ痩せ細っていて、表情筋が死んでいる所為でデフォルトジト目だが、自分でも美少女だと思う。
「お前痩せ細ってるもんなあ、体重計で測ってくか?」
「ここなんでもあるね…」
「そりゃ魔道具師でもあるからな。」
ほんとなんでおじさんこんな場所にいるんだろ、
そんなことを思いながら体重計に乗る。
体重を測ると21kg、ついでに身長は122cmだった。
「軽いなあ、王都はたくさん食堂あるから食えよ。」
「なんでそんな詳しいの?」
「俺はあそこの卒業生だからな。博士号も取ってる。推薦状には俺の名前も記載しているから相当効力高いはずだ。」
なにから何までありがたい。
この人には本当にたくさんの物をもらった。
「そういえばお前、名前なかったな。これからはグレイ=ノーヴァの弟子、エル=S・ノーヴァと名乗れ。」
生まれてきて自分の名前はなかったし、問題なく生きてきたけど、
やっぱり自分の名前を付けてもらえるのら嬉しいな。
「おじさんは幸せ?」
「何でそんなことを聞くか分からないが、そうだな…虚構の幸せは懲り懲りだ。」
過去に何かあったのだろう。
彼の重い言葉でそれだけはわかった。
「じゃあ幸せになれるように願ってるよ。」
「はは、お前が願ったら本当になるじゃねえか、」
そっぽを向きながらボソリと言った。
「んじゃ、またいつかな…」
「うん、」
「ほんと、死んだ娘に似てるなあ…」
エル=S・ノーヴァ、娘の名前だ。
幸せだったはずの生活。
ぬるま湯に浸かり切り大切な人を守ることができなかった。もう、幸せを感じるのはやめようと、そう思った。
あいつの固有魔術はまるで魔法だ。
ご都合的な、最悪の運命すら改竄しうる途轍もない魔術。
「はぁ、足洗うかな。」
一人そう呟いた。