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その胸に触れるな!

 交渉金額が巨額過ぎて、内心ビックリしてしまった。

 しかし俺も賢者の意思を受け継ぐ者。

 お金なんかで靡いたりはしないのだ。


 俺とロール殿下は視線を合わせる。

 お互いに視線をそらさない。

 王子からも固い決意を感じる。

 これは話を聞いてしまった時点で俺の負け……。


「――! ロール殿下、ここへはお一人で?」

「え? はい。一人ですが」

「そうですか。なら、今日は特に来客が多いですね」

「――まさか!」


 直後、部屋が破壊される。

 壁と天井が砕け散り、無造作になった部屋に、一人の男が踏み入る。

 しゃれた格好に長い髪。

 そして右手に握っているのは……。


「鞭?」


 なんだあの鞭は。

 ただの鞭じゃないのは明白だ。

 膨大の魔力が宿っている。

 加えて異質、これまで感じたことのないような冷たくて濃い魔力だ。

 話を聞いたばかりだから確信する。

 間違いなく、あれが噂の……。


「【大罪法典】ですね、ロール殿下」

「……はい。すみません。逃げ切ったつもりだったのですが……」

「やーっと見つめましたよ! ロール殿下……いえ、ロール姫」

「姫……ってことはやはり」


 ロール王子は王子じゃなくて、姫様だ。

 俺の魔力感知は正しかった。

 これで間違っていたら自信をなくすところだったから、ギリギリ保たれたといってもいい。


「王子は偽装なんですね」

「すみません」

「構いません。王族が一人、こんな場所に来るには名と格好くらい偽装して当然ですから」

「いえ……私は一応、王子として国民には知られていまるので」

「――?」


 どういう意味だ?

 彼女は女性で間違いない。

 そのことを彼女自身も否定しないのに、国民もそのことを知らない?

 どうやら彼女には、まだ秘密にしている事情がありそうだ。


「その前に彼ですね。部屋を破壊されると困りますよ。入るなら玄関から来てください」

「はっ! あんたが噂の大賢者か? 思ったより若いんだな。けど残念、男に興味はないんだよ! 俺は女が大好きなんでなぁ!」

「煩悩の塊ですね」

「それが【大罪法典】です。彼は元は私の親衛隊で真面目な方でした。ですがあの呪具を手にしたことで人が変わってしまったのです。いえ……もしくはあれが、彼の本来の姿なのかも」

「その通りですよ姫様! 俺はずーっと思ってたんですよ。男のふりしてる姫様、とってもかわいくてたまらない! めちゃくちゃに犯したいって!」


 男は感情の制御ができていない。

 心が乱れ、煩悩に起こされている。

 故に魔力の制御もめちゃくちゃだが、それを補って余りあるほど膨大な魔力を呪具が宿している。


「姫様のことを公表してもよかったんですけどねぇ、それじゃ面白くないから、姫様を俺のペットにしようと思うんですよ。どうですか? 俺と一緒に毎日楽しく暮らしましょうよ」

「もちろんお断りです。私はどうしても、国王にならなければいけない。そのためなら私は……女だって捨てられる!」

「ロール姫……」


 揺るがない覚悟の瞳。

 相当な何かを抱えているな、この人は。


「くくっ、大した覚悟ですが無駄ですよ。そんな女々しい身体で、女を捨てられるわけがない! 思い出させてあげましょう! さぁ!」

「――え、な!」

「スピカ? シアン!?」


 突然、背後にいた二人がロール姫を拘束した。

 そんな指示は出していない。

 加えて様子もおかしい。

 まさか、精神干渉系の術式を受けていたのか?

 いつの間に? 


「リーナ! 二人を止めるんだ!」

「……」

「リーナ?」


 まさか彼女も?

 気づいた時に果て遅れで、彼女は拳に魔力を集めて俺を殴った。

 俺は両腕を胸の前でクロスして防御し、そのまま壁に激突する。


「くっ……」

「アンセル様!」

「気づくのが遅いな大賢者! とっくにその女たちは俺の手ごまだ!」


 男は鞭で地面を叩く。 

 すると地面がうねりはじめ、生物のような挙動で俺の手足に絡まってくる。

 うねうねしながら絡まると、再び元の硬さに戻り、身動きを封じる。


「これが……その鞭の能力ですね?」

「正解だぜ。こいつは【大罪法典】の一つ、【強欲】の鞭! 打ち付けた対象を無条件に従わせる。この効果は無機物にも有効だ!」


 無機物すら自在に操る?

 一つの魔導具で複数の効果を持つものなど存在しない。

 魔導具に付与される術式効果は一つだけだ。

 強欲の鞭は効果の解釈が広いのか?

 だからって、生物以外の無機物まで操り、さっきみたいに自然の法則を外れた動きもできるとは。


「中々強力……」

「お前はそこで大人しくしてな! 男に興味はねえーんだ。俺は女が大好きなんでねぇ! おら、こっちこい」


 リーナが命令に従い男の隣へ移動する。

 すると男は乱暴に、リーナの大きな胸を鷲掴んだ。


「――!」

「おーいいもんあるじゃねーか。こんな女を侍らせてたのか? 大賢者様も隅におけねーなぁ」

「……お前……」

「これからは俺が美味しくいただいてやるよ。さて、姫様はゆっくり遊ぼうなぁ」

「くっ、離して!」

「無駄だぜ。強欲の力で強化されてる。そもそも二人がかり、諦めて素直になれよ。お前は女なんだよ」


 操られたスピカとシアンによって、ロール姫は服をびりびりと破られていく。

 抵抗しても力で負けている。

 逃げ出せず、抜け出せない。

 涙目になりながら、それでも必死に抗う。


「ボクは……ボクはこんなことじゃ!」

「いい加減諦めろよ! 女は男にケツでもふってりゃいいーんだ!」

「――い、いや!」

「……おい」


 この瞬間、俺の中の何かが弾けた。

 と同時に、俺を拘束していた地面もまとめて破壊する。

 余計バラバラになった建物に土煙が舞い、俺は立ち上がる。


「拘束を……魔術は使えないよう手足は封じたのに?」

「お前……何勝手にリーナのおっぱい揉んでるんだ?」

「は?」

「俺だって……俺だってまだ一回も揉んだことないんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は叫んだ。

 おそらく人生最大の雄叫びをあげた。

 仕方ないじゃないか。

 ずっと我慢していたんだぞ?

 目の前にたわわに実った果実があって、いつだって食べ頃なのに。

 よだれも流さず耐えていたのに、知らない男が勝手に収穫しちゃったんだ!

 許せるわけがない。

 煩悩とか欲とか、そんなもん知ったことか!


「ア、アンセル様?」

「な、なんだお前……賢者だろ? 悟りを開いてんじゃないのかよ」

「悟り? そんなもんとっくの昔に開いて閉じたわ! あんなもん開きっぱなしでいられるか!」

「……は?」


 キョトンとする男に、俺は怒りのままに叫ぶ。

 もうどうでもいいや、と思いながら。


「確か俺は賢者の力を手に入れた! 師匠がたどり着けなかった術式の完成にも至った! それでも俺は人間の男なんだよ! 目の前に無防備に慕ってくる女の子がいて、我慢できるわけないだろ! お前ならわかるんじゃないか!」

「お、おう……」

「でも我慢してたんだよ! 俺は賢者だから! みんなの師匠だからな! お手本にならなきゃいけない。不甲斐ない姿は決して見せられない。そうして耐えていたのに……お前は超えちゃいけないラインを越えた!」

「――よくわかんねーが、欲まみれな賢者ってことかよ! 大賢者の名が聞いてあきれるなぁ!」

「お前と一緒にするな! 確かに俺は欲があるし、煩悩だってある。だけどな? 真に必要なことは欲や煩悩を支配することだ!」


 俺は指を二本立て、視界に線を描くように空を切る。

 その直後、操られていた三人が倒れる。


「――! な、馬鹿な! 俺の支配が……」

「何が支配だ。からくりがわかれば対処はたやすい。鞭で打った対象に見えない魔力の糸をつけ、操っていただけだ。無機物も同様にな」

「そういうことだったのですね? 王国も把握していない能力を、たった一度見ただけで看破するなんて……」

「こいつ……」

「侮るなよ? これでも俺は、賢者の一族だ」

「――! だったらもう一度操るだけだ! お前も含めてな!」


 叫んで男は鞭を振るう。

 しかし意味はない。

 鞭を打ち付けたところで、その瞬間に糸は斬り裂かれる。


「くそ、なんで見えるんだ?」

「魔力だからだ。お前たちは感覚が鈍いんだよ。魔力を捉える感覚が」

「だからって! なんで糸が切れる? その指の動きで斬ってるのか? 魔術も使ってないのに!」

「使ってるぞ。さっきから何度も」

「……は? 嘘だ! 一度も術式を見せていないじゃねーか! 魔導具でもないのに、詠唱も術式の展開すらなしに、魔術が使えるわけ!」

「それができるから、今俺はここに立っているんだよ」


 男は驚愕する。

 通常、魔術の発動にはいくつかの工程がある。

 より洗練された魔術は、その工程を省略することで、発動までの時間を短縮する。

 同じことをしているだけだ。

 俺はあらゆる工程を、体内で完結することができる。

 故に、俺の術式はすでに発動している。


「大賢者が開発した術式は、人間の欲の数だけ存在する。それらを統合したものが現代に伝わり、俺たちが受け継いだ」


 煩悩、負の感情は魔力を増幅したり高ぶらせる要因。

 魔力も感情も、魂からあふれ出るもの。

 魂から煩悩を切り離し支配することで、煩悩を武器、すなわち術式に昇華し行使する。

 それが賢者の術式。


「【天芯倶舎(テンジンクシャ)】」


 俺は指で線を引く。

 今度は鞭を持っている右手が斬り裂かれ、出血と共に握ったまま地面に落ちる。


「ぐ、あああああああああああああああ! 腕が! 俺の腕がぁ!」

「これは……」


 【天芯倶舎(テンジンクシャ)】は一〇八の術式によって構成されているが、そのうち九十八はいわば部品。

 一つ一つでは効果がなく、組み合わせることで力を発揮する。

 九十八の術式は煩悩を克服することで獲得し、それを全て手に入れることでようやくスタートライン。

 そして――

 九十八の煩悩の先に、更なる大きな十の煩悩が存在する。

 それらを克服し、術式として完成させることで、【天芯倶舎(テンジンクシャ)】は完成する。

 

 その奥義の名は――


「【十纏(ジッテン)】――無慚(むざん)

「が……あ……」


 十の奥義の一、無慚。

 自身の視界内に指で線を描き、対象を斬り裂く見えない斬撃。

 対象は細かく指定でき、やろうと思えば服だけ斬り裂ける。

 そう、相手に気付かれず、女の子の服を脱がせる!


「あ、あれ……私は何を?」

「いきなり部屋が爆発して……それで……師匠は!?」

「せんせーだぁ」


 ぞろぞろと操られ気を失っていた三人が目を覚ます。

 どうやら操られていた間の記憶はないようだ。

 おかげで俺の大失態を見られるに済んだわけで、心からホッとしている。

 三人は周囲の状況と倒れている男を見て、すぐに察した。


「お怪我はありませんか? 先生!」

「襲撃者きたのね? 他には? これで最後?」

「勝ったんだ! さっすがせんせー! 格好いい!」


 心配したり、尊敬のまなざしを向けられたり。

 無邪気で無防備に身体を寄せてくる。

 これに何年も耐えている俺を誰か褒めてほしい。


「アンセル様」

「……姫様」


 あられもない姿になり、女の子であるとハッキリわかる姫様が、涙目で頬を赤く染めている。


「やはりあなたしかいません。どうかそのお力で、世界を救ってください」

「……ふっ」


 俺は空を見上げる。

 

 師匠、俺……旅に出ようと思います。

 困っている人がいたら放っておけませんし、国家の敵になるのは嫌なので。


 それから、この度が無事に終わったら……その時は――


 

 賢者をやめよう。

 そう、心に誓いました。


【作者からのお願い】

強欲の章はこれにて完結です!


引き続き読んで頂きありがとうございます!

ぜひともページ下部の評価欄☆☆☆☆☆から、お好きな★を頂ければ非常に励みになります!

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次回をお楽しみに!

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