第三節 四話 「恩人にして鎧人」
少し早い昼食を食べた三人は、その日のうちにオプライデント第二都市ラスメニカに向けて出発することにした。
善は急げとメメリィアがすぐに行動に移したいと言い出したのは、流石に急ぎ過ぎじゃないかと思ったが、その気になっているのに水をかけるようなことをしたくなかった。
泣いていた少女の姿は今では、勇気を振り絞り学校という未知のものに戦いを挑もうとする勇者さながら。
「アメリアお姉さん、早く行こう!」
「うんうん、わかったわかった。
ちょっと待ってて。
ていうか、メメリィア、流石にそれはやめた方がいいと思うよ……」
急いで支度を始めたアメリアは家の裏、大量の生活用品や工具、他にも物が雑多に詰まれた倉庫からガチャガチャと歪んだスパナや真っ黒な鉱石などを運んでは、ひたすら車に詰めていた。
「えー、だって学校って人がいっぱいいるんだよね。
だからメメリィア、もしかしたら倒れちゃうから……だからなるべく、みんなに見られないようにって、思ったんだけど……」
しょぼんと肩を落とすメメリィアは、くぐもった声で残念がりながら顔を覆うガスマスクを外す。
ガスマスクを付ける必要性の方にツッコめばいいのか、それともガスマスクを付けて日常生活を送るのは普通ではないことにツッコめばいいのか悩ましいところだ。
「ま、まあ、アメリアお姉さんは、ガスマスクは悪くはないと思うけどね、……性能的に。
それにほら、ガスマスクを付けても見えにくくなるのはメメリィアであって、周りの人は普通に見えちゃうんじゃないかなぁ……?」
とりあえず、ガスマスクを付けたら確実に悪目立ちすることだけは確定なので、どうにかして別の理由をこじつけて諦めてもらう。
「……あっ!そっか!
メメリィアがお顔隠して、見えないようにしても、皆からは見えるもんね」
「うん、そうそう」
「わかった!
じゃあ、メメリィアもいろいろしたくするから、また後でね、アメリアお姉さん!」
家の方に走って向かった影がなくなるのは速く、全く先ほどの大号泣が数か月前のことのように感じられる。
割り切った、とはまた違うのかもしれないけれど、それこそ幼いながらの特権なのだろう。
「ふう」
胸を撫でおろし安堵の吐息が漏れたのは、必要な機材をなんとか車に運び入れ終わりそうだったのもある。
だが、主な理由は……。
「……さすがにガスマスクは、ないよなぁ」
ガスマスク装備して学校に行くことを回避できた。
そこが一番大きかった。
*
グラドライン人制奇学院。
オプライデント国第二都市ラスメニカにある教育機関。
名前のとおり人制奇を主体とする教育は、人制奇のさらなる発展を目的とし、学ぶ者の健全なる精神、肉体を育む場として文武両道を掲げる学校。
その門戸は広く、能力主義であるため入学試験にさえ合格できれば、年齢、性別、思想、宗教、全てを平等に扱う学院は、最年少で七歳、最高で六十八歳の生徒が在籍する。
そんなグラドライン人制奇学院に向かうアメリア・アインス、メメリィア、そしてペペペモリアの乗った車は、現在交通渋滞に巻き込まれていた。
「えー、なんでこんなところで止まっちゃうわけー」
「車、いっぱいいる……。
みんなメメリィアたちとおんなじように、学校に行くのかなぁ」
「メメリィア……それはないと思うよ」
渋滞は確実に前方オプライデントから続くもので間違いないことは、わかっていた。
というのも今走行している、いや、止まっている道路は一本道でありアクセルを踏んでいれば着くのはそこしかない。
反対車線は、逆にオプライデントから出てきた車のみで、現在はこちらの道路とは正反対に一台も通っていないのがその証拠。
かれこれ、この状態が40分程続いている。
「にしても、ホントに今日どうしたんだろ?
数日前に来た時は全然こんなんじゃなかったのになー」
次第に不満の積もる車中では、アメリアがこの状況の原因を考え、メメリィアはまさか周りにいる車全てが自分たちと同じ場所に向かうのでは、と焦りを浮かべ、ペペペモリアはというと。
「ねえ、モリア。
今日って、なんかの日だっけ?」
「……」
「ねえ、きいてる?」
「……」
「アメリアお姉さん、お兄さん、寝ちゃってるよ」
「……あー。じゃあ、おめめ閉じてあげて」
「はーい」
助手席には車の後ろに積めなかった荷物が置いてあるためメメリィアの隣には、ペペペモリアがいる。
ミラーで後部座席を確認したら普通に目開けてたので、起きてるものだと思っていたがどうやら開眼しながら寝ていたようだ。
兎にも角にも、あともう一時間ほどで着きそうな道、メメリィアはこれと言った具合の変化もなくてよかった。
それでも緊張の表れなのか黙っては、いきなりやっぱりガスマスクつけた方が良いかもなんて言っている。
「アメリアお姉さん、車、動いたよ」
「おっ、ほんとだ」
緩やかに進みだした車に続いて徐々に速度を上げていく。
もう30分この状態が続いていたら明日の方がよかったかもなんて思ってしまいそうなところのこれだ。
学院はラスメニカの市街地にあるため今からだと、およそ20分ぐらいだろう。
見慣れた景色が通り過ぎていく中、ふとそういえば何で待ち合わせ場所が学校なのか不思議に思いながら目的地に近づいていくのだった。
*
「うわぁあ、おっきい……」
「こんなに大きいとはアメリアお姉さんも初めて知ったよ」
無事渋滞から抜け出した三人の眼前、聳え立つ建物こそ目的地、第二都市ラスメニカグラドライン人制奇学院。
広大な敷地、大きな尖塔が複数あり、中心には遠目からでもわかる大きな時計の着いた建物は眼を引くというよりも、目につくという方が正しい。
「アメリアお姉さんのお友達ってえらい人なの?」
「うーん、別に偉いわけじゃないよ。あんまりそういうのにも興味ないみたいだし」
「じゃあ、お金持ちなの?」
「お金もちでもないねー、お金はいっぱい稼いでるみたいだけどすぐに使っちゃうから。
どうしたの?」
「こんなにおっきいところにいるってことは、すごくえらくてお金持ちなのかなって思ったから」
入り口の校門を抜け、電話の後に送られてきた詳しい待合場所を案内に沿って向かう。
ただ、何分広いため案内を見ても一階の隅の方ということしかわからない。
「でもそれだと、モリアお兄さんは貧乏ってことになっちゃうんじゃないの?」
「うん、だからメメリィアなるべく、せつやくしてるよ」
「……モリア、あんまりメメリィアに苦労させないで」
「え、それは……」
「いいから、苦労させないで」
「わかった」
何度目かの曲がり角を抜け、左右と複雑な廊下を渡ると、ようやく広いところに出られた。
ここまで来ればなんとかなりそうだと、さらに進み友人が指定してきた部屋番号を見つける。
「ここっぽいね」
目の前の扉は今まで通ってきた部屋の扉とは異なり、冷たい金属の扉。
奥からは何かを殴りつけているような硬い音が響いてきている。
「お姉さん、本当にここなの?」
「えーと、ちょっと待ってて……」
もう一度、送られてきた待合場所の部屋番号を確かめるが、やはりあっているようだ。
「ここ……だね」
終止ドカン、ズガンと一体何をやっているのか、教室というよりも拷問部屋の雰囲気が漂う空気を感じるのは、アメリアだけではないだろう。
「よし、とりあえず行こうか」
「……うん、気をつけて」
唯一の男性のペペペモリアを先頭に、扉をゆっくりと開ける。
重厚な扉は見た目以上に重くなく非力な男でも簡単に開けられた。
「おーい、ニガー?いるー?」
部屋の中に響く音に負けないように発した言葉は、すぐに返事が返ってきた。
ピタリと止んだ音の発生源、そこにいた人物の声。
「あぁ? 何でいるんだ?
待ち合わせは明日のはずだろ?」
「いや、やっぱり急いだほうがいいかな、と思って」
「つうか、ペペペモリアもいるじゃねえかよ。
面倒ごとは避けたいから連れてくんじゃねえよ」
ペペペモリア、アメリア、メメリィアの順番で室内には入ったため、いまだに声の主でありこの部屋の主、アメリアの友人である彼の姿が見えないメメリィアは、二人の後ろから彼の姿を見る。
力強い男性の声、背の高いペペペモリアが見上げるほどの巨躯。
「え……?」
驚きの声が漏れた。
「ん?この子供、誰だ?」
「ああ、紹介するね。
この子はメメリィア、まあいろいろ事情は複雑なんだけど育てることになった」
彼のその見た目は、普通ではなかった。
もしくはそれは当たり前なのかもしれないと思ったのは、メメリィアにとって、まだこの世界には多くの知らないことがあるから。
それでもやはり普通ではない、そう思えたのは彼のような人に始めて会ったから。
「はぁ!? お前ら、子供育ててんのか?
おいおい、大丈夫かよ? 金で買ったとか言わないよな?」
「んなことするかぁあ」
当然のように会話をする彼の胴部をアメリアが拳の裏でコツンと叩く。
硬い感触、金属の反響、到底人の体では発せない音が響いたのは、メメリィアがどうかしているわけではなかったようだ。
「どうだか……」
「いいから、ニガも紹介してあげなよ。
さっきから無駄にデカい体と無駄にデカい声、無駄に硬い装甲に怖がってるじゃん」
「無駄無駄言うな、うるせえな」
「ほら」
「わかったよ、クソ」
頭から足の先まで全身を装甲した彼は、荒々しい声で自身のことを説明する。
全身を武装した機械的な鎧。
そこに走る青い光の筋がより一層、彼の存在を際立たせていた。
「嬢ちゃん、俺は人制奇製作者ニガ・ハウル。
こんな見た目だが、別に機械人間ってわけじゃない。
ま、あんまり会うことはないと思うがよろしく頼む」
差し出された大きな手を背伸びしてなんとか握る。
「よ、よろしくおねがいします」
人制奇製作者ニガ・ハウル。
人制奇『天使の腕』『天使の脚』を生み出した人間。
彼こそ、メメリィアの左脚を救った存在。
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