第三節 三話 「一歩を始める電話」
気が付くと太陽が昇り朝の木漏れ日が、室内を照らしていた。
本日の天気も快晴、海は穏やか、空は青一色。
部屋の中にいるよりも、外に出てなにかをするほうがきっと気分がいい一日。
「……ねえ、……さん、おに、……さ……ん」
(……うん……?)
「……ねえ、あ……りあ、おねえ……さん、おにい……ん」
(……ん?)
「アメリアお姉さん!
お兄さん!
なんか、これずっと鳴ってるよ!」
「……んん?」
研究スペースで目を覚ましたアメリアは、メメリィアに揺すられて目を覚ました。
近頃は習慣になっていた夜のコーヒータイムもとい話の場、昨日はそのまま机に突っ伏して寝てしまったようだと、何とかぼんやりとした記憶を探って思い出す。
「あ、おはよう。
メメリィア」
「うん、おはよう。
それよりも、これ、どうしたらいいの!?」
早口でまくし立てるメメリィアの手には先ほどから、プルルルル♪と鳴る一台の携帯電話がおさまっていた。
アメリアの髪色によく似たその携帯電話は、遥か昔のガラパゴス携帯という種類の電話。
「あー、ちょっと貸して」
「はい!」
勢いよく渡されたケイタイを開き、画面液晶に映し出された人物の名前に驚きの声を上げる。
「……あれ、なんかわるいことしたっけ。
あ、もしかして、あれのことか?」
小さく呟いた言葉はすぐに空中分解され、通話ボタンを押し応答する。
ピッという音声の後、鳴りやんだ電子音声に安堵のため息をついたメメリィアは、研究スペースにいまだ眠っているペペペモリアを起こそうと必死になっていた。
「あ、もしもし。
アメリア・アインスですけど……。
なんかしましたっけ?」
《あぁ?
別になんもやられてねえけど。
なんだよ、その口調。
なんか覚えがあんのか?》
「いや、別にそういう意味じゃないけど。
それで、じゃあ何用?」
《ちっ、まあ、いいや。
そんで要件なんだが、メンテナンスをいつもよりも早くにやってほしいんだ》
携帯から漏れ聞こえたのは男性の声。
荒々しく大きなその声は、電話越しであっても本人の力強さが感じ取れ、近くにいたメメリィアはそれだけで驚いてしまう。
「え、やだよ。
メンテナンスって、一部じゃなくてオーバーホールのほうでしょ?」
《だな》
「あれすごい時間かかるって知ってるよね。
ということで、無理。
他、当たってください」
《ああ? そうかよ》
「ごめんね。
いまちょっと、忙しいんだよ」
二人の間だけで通ずる会話の内容は、何について話しているのかわからないが、アメリアが一方的に電話の相手に拒絶を示していることはわかる。
《んじゃあ、この前の貸し返せ》
だがそれも男性の一言によって、覆されるのは速かった。
「……貸し?」
《ちっ、忘れたとは言わせねえぞ。
一年前ぐらいにどっかの国のボンボンに譲る予定だったやつ、そっちに流しただろ》
「……あー、そんな、こともあったような、なかったような……」
《はぁ?》
「すいませんそんなこともありました今思い出しました借り作りました、はい。
でもあれあんたも、はぁ、俺はあんなコレクションするやつのために作ってんじゃねえ、とか言ってたじゃん!」
《だから、お前に譲ってやったんだろ!
しかもそんときに、これで一つ借りができたな、とかほざいてたのはテメエじゃねえかよ!》
ヒートアップする二人の声で眠っていたペペペモリアが目を覚まし、目を擦りながら何が起きているのか把握しようとしたが、わかるはずもなく。
定まらない視線は眼前メメリィアの方に向けると、シーと人差し指を口に当てていた。
「アメリア、これは……」
「ちょ、モリア、ちょっと静かにして……」
《おい。
今、ペペペモリアの声が聞こえたぞ。
お前またあの島行ってるんだろ》
「え~、そんなことないよ。
さっきのはペペペモリアの声を似せて作ったペペペモリア13号だよぉ。
ね、ペペペモリア13号?」
「……」
「そこは、あーでも、うん!でも何でもいいから応えるところ」
「……?
その電話の相手って、ニ……」
「あ、もしもし。
ごめん、なんかペペペモリア13号壊れてるみたいで、変なこと喋ってたみたいだけど、気にしないで。
まあ、何はともあれ今、忙しいから。
ごめんねー」
《ちょっと待ち……》
「ふう」
《プルルルル♪》
通話終了の音声を置き去りに、ため息をなんともなっていないのに、なんとかなった顔でつくアメリア。
何事もなかったように、朝食を食べようと向かう彼女に対し、向かいの二人は何も言えずにいる。
「メメリィア、お腹減ったでしょ?」
《プルルルル♪》
「何食べたい?」
今日の朝ごはんはアメリアお姉さんが作るか……」
《プルルルル♪》
「アメリアお姉さん、それずっと鳴ってるよ」
通話を強制終了させてから、すぐに掛かってきた電話の受信音声を無視し続ける姿は、ある種の恐ろしさがあった。
難聴ではないので意図的にやっているのはわかるが、だからこそ微笑む姿も相まって恐怖が上乗せされている。
「……ちょっと待っててね」
観念したのか、携帯を持って生活スペースの方に向かう背はいやに静かで、どういう感情を孕んだものなのか一切わからない。
「もしもし、アメリア・アインスですけど」
《お前、マジで次やったら許さねえからな》
「わかったわかった。別のやり口、考えときます」
《そういうことじゃねえよ。
ちっ。
いいから、明日の14時、どうせ暇だろ?
ラスメニカのグラドライン人制奇学院に来い。
絶対に来いよな。
もし来なかったら、お前が酔っぱらって作ったアレをどっかの店で売る。
それじゃあ、絶対に来いよ》
「いや、ちょっと待……」
今度こそ話終えたのか、それ以上電話が鳴りだすことはなく、ひたすらに黙っていた。
貸を作ってしまったのは自分である以上、正直その話が出た時点でこちらとしては受けざるを得ないのはわかっていたことだ。
「……はぁ。
めんどうだけど、仕方ないかぁ」
面倒だと言いながらも、行かなければならないと思いつつ研究スペースに戻る。
まさかこの一本の電話が少女の運命を決める電話だったとは誰も知るよしもなく。
*
朝食を済ませた三人は数日前の話し合いのことには誰も触れずに、朝の電話の一件の方が話題にあがっていた。
意図したところがあったとしたら、アメリアの計らいだったのだろう。
「二人とも、特にメメリィア。
本当にごめんだけど、明日オプライデントに行かないと行けなくなっちゃった」
洗い物が終わり、テレビを見ていた二人に告げるのは先ほどの電話の要件とその結果。
顔の前で手を合わせたアメリアは申し訳なさそうに目を瞑る。
学校の一件が未解決であるのに、一人逃げるように離れる自分に後ろめたいところを感じてしまったのだ。
「さっきの電話相手って、ニガ?」
「そうそう。
メンテナンスして欲しいっていう連絡。
いつもは年に一日だけ決まった日にやることになってるんだけど、なんか早めて欲しいんだってさ」
そういうことかと納得するペペペモリアにたいして、いまだに何のことを話しているのか理解できていないメメリィアは思ったことをそのまま口にする。
二人には想像もできなかったその言葉は、まさかメメリィア本人から出るとは思わずに。
「……お姉さん、オプライデントの……学校に行くんでしょ?」
「え」
「さっき、男の人がぐら、なんとか人制奇がくいんって言ってたの、メメリィア聞いちゃったの。
ぬすみぎきは悪いことだってわかってるけど、がくいんって、学校のことでしょ?」
目を泳がせながらも、必死に話すメメリィアは自身の胸を今度は倒れないように、過呼吸を起こさないように抑える。
もしかしたら怒られるかもしれない、そんなふうに思ってしまったのもこの前のことがあって。
だが、それこそまさにメメリィアの心配のし過ぎに他ならず、二人があの話し合いで怒りの感情を持っているはずもない。
ましてや、ぬすみぎきについて怒るものなどここには誰もいなかった。
「そう、だよ。
アメリアお姉さんの友達がそこで待ってるから会いに行くんだ」
いったいどう返したらいいか、探り探り話すアメリアはメメリィアが何を言いたいのかがいまいちわかっていなかった。
アメリアからしたら、この話をしているだけでこの前の二の前に過ぎず、瘡蓋を今一度剥がす行為になりかねないと。
「……アメリアお姉さん、メメリィアも一緒に、学校……行きたい」
「え?」
「あ、あのね。
メ、メメリィア……ね、この前のお話のこと、お布団の中でいっぱい考えたの」
小さな少女は何か目に見えないものに怯えながら、それでも負けないように二人のために、そして、自分のためにぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「……学校は、一人で、行かないといけない。
学校に行ったら、この島を……離れないといけない。
で、でもね。
メメ、リィアは、それでも……それでも、このままじゃいけないって思ったの。
ずっと、昔のことを気にしてちゃ、いけないって……思ったの」
「……メメリィア」
「メメリィアは、お父さんも……お母さんも……わからない。
いつ生まれたのかも、おうちも……名前も、何にも持ってなかったの。
そんな、なんにも持ってないメメリィアじゃなかった、メメリィアはね。
この島に来て……お兄さんに会って、アメリアお姉さんに会って……たくさんのものをもらった」
小さな呟きは次第に大きくなり、視界にはアメリアとペペペモリアの顔が映る。
じっと最後まで待ってくれていることは、今のメメリィアでも容易にわかった。
「……命を救ってもらった。
名前を貰った。
文字を……美味しい、ご飯を、たんじょう日を……たんじょう日、プレゼントを。
め、メメリィアの……ここにいていいよっていう、……居場所を。
たくさんのモノを……メメリィアは、お兄さんとアメリアお姉さんから貰った。
何にも持ってなかったメメリィアは、今は、いっぱい……持ってる」
少女の両眼から涙が落ちていく。
伝えたい言葉が、気持ちが、溢れるように。
「……だがら。
……だからね。
メメリィアは、お兄さんに、アメリアお姉さんに、何かしてあげたいの。
学校に行くことが、そうなのかはわかんないけど……だけど、きっと、そうした方がいいのはメメリィアだって、わかるの。
だって、メメリィアはお兄さんのこと、アメリアお姉さんのこと、……大好き、だから。
……それにね。
メメリィアがここで逃げたら、メメリィアはずっと逃げることになる。
怖いって怯えないといけなくなる。
そんなの、嫌だ。
だから……だからね……。
本当は怖いけど、一人になるのは嫌だけど、でも……。
それでも、一回ぐらいは学校、頑張って行ってみたい、って……いっぱい考えて……いっぱい悩んで、……思って」
限界が来たのだろう、最後の言葉を口にすると大きな声で泣きだしてしまう。
泣き叫ぶ姿は年相応の少女の姿。
ついこのあいだ十才の誕生日を迎えた少女の姿がそこにあった。
溢れんばかりの感情を、ありのままの気持ちを、二人が大好きだと伝えながら、自分はこのままじゃいけないと伝えながら。
やっと少しだけ過去に立ち向かって。
尚も泣き続ける少女の頭に優しい掌が置かれ、頼りない体に包まれる。
それでもひたすらに流れ出す涙は止まらない。
「メメリィア、わかった。
わかったよ。
メメリィアの気持ちは十分伝わった」
「うん。
大丈夫。
ちゃんとアメリアお姉さんにも伝わっているよ」
こうしてメメリィアの新しい一歩が始まる。
集団生活、そのさらに一歩前。
だけど昨日よりも確実に前進するための一歩。
極端に何かが変わったわけではないけれど、それはとても大事な一歩。
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