第三節 二話 「学校と孤独と過去の自分」
明くる日の夕食後の時間。
今日はメメリィアの大好物の唐揚げが机に並んだ。
美味しい、美味しいと最近ではメメリィアのために唐揚爆破に何度も足を運ぶアメリアは、秘伝のタレと調理時間、揚げる時間などを研究した成果がありありと出ている。
作る予定はなかったポイントカードもつくり既にスタンプでいっぱいだ。
今度、溜まったスタンプでTシャツが交換できるようなので、密かに交換して、平然とそれを着て、二人を驚かするのが密かな楽しみだ。
今のうちから、見せるときの練習をしていた方がいいかもなんて、しょうもないことを考えているのも一つの楽しみだ。
食器を洗い、テレビから流れる歌を鼻歌で歌う横、食器を拭くのを手伝っていたメメリィアは身長が130センチほどになっていた。
出会ったころは120届くかどうかほどだったので、目覚ましい成長だ。
あまりにも成長が早いので、体のふしぶしが痛いと画面越しに泣きついてきたときは、なんと説明したらいいか悩んだのは懐かしい。
お風呂から出たら昨日ペペペモリアと話したことを伝えようと、メメリィアが一生懸命に皿を拭いているのを見る。
「アメリアお姉さん、メメリィアの顔、なにかついてる?」
「ううん。メメリィアは今日も元気で良かったって思ってね」
「うん、元気!
今日もアメリアお姉さんの作ったご飯美味しかったよ!」
「そっかそっか。
良かったぁ~」
不安はある、それでもきっと大丈夫だ。
*
洗い物が終わり風呂から出てきたアメリア、メメリィア、それと入れ替わりで入り終わったペペペモリアの三人が生活スペースの丸テーブルにて顔を見合わせていた。
「みんな揃ったね」
「うん」
「どうしたの?
なにかするの?」
何かいつもと違うことを察知したのか、どこか緊張の面持ちのメメリィアは、二人の顔を覗き込む。
「ううん。
なにかするってわけじゃないんだけど。
ちょっとお話ししたいことがあって」
「お話?」
「うん」
とは言ったもののわざわざ話をするだけなら、ここまで場を整える必要がないことは流石のメメリィアもわかっていた。
先ほどペペペモリアが風呂から出てくるまで付けていたテレビは消され、耳を済ませれば遠くから海の潮騒が聞こえそうなほど静か。
そして三人の視線が交わる中、口を開いたのはペペペモリアだった。
「メメリィア」
「なあに?お兄さん?」
「メメリィアは、ここが好き?」
「?……うん」
「じゃあ、アメリアのことは?」
「好きだよ」
「じゃあ、お兄さんのことは?」
「どうしたの?
大好きに決まってるよ?」
不思議な切り出しかたなのは、ペペペモリアだからとも言えたし、この後話すことの前振りとしては最善だったのかもしれない。
「そうか。
じゃあ、今から話すことはアメリアやお兄さんが言ってないものだとして、きいて欲しい」
「うん?……わかった」
なおも何を言いたいのかさっぱりな話方に、一先ず言われた通りに頷く。
それがどういう意味なのか理解するのは、まだ幼い少女に難しいところだったが。
「メメリィア、学校に行ってみないか?」
「がっこう……?」
きょとんと、不思議そうにするのは思ってもみない言葉が出てきたからだろう。
頭の中で学校が何だったか意味を探すまでに時間がかかっているように見えた。
「うん。
学校って言うのはメメリィアと同じくらいの年の人がたくさんいる場所だ。
そこで勉強したり運動したり、ご飯を食べたりする」
「……」
「アメリアと話し会って、メメリィアに学校に行って欲しいと思っている」
なるべく声を優しいものにし、言葉を選んだつもりだがどうやら不信感が拭えないように感じてしまうのは、メメリィア自体の問題だ。
ここで畳みかけて、自分が口を開いては余計だと思い、アメリアはじっとメメリィアの答えを待った。
「……がっこう、はアメリアお姉さんとか、お兄さんは一緒じゃないの?」
「……ああ。
メメリィアが一人で行くんだ」
「……もしも、メメリィアが学校に行くってなったら、ここでは暮らせなくなるの?」
やっぱりメメリィアは頭がいい、そう思ったのは十歳ながらにしてまだ起こっていないことが簡単に想像できてしまうから。
大人びているとはまた違うが、それは本来もう少し年をとれば身に着くものであり、メメリィアが生きていくにはきっと必要な力だったのだろう。
「学校に行くことになったら、この島から離れてオプライデントに住むことになる。
あそこは学校や施設が揃っているから、ここよりも住みやすい」
主に地理的な理由で候補に挙がった学校は、オプライデント国第二都市ラスメニカにある学校だ。
あそこならば、近くに住居は数多くあるのでいざという事件も発生しにくい。
それにこの島からも比較的近いことも理由の一つ。
「メメリィアは、学校に行ったら……一人で、暮らすの?」
次第に声のトーンが低くなるメメリィアに対して努めて明るく話に参加したのは、珍しくここまで沈黙を貫いていたアメリア。
「ううん。
アメリアお姉さんも一緒に暮らすよ。
ラスメニカ、えーと……。
一緒に泊まったホテル、覚えてる?
あそこのマンションを借りて、そこで一緒に住むよ」
何とかその質問にだけは納得したように先の質問の答えになかった、頷きを見せる。
アメリアとペペペモリアのお願いだから、応えたいと思うメメリィアだがやはりどうしたって恐怖心が勝るのは仕方がなかった。
生まれてから親の愛も、美味しい食べ物も、文字も、綺麗な服も、何もかも貰ったことのなかった少女にとって、目の前の二人、それとこの絶海の孤島だけが彼女を構成する全てだったから。
ここを離れたら、自分一人で知らない場所に行ったら。
そう考えると途端に孤独だった時の記憶が蓋をどかして覗いてきそうになる。
毎日震えて、今日を生きるためだけに今日を生きる。
そんな毎日。
目を瞑っても、聞こえてくる飢餓を叫ぶ声、食べ物だと思って口に含んだ、人の亡骸。
目の前で何人も死んだ。
人がゴミのように死んだ。
簡単に死んだ。
「どう、かな?
メメリィア?」
再度の確認をとったペペペモリアの表情は、彼のことを知らない人であれば、冷たい表情に見えたかもしれないが、アメリアからすればとても心配そうな顔に見えた。
「……め、メメ、メメリィアは……学校……」
だが、メメリィアは違った。
いつもならそれがどういう類のものなのか考えるまでもなくわかったはずだった。
しかし、この状況、二人が自分をどうさせたいのか、誤った理解をしてしまったのはメメリィアとい名前を貰う前、メメリィアではなかった自分が恐ろしさを抱いてしまったから。
目を開ければゴミだけの景色。
たくさんの物で溢れかえっているのに何にもないあの場所を。
生きるのに必死なだけなのに、なにも持っていない自分から何もかもを奪おうとする人たちを。
やめて。やめて。やめて。やめて。
「……メメ……リィア、……ひとりは……」
なんにも持っていないから。
なんにもないから。
もうあんな思いをしたくないと、この一年、気にしないようにしていた記憶が思い出される。
視界が黒く染まる。
世界が歪んで見える。
目の前には大好きな二人の顔があるのにはっきり見えない。
本当はそこにはないのに、あの鼻にこべり着く異臭、助けてと意味もわからないのに泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「メメリィア?」
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」
「メメリィア、どうした?」
突然、胸を掴んで苦しそうにしたメメリィアは突発的な過呼吸を起こしてしまう。
苦しい表情と突如の発汗、ずきずき痛む頭、言うことを聞かない手足。
胸が苦しい。
息ができない。
頭が痛い。
自分の心臓の音しか聞こえない。
こわい。怖い。
こわいよ……。
助けて。助けて。助けて!
声にならない叫びを潤んだ世界で願うがどうしたって言葉にならない。
「モリア!
向こうから、ちっちゃい袋もってきて!
早く!」
「……ああ!」
すぐに気づいたアメリアがメメリィアを楽な姿勢にさせて指示を飛ばした。
がたがたと何かが落ちる音を気にせず駆け足でやってきたペペペモリア。
手に持つビニール袋を奪うように受け取り、すぐさまそれを苦門の表情のメメリィアの口に当て、何とか落ち着かせようと声をかける。
「メメリィアゆっくり息して。
大丈夫、大丈夫。
ちょっとびっくりしたんだよね」
「……はぁ、はぁ、……アメ、リア、……はぁ、お姉、さん……」
「大丈夫だから、無理に話そうとしなくていいよ。
ごめんね。
お話のことは気にしないでいいから、今はゆっくり、そう。
ゆっくり……」
「はぁ……はぁ、……はぁ」
次第に苦しそうな表情が薄らいでいく。
ぶわっと吹き出した汗が、髪を額に張り付かせ背中にもその跡がついていた。
恐怖で震える小さな手を優しく握り、落ち着くのを待つ。
慈愛の表情の裏では自身の愚かさを恨みながら。
「アメ……リアお姉さ、ん……その」
「いいよ。
大丈夫だから。
気にしないで」
二人に包まれるように横になる少女はまるで、一年前のあの枯れ枝のような弱弱しさが見て取れた。
いや、始めからきっとその部分を二人に見せないように努力してきただけなのだ。
傷は塞がっておらず、ただ塞いだように見せてきただけだ。
気にしないようにしていただけだ。
なんとか明るく振舞って、なんとか気にしないようにして。
直視しないように。
気が付かないように。
だって気がついてしまったら、直視してしまったら、自分はこんなにも脆いのだと。
幼いながらにわかっていたから。
「……おねえざ、ん……おにいざん……ご。
ごべんなざ……い。
メメ、リィア……メメリィア、が、がっごう、いぎだぐ……ない。
一人は……いやだ。
もう……一人は、……いやだよ」
泣きじゃくる少女の声はまるで捨てられるのを恐れるようで。
捨てないでと、言っているようで。
だけど、どうしようもなく悲しみと期待を裏切ってしまった己に憤懣しているような。
そんな胸の内を初めてさらけ出したメメリィアの涙は、この世界からはどうしたって悲しみがなくならないことを証明しているようだった。
*
「メメリィアは?」
「泣き疲れたのかな……布団に入ったらすぐに眠ったよ」
「……そうか」
昨日と同じように研究スペースで会話をする二人は、昨日とは異なりとても静かなものだった。
遠方の海の潮騒が今だけは、間を取り持ってくれているみたいで意味もなくありがたみを感じる。
「……わたしのせいだよね」
何のことか言うまでもなく、話始めたのは夕食後のメメリィアとの会話。
学校に行ってみないかという提案が少女の思い出したくない過去を思い出させたこと。
「違う。
あれは仕方なかった。
誰のせいでもない」
話す前からもしかしたらメメリィアが嫌というかもしれないと思っていた。
ただ、それは純粋に未知の場所に行くのが怖い、もしくはここにずっといたいそういう理由だと。
それに、案外、メメリィアのことだから学校に興味を持ち元気よく、「行く!」なんて飛び出すかもしれないと思っていたのだ。
だが、実際は全く異なるものだった。
メメリィアが最も恐れていることは知らない場所に行くことでも、ここを離れることでもない。
彼女が恐れているのは一人になること。
知っている人が誰もいない場所で、生きることなのだ。
「でも、やっぱり急ぎ過ぎたのかもしれない」
「……」
その答えも誰にもわからなかった。
この一年、先ほどのようなことは一度も見られなかった。
島の外に出る機会が少なかったのも理由の一つかもしれない。
それでも、オプライデントに行ったときには危惧していたようなことは何もなかったので、大丈夫だと思ってしまっていた。
辛い過去を、思い出したくない記憶を楽しい思い出でいっぱいにして、克服したのだと勝手に思い込んでいた。
あまりにも浅はかな考えだったことに嫌気がさす。
「どう、したらいいのかな……」
「……わからない」
再びの静寂は時間が経つごとに重くなっていくようで、二人の肩に重くのしかかる。
答がどれかなんてこれっぽっちもわからないけれど、選択肢はわかっているつもりだった。
もう一度提案する、話をなかったことにする、心を鬼にして学校に行かせる。
思いつくのは当たり前の選択肢で、一人孤独に生きることを目的に生きてきた子に適したものではない。
一人になるとわかっただけで、過呼吸を起こしてしまう子をどうやったら。
「……とりあえず、今回はもう少しここにいるよ」
「ああ、ありがとう」
答えなんてどこにもない。
この後どうすればいいのかなんてわからなかった。
それから三日間、どんなに悩んでも残酷に時間だけは一定のリズムで進んでいくばかりだった。
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