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ノア・リライツ 外伝 天才と少女の物語  作者: 少女計画
少女との生活
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第二節 十四話 「旅行三日目 最初の人制奇と旅行の終わりに」




その場所は他の空間とは明らかに何かが違った。



雰囲気と言えばそうだし空気と言えばそうだ。



そんな目に見えない何かが明らかに異なるものだと感じたのは、最初の人制奇と呼ばれるものに拍子抜けしてしまったせいもあったのだろう。



人制奇資料館の中心に設置されたその場所は、最古の人制奇、それとそれを作った人物をたくさんの人に知ってもらいたいという思いで作られた場所。



人制奇の生みの親、エラン・グラナー。



325年前にこの世界に始めて人制奇と言う概念を生んだ人間。



その彼が作ったとされる最も古い歴史を持つ、人制奇。




「これが、最初のじんせいき?」


《あー》




【人制奇:『君を思う願い』(アークス)】



それはまるで子供が面白半分で作ったような、だけどどこか懐かしさを抱くような、そんな片手で持てそうな木偶人形。



見るからに金属のパーツを寄せ集めて作った腕と手足、頭部の角張った頭はラジコンで動くのではないかと疑ってしまう人型の機械だった。



唯一目を引くのは、胸に咲いた橙色の石。



胸部を中心に花のように広がるそれこそが人制奇の源。



琥珀に近いその石こそ、ミルオルニスの源石。




「メメリィア、てっきり、もっとすごいものだと思ってた……」




ショーウィンドウに映る顔は先ほどの人制奇を見たときとは全く異なるものだった。



明らかにつまらなさそうに呟くメメリィアに、そんなことはないと異を唱えたのは頭上からの声。



「たしかに、メメリィアの言うとおりなのかもしれない。


エラン・グラナーのこの人制奇は人制奇と言うにはあまりにも稚拙で、現在の人制奇と比較したら玩具みたいなものだ」


「がんぐ……?

 

 おもちゃみたいってこと?」


「ああ、だけどこの人制奇がなければ今の歴史に人制奇というものはない。

 

 人制奇という概念、そのものを生み出したと言っても過言ではないんだ。


そう考えると、今目の前にある人制奇はこの世界で一番すごい人制奇ともいえる」




ところどころわからない意味の言葉が出てきたが、あのお兄さんがこんなにもすごいと言うものならば、それはきっとすごいものなのだとメメリィアは納得した。




「誰も知らない物を初めて作ったって、ことだもんね」


《うん!》




ふむふむと、頷くメメリィアは興味を孕んだ眼差しで、じっくりと覗き込む。



よく見るとたしかに、なんだか凄いモノに見えてくるから不思議なものだと、穴が空くように見ていると。




「あれ?

 

 どうして?」


「?」



太陽のようにも見えるその花の色に何だか見たことがあるなと思っていると、一つ不思議なものを見つけた。



先ほどの人制奇同様にそのすぐ隣には、製作者であるエラン・グラナーの写真と短い説明が書いてある。



端正な顔立ち、男性にしては細い体つき、灰褐色の髪はどこか冷たい印象を持つが微笑んだ顔は少年のように見える。



写真の彼がきっとエラン・グラナーその人であることは、すぐにわかった。



もう一人写っていたのに。




「お兄さん……あの写真……」




写真は人制奇とは異なり実物なのか、端の方が風化し日焼けの跡などから相当な年月が経っていることがわかる。



まさしく、この写真が撮られたのは少なくとも300年前近くなのだろう。



それなのに。



エラン・グラナーの隣には、もう一人肩を組んで笑う人物が写っていた。




「あれアメリアお姉さんだよ」




メメリィアが指をさした写真には先ほどホテルで別れたアメリア・アインスと瓜二つの女性が写っていた。



白衣を身に纏い、夕日色の髪、純色の青の瞳、髪型こそポニーテールと違ったが、誰がどう見ても彼女だ。




「なんで……?」


「……」




首を傾げて、ペペペモリアの方を向くも何も答えてくれない。



もしかしたら、何かとてつもない秘密があるのかもと直感的に悟ったメメリィアは自身で答えを見つけようと考えこむ。




「……お兄さん、もしかして、お姉さんって……」


「……」




この世の心理に気付いてしまったような表情で、まさにズモモと険しい空気を放つメメリィアはたっぷり数秒溜めてから、答え合わせでもするかのように言い放つ。




「お姉さんって、すっごい、長生きなの!?」




キラキラと目を輝かせているのは、一種の憧憬かもしくは純粋な期待か。



まさしく、奇跡を体現する人物が自分の近くにいたことに感動の嵐が吹きすさぶ。



だが、それもすぐに現実に戻され輝きを失うのは早かった。




「いや、違う」


「え~」


「この写真に写るアメリア・アインスは、メメリィアが知るアメリアの曾祖母に当たる人物だ」


「そう、そぼ?」


「……お祖母ちゃんって意味」


「……えっと、お兄さん。


おばあちゃんってどういう意味?


 その人と顔とか、見た目が似てるって意味?」




説明下手で人に何かを教える能力が皆無なペペペモリアにとって、この質問はどうすれば迷うところだった。



この二か月、アメリアがメメリィアに教育を施して語彙や算数、簡単な単語などは教えていたが、いまだに教え切っていたわけではない。



きっとここで、馬鹿正直に答えるのもこの状況だったら正解だとも言えたし、気遣って今は違った意味で理解させてもよかった。



きっとそうするのが優しい選択。



だけどそれはなにか違うような、そんなふうにペペペモリアは思った。




「お祖母ちゃんって言うのは、自分の元になった人間ってことだ」


「自分の元になった……にんげん……」




ここでツッコミが不在なために、誤った誤解を生んでしまうのは目に見えたことだが、別に婉曲した言い方を故意にしたわけではなかった。



ペペペモリアからしたら、ご飯って何?と聞かれれば、食事とも言うし、炭水化物ともいう。



人って何?と聞かれれば、ホモサピエンスの現段階の最終進化ともいうし、そこらへんにいる動物ともいう。



そういう人間なのだ。



答えとして正解か不正解か判断の難しいところだが、失敗ではあったのかもしれない。



ぶつぶつとその言葉の意味を考えて、うつむいてしまったメメリィアはぼんやりとどこかを見やる。



悲しみか、それとも諦め。



きっと、どうしたって自分の境遇を憂いているのだと、ペペペモリアはこの瞬間までそう思い込んでいた。




「……わかった!


メメリィアにとってアメリアお姉さんとか、お兄さんみたいな人って意味だ!」




だが目の前の少女から飛び出したのは、そんな悲しみなんてこれっぽっちも感じさせない元気な声。



にこやかな表情で、自然に希望を見るように、向けられた笑顔は眩しい。




「……」


「お兄さん、もしかして違った?」


「……ふふ」


「あっ!笑った~!」




思わず笑みが零れる。



ペペペモリア自身も何故、笑ってしまったのかわからないほどに自然に零れた。




《あー》


「えー、絶対に笑ってたよ。


メメリィアが間違ってるからって、笑ったんでしょ。


嘘ついちゃいけないんだー」


《あー》《考え中だお》


「もー」




両腕を胸の前で振るしぐさは不満をあらわにしていたけど、とても楽しそうだった。



きっと、本当は言葉の意味をなんとなくわかっていたのに。



それでも、こんなにも笑っているメメリィアにわざわざ訂正する必要性も感じない。




「メメリィア」


「もー、何?


お兄さん?」


「そろそろご飯に行こう」




一瞬の沈黙。



突如として提示された話題転換は無理があったが、それも相手によるだろう。



ぷくッと膨らませた頬はあっという間にしぼみ、次に飛び出てきたのは元気のいい返事。




「行くー!」




先ほどまであんなに興味津々だった人制奇に目もくれずに、出口に方向転換していく。



館内に子供の走る音が響き、数分前にくぐった扉のもとでその脚が止まった。




「おにーさーん!はやくー!」




後ろを振り向くと、既に遠くの方で手を振る姿が映る。



まさかこんなにも効果てき面だとは思いもよらなかったが、どうやらお互いに正解ではあったのだろう。



いつもよりは少し早歩きでメメリィアのもとに向かう。




「……おばあちゃん、か」




話を変えないとこれ以上は胸の内を見透かされてしまいそうな気がした。



自分の元になった人間、その場所に自分を入れてくれたことに嬉しさを抱いたこと。



なんだか本当におかしなことに、こういうのも悪くはないなと思ったこと。



自分も年をとったものだとガスマスクの下で苦笑が零れる。




「おにーさーん!はやくしないとご飯、逃げちゃうよー!」




《うん!》




今日はいつもよりもいい日だと、ペペペモリアはそう誰に言うでもなく思った。







光輝くオプライデント本土を背に、車内には子供の寝息が聞こえていた。




「あれ、メメリィア寝ちゃった?」


《うん!》




道路を走行する景色は既に夕闇。



誰しもが家へと帰り、一日の疲れを養うために帰路に就こうとしている。



流れる光を横目に、運転席に座るアメリアとその隣、助手席に座るペペペモリアは声を潜めて今日あったことを語ろうとしていた。




「で、今日はどこ見てきたん?」


「ミルカリオンとハンバーガー屋三件」


「マジだったんだ。

 

ていうか、単語の並びが凄いな……」




先ほどまで元気よく話していたメメリィアは疲れたのか後部座席ですやすやと眠っている。



今日一日中元気に走り回り感嘆していたのだから当然と言えば当然だが。



ホテルに戻ってくるなり、ベッドで撃沈していたアメリアにハンバーガーの素晴らしさを語り始め、つい先ほどようやく語り終えたせいもあったのだろう。




「へー、ミルカリオンって言うと資料館の方?」


《うん!》


「それで?」


「……」


「いやいや、うんだけで終わらすなよ。


メメリィアはどうだった?」


「……楽しそうにしてた」




記憶の中のメメリィアは、常に新しい物へ眼差しを向け目を輝かせ、とてとてと終止走っていた情景が目に浮かぶ。



初めてみる人制奇の数々、最初の人制奇、人制奇の生みの親……ハンバーガーの匂い、ハンバーガーのフォルム、ハンバーガーの味、ハンバーガーの……。



他にも施設自体の装飾や雰囲気など、メメリィアにとっては今日一日は全てが新しいもの、新しい体験だったから。




「そっか。よかった。


 正直、不安だったんだよ。


やっぱり体調悪いときって、意味もなく悪い方に考えちゃうよね」




ふと、伝えるべきことがあったことを思いだしたペペペモリアは後ろに気を配りながら、再度口を開く。




「そういえば、資料館でメメリィアがエラン・グラナーの写真を見て驚いていた。


アメリアについて聞かれたよ」


「あー、そっか。そうだよね。


いや、普通に考えればそうだよな~。


それで、どう返したの?」


「写真に写るアメリアは曾祖母ってことにしておいた」


「……っぷ。


お祖母ちゃんかー。


 ていうか、よくそれでいけたな」


「普通に納得しているように見えた」


「へえぇー。

  

 メメリィアのことだから、そもそも曾祖母って何とか言い出しそうだけど」



笑いながら語るのはまさに見ていたような物言いで、まさか本当に来ていたのではないかと疑心の眼を向けてしまう。



「訊かれたよ」


「なんて返したの?」


「自分の元になった人間」


「……」


「……」


「マジ……?」


《うん!》




視線を前方に向けたままのアメリアは、苦笑いを浮かべる。



そっかーっと小さく呟く表情は言葉とは裏腹に困っているように見えた。




「ま、まあ。

 

 そこはおいおい直していきましょう」


「?」




走行音だけが駆け抜けていき、流れる光を共に置き去りにしていく。



再びの静寂は何か話しにくいことの前振りのようで、アメリアのハンドルを握る手に力がこもっていた。



フロントガラスに映る幼い少女の寝顔を視界に入れて、あまりにも純粋無垢な彼女が起きないように注意して声を潜める。




「ねえ、モリア」


「ん?」


「今の生活を続けるってなったら、やっぱりいつかは話さないと、……だよね」




それはメメリィアと出会い、一緒に同じ時間を歩むと決めたときからわかっていたことだ。



それでもどこかで決意しないといけないと思っていたのは、いつか来るその日が来るのが怖いからなのかもしれない。




「……うん、きっとそれがアメリアにとっても、メメリィアにとっても一番いい」


「はぁぁ。


良いこと言えるようになりやがって。


まあ、そうだよね」




気が付くと外は雨が降り出し始めていた。



シトシトと打ち付けるほどでもないが、ワイパーを起動させるには十分なほど。



天気予報では今日はもつはずだったが所詮天気予報ということだろう。



車体を濡らす雨粒は、微かな寝息だけの静寂を破る。




「んん……ん……ちーずばーがー、……待って」




周りに反響する音で起きそうになるメメリィアに前方の二人は苦笑し、先ほどまでの空気が一瞬にしてどこかに霧散してしまったのは言うまでもない。



二人で顔を見合わせて、口の端が持ち上がる。




「……ぷっ」


「……ふっ」




きっと大丈夫だ。



二人がそう思えたことに根拠なんてどこにもない。



それでもなんとかなる、そう心の底から思えたのは不思議なこと。



アメリアは意識的に声をワントーン明るくし、宣言するように口を開く。




「十五さい」


「?」


「メメリィアが今、九歳だとして六年後。

 

十五さいになったら伝えよう」


「……ああ」


「たぶん、そのぐらいの歳になったらいろいろと落ち着くし。


それにどういうことか理解してくれると思うから」


「そうだね」


「もうちょっと早い方がいいかな」


「いや、アメリアがそう決めたのなら何も言わないよ」


「……そっか。


じゃあ、そういうことで」


「ああ」


「うん!


なんかそうなると六年後が楽しみになってきたかも。

 

 メメリィアはどんなふうになってるんだろうなー、とかさ。

 

 そういうのも含めてね」


「たしかに、楽しみだ」




三日間の小旅行の終わりは、雨粒のBGMをバックにしたメメリィアの寝息と寝言。



それとアメリアとペペペモリアの会話、うるさすぎず静か過ぎないちょうどいい喧騒。



友人二人と拾われた子供というちょっと不思議な関係の三人。



これからも三人で楽しい思い出がたくさん作れればいいな、そうアメリアとペペペモリアが語りあい、メメリィアが寝言で返事をするこの空間は幸せが溢れていた。



アメリアだけではない、ペペペモリアも自然にそう思えたのはきっと……。




「また、三人でどこかに出かけよう」




助手席からの一言に驚くアメリアは、突然のことで無理に笑みを作る。



視界が潤んだのは雨が降っていることとは、きっと関係なかったのだろう。




「……そうだね。またどこかに」




いつか来る、その日が訪れるまで。




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