第二節 十三話 「旅行三日目-人生器資料館にて-」
オプライデント国旅行 最終日
見切り発車で始まった三日の旅行も今日で最後。
最終日の今日も、天候には恵まれ青い空と白い雲が頭上に広がっている。
日の照らす早朝の町並みはどこか芸術的な美しさがあった。
「アメリアお姉さん、疲れちゃったのかな~」
「たぶん」
「昨日、すっごい元気だったからもしかしたら、元気ダメ病かも」
「……元気ダメ病?」
訊き慣れない単語に疑問を持ったペペペモリア、ここにはいない人物を心配に思うメメリィアはそんな会話をしながら、景観の美しい道を歩いていた。
「お兄さん、元気ダメ病、知らない?」
《あー》
「……大人の人たちがね、いきなり元気になってニコニコした後に、全然返事もしなくなっちゃう病気」
「……」
「……もしかしたら、アメリアお姉さんもそうかも。
もし、そうだったらやっぱり病院行った方がよかったかな?」
突然表情が曇るメメリィアにたいして、ペペペモリアは元気ダメ病とはなにか気付き、そうではないことを告げる。
「大丈夫。
アメリアは元気ダメ病じゃない。
ただのはしゃぎ疲れだ」
ここで元気ダメ病について言及しないのは、メメリィアの傷を抉る行為になりかねないと思ったから。
「はぁ~。
よかった~。
元気ダメ病じゃないんだね」
《あー》
ということで、本日の予定はホテルで寝ているアメリアを除いた二人で行動。
ある場所を目的に、二人は一日目に巡れなかった第一都市ウェスタリカに来ていた。
今更ながらメメリィアは、ペペペモリアやアメリアが何をしているのか、日々どのようなことをしているのかについて知っている。
人制奇というすごいモノを作る凄い人。
もちろんそんな二人と一緒にいれば、人制奇とは何たるか少しは耳にも入る。
そのため未だに一般市民に深い理解がない人制奇に興味を持ったメメリィアが、人制奇について知りたいとペペペモリアに行ったところ目的地が決定した。
要望に最も適した場所。
人制奇管理機関ミルカリオン。
第一都市ウェスタリカにある人制奇資料館が併設されたそこは、遠くからでも建物の大きさがよくわかる。
「お兄さん、あそこ?」
《うん!》
横に大きく伸びた円柱状の建物が、視界いっぱいに広がる。
二階造りのため高さ自体はそこまでないが、広大な敷地面積を用いて建てられたそこは、オプライデント国の中で最も地価の高いウェスタリカでは数少ない要所である。
建物の前には、不思議な形をしたモニュメントや、人の像、近くには噴水など、人制奇の中心地とだけ言われるほどにはやはりそれ相応の資材、資金を用いているようだ。
「ほえー」
中に入る前から、感嘆が止まらないメメリィアは何度も呟き目を輝かせていた。
「メメリィア」
「あっ、ごめんなさい。
すっごいおっきくてびっくりしてた」
ことあるごとに「ほえー」を連発させながらもなんとか歩を進ませ中に入る。
自動ドアに感嘆詞を置き去りにしていると、見えてくるのは一階ロビー。
今回ここに来た理由は人制奇資料館の方だが、名目上人制奇管理機関であるここでは、最初に総合受付に顔を出さなければならない。
というのもミルカリオンでは、この世界に存在する『人制奇』を管理、保管し、その詳細データが存在するためだ。
危険思考を持った人間が訪れ、仮にも危険な『人制奇』が盗まれでもしたら一大事である。
そのためまずは、総合受付で身分の証明できるものを提示する必要があるというのは、人制奇関係者にはよく知られたルールだ。
「こんにちは。
人制奇管理機関ミルカリオンにようこそ」
一階ロビー、総合受付のカウンターにやってきた二人の目の前。
制服を着こなした女性が頭を下げ、こちらを見やる。
既にその目には訪れた者が危険人物ではないか、何か異常な行動はしていないか、怪しくないかと観察しているのも仕事の一つ。
「お客様、大変申し訳ございませんが、まずは身分の証明できるも……って。
あ。
ペペペモリア!
……様」
館内に響いた女性の声に周りにいたスタッフ、資料館を見に来た客の視線が集まる。
僅かな静寂の後、止まっていた時間が動き出すように女性は話を続けた。
「大変失礼致しました」
「……」
「それで、今日は何用でしょうか?
ペペペモリア様。
まさかまた、新規の人制奇を登録しに来たわけではないですよね……?」
受付の女性はこめかみをぴくぴくさせながら、無理に笑顔を作り話す。
明かな嫌悪が表情から出ているのは言うまでもなく、確実に昔何かあっただろうと予想するのは簡単だった。
《……あー》
「よかった。
そうですよね。
いつも新規の登録の際はアメリア様がご同伴なさいますもんね。
誠に申し訳ありません」
《うん!》
「っく……なんかイラつく」
「……」
小声で不満を零す女性は、こほんと一つ咳をすると思い出したかのように仕事の顔になる。
僅かに崩れた制服をただしながらこちらを向くのは、既に相手を観察するものではなく嫌悪のみだ。
「それでは今日は何用でお越しにいらしたのでしょうか?」
おそらく女性にとってペペペモリアという人間が、人制奇についての資料や歴史を学ぶ一般来客者という枠組みにはどうしたって入っていないのだろう。
「今日は人制奇資料館の方を見に来た」
「……え?
あっ!」
ガシャン!
ペペペモリアが話すのを初めて見たことで驚きを露わにし、到底イテテでは済まない動作で椅子から転げ落ちる。
「……」
黙ってその一部始終を見ていたペペペモリアに女性はカウンター奥から、よろよろとゾンビのように立ち上がりぼそりと静かに呟いた。
「ごゆっくり……」
その一言でペペペモリアとメメリィアは人制奇資料館に続く道に進む。
そういえば身分証明をしなかったなと思ったが、メメリィアの分について訊かれていたら不味かったので、黙っておくことにした。
「ねえ、お兄さん。
さっきの人、すごかったね」
《うん!》
「頭、大丈夫かな?」
数度後ろを振り向き椅子と自分の服を正している女性が気になるメメリィアは、心配そうに眺める。
おそらく彼女が椅子から転げ落ちたときに頭をぶつけたのかもしれないと、心配しているのだろう。
ただ、悲しくもその言い方だと馬鹿にしているようになるのも黙っておく。
《うん!》
きっと大丈夫だろう。
頭。
*
人制奇管理機関ミルカリオン。
数多の人制奇を管理記録する現在の人制奇管理最高公的機関。
世界に十二存在するこの機関では開発された人制奇の管理及び、記録を主として行っている。
他にも、ほとんどの機関では人制奇資料館という人制奇の歴史を閲覧できる資料館も併設されており、専門的な知識を持った者以外にも様々な人が訪問する場所だ。
「ここ、すごいひろーい!
あっちもこっちも、大きいよ!
ね、お兄さん!」
《うん!》
ペペペモリアの前、とことこと短い歩幅で歩くメメリィアは人制奇資料館の中を感嘆しながらあっちこっちへと視線を向けている。
人制奇資料館は本館、ミルカリオンの横に併設された資料館。
内部は一階ロビーと同様に広大な空間が何部屋にもわたって続いており、そのどの部屋でも人制奇とは何たるかを教えてくれる。
二人の他にも来客者はいるが、共通して誰もが六十を超えた高齢の人物であるため静かではあった。
現在いる場所は過去、実際にどんな『人制奇』が発明、開発されたのか閲覧できるスペース。
壁一面には美術館の展示品のような人制奇の数々。
パット見ただけでも、十はあるだろうか。
ボロボロの革表紙の本、黒い刀、煌びやかな天秤、七色に光る巨大な球体……。
ショーウィンドウ越しにスポットライトが当たった人制奇は、説明と共に荘厳な雰囲気を纏い存在していた。
「お兄さん、こっちこっち」
ペペペモリアも始めて入った館内をぼけっと見ていると早速、メメリィアは興味を持ったようで、ガラス越しに置いてあったそれに目をキラキラさせる。
「お兄さん、これがじんせいき?」
《うん!》
できるだけ速足で来たペペペモリアの視線の先、メメリィアが指さすそれに注視する。
そこにあったのは長さ一メートルほどの刀。
色は漆黒、刀身も柄も全てが黒一色のみの剣。
だが刃にはどこか恐怖を抱く妖しい雰囲気がある。
ガラス越しであるためか不思議と輝いて見えるのは、おそらく照明によるものだがどこか刀自体も発光しているように思ってしまう。
どれほどの歴史があるのか、何を目的にしているか見ただけでは皆目見当もつかない。
ただ、それが『普通のモノ』ではないことは素人目でもわかる。
「なんか……すごいカッコいい」
「……」
もちろん二人の目の前にあるのは本物の『人制奇』ではない。
人制奇管理機関が管理している現物を基に精巧に作ったレプリカだ。
だが、その形状、色彩全てを完璧に再現したレプリカは本物には劣るが異様な何かを発していた。
「お兄さんはかっこいいって、思わない?」
「思っているよ」
「だよね!
ほえ~、……すごいなぁ」
感嘆するメメリィアはガラスに両手をつけ、「ほえ~」と連呼する。
その横でペペペモリアは、『人制奇』の説明がショーウィンドウの中に書いてあるのを見つけた。
【人制奇:『黒曜の太陽』(ブラック・サン)】
人制奇製作者、タナイカナイが開発した刀の人制奇。
『奇跡を作る石』(ミルオルニス)を用いて打たれた一振り。
刀身には太陽光を吸収する特殊技巧が組み込まれており、その温度は金属を溶解させることも可能。
三級禁具指定。
既にタナイカナイ本人は亡くなっており、一子相伝の技術は子供のいなかったタナイカナイの代で絶たれている。
現在ではこの技術を解明、応用し、人制奇:『人奇刀』(ミラーナ)の一部に同技術が組み込まれている。
「……」
「お兄さん?」
「……」
「お兄さん?
どうしたの?」
ふと説明文をまじまじと見過ぎていたことに、メメリィアの声で我に返る。
人制奇開発者がその人生を全て費やし作り、その技術をごく限られた者にしか教えなかったのは約100年前まで。
実を言うと人制奇と言う技術自体はかなり新しく、最古に発明された記録にある人制奇は約300年前。
人生管理機関ミルカリオンが出来たのが、約100年前である。
そのため『人制奇』は存在しているが、その実誰が作った物なのか、どういった技術が組み込まれているのか、秘匿され判別がつかないモノは数多く存在する。
『黒曜の太陽』もそのいい例であり、ミルカリオンが発足される前に発明された『人制奇』であるため、製作者や時代は判明しているが技術については不明だった。
近年の『人制奇』開発は目覚ましい成長を遂げており、未知技術の解明もまた新規の人制奇開発同様に重要な人制奇産業の一つである。
「……いや、なんでもない」
その後、端の方から一回りすると他のエリアに続く方へとメメリィアが走って行った。
次の場所は何があるのか楽しみだ、そう言葉にしていたわけではないが表情だけで容易にわかる。
「お兄さん、あっち見に行こう!」
そう言ってメメリィアの背を追いかけるペペペモリア。
二人が次に向かったのは、最古の人制奇について知ることのできる場所。
約300年前、初めて『人制奇』を作った人物。
人制奇の生みの親、エラン・グラナー。
彼の最初の人制奇。
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