第一節 一話 「天才人制奇製作者」
ある国のある都市の端っこの端。
からさらに南の海上。
地図上ではある大国の一部として記録されている場所。
そこに小さな島が一つある。
領域問題と複雑な事情によりそう易々と行くことすらままならないそこには、ある人物が住んでいた。
海を臨む経路の進行上には大きな山脈があるため、そこに行きたいならば徒歩移動後に唯一無二の海上ルートを進むしかない。
こちらを見降ろす山脈に果敢に挑み道中野生生物に遭遇する中、一か月ほどをかけて越える。
苦労の末に山を下りると見えてくるのは目的地。
ではなく崖だ。
崖を覗くは波打つ海と、水の力で侵食された丸く大きな岩。
一昔前だったら、追い詰められた犯人と警察が対峙していたかもしれない。
海から推定15mはあるだろうか。
慎重に岩肌を降り、用意してあったゴムボートでさらに数十キロほど海上を移動。
高性能のレーダーか海を熟知した者がいない限り荒波に揉まれて、転覆すること間違いなし。
おまけに視界不良で目に頼っていたら前後不覚に陥る。
何度目かの嘔吐と体調不良の後にようやく見えてくるだろう。
海の中に小さく浮かぶシルエット。
そこが目的地。
一般的に言えばそこは絶海の孤島。
唯一の住人の彼がいなければ問答無用で無人島であるそこだ。
そんな場所にまさか人が住んでいるとは誰も思いはしない。
島に入ると待ち構えるのは大きく育った熱帯雨林と獰猛な動物。
鋭い牙と爪を持った肉食獣や高い知能を持った動物達が独自の生態環境を形成している。
しかも感染症をばらまく小さな虫など、来るもの拒まず去る者逃がさずの姿勢で待っている。
そんな成人男性の腰まで伸びた大きな植物を右へ左へとかき分ければ見えてくる。
目的地の島の中心まで、獣道を諦めないで進めばそこに辿り着く。
鬱蒼と茂った植物がそこだけは整えられているため、見れば別世界に来たような感覚に陥る。
この場には不釣り合いなほどに小さく、そもそもそこにあること自体が何かの理から外れた気さえしてくる家屋が一つ。
外装は今時珍しい木材のみで作られた小さな家屋が二棟。
横に繋がってポツンと言う言葉が当てはまるように立っている。
壁は素材本来の茶色を残しているが、海風の影響もあってか端の方は脆そうだ。
ここまでの行路の苦労を鑑みたら金銀財宝や、伝説の聖剣なんかがあってもおかしくはないのだが何度見ても目にするのは家屋のみ。
今更だがここに来るものはごく限られたものしかいない。
目的はもちろんこの家屋に住むある人物。
そしてその人物が作り出したある『物』だ。
今回も長く険しい行路の果てにここまでやってきた影が合計で四つ。
ここに来たのは誰しもが腕に自信のあるガタイのいい男。
外見だけで身長も体重もあり、はち切れんばかりの筋肉を武装しているのが見て取れる。
そんな彼らは黒いスーツに黒いサングラスと厳つさと怪しさのある者たちばかり。
家屋に近づき、ノックを二回。
家屋の主に会ったことがある者ならば、このノック二回では確実に扉が開かないことはわかっている。
あげられる理由は二つだ。
一つは研究をしている。
もう一つは寝ている。
のどちらか。
再度ノックを二回。
コンコン、と軽快な音が暗闇に広がる。
彼らの相貌とは反対に優しくノックしたのは疲労かはたまた恐怖か。
しばしの沈黙からはやくも扉の施錠が外された音がした。
カチリという間の抜けた音はこの場に不釣り合いに聞こえる。
「失礼します」
家屋にたどり着く前には六人いた少数精鋭の男たちは、ここに来るまで二人を失った。
犠牲になった男たちも承知の上だった。
世間には公にできない『物』を回収するのだとわかっていたから。
部屋の中に一歩足を踏み入れると目に飛び込んでくるのは様々な機材。
蒸留器と小型の滅菌室、試験管が数本あり、ところどころにはバーナーもある。
家屋の中はできるだけ見ないことも命令内容に入っていたので、さっと目を反らしこの家屋の主人に付いていく。
ぎしぎしと鳴る長い廊下を歩き、前方を歩く白衣の男性の後に続く。
曲がり角を曲がった先の部屋で、男性が銀色のアタッシュケースを床に置いて待っていた。
島の主にして家屋の主。
彼の見た目は20代の青年にしか見えないが目は鋭く虚ろ。
その下にはもう何日も寝ていないような深いクマがある。
髪もぼさぼさで、男と聞いていたが背と目を覆うように伸びたロングの長い黒髪は、どちらかというと女性に近い。
足首まである白衣は彼が研究者であることを主張しているように見えるが、それよりも目を引くのが口元を大きく隠した黒いガスマスクだ。
頬に二つついた円状の部分がいやがおうにも目についてしまう。
ここに入ってきてから一言も発していない彼は黒スーツの男に、いいから持っていけと言っているように指を指して動かないでいた。
ケースの中の『物』については他言無用なことはもちろんのこと、ここに来て中身について聞く野暮なものはいない。
それよりも男の側に近づいたときにきつい異臭がして顔をしかめそうになった。
よく見ると髪にはシラミやコバエが飛んでいるし、着崩れたTシャツや白衣の裾には汚れが何日も放置されたような跡がある。
「はい。確認しました」
黒スーツの男がケースの中を確認し礼を言えばここに来た理由はなくなる。
「それでは。後ほど指定口座に入金させていただきます。
次回もよろしくお願いします。
Mr.ペペペモリア」
黒スーツの男たちはそうしてまた長くつらい行路に引き返す。
この中に家屋の住人のことを知らないものがいれば二日、最低でも一日どこかで休もうと進言する者がいたかもしれない。
だが長居は無用、それよりも命の危険性があることをこの場の誰もがわかっていた。
男たちが家屋から出ていき再び一人になると白衣の男、ペペペモリアは研究に戻ることにした。
*
ペペペモリア。
ペペペモリアとは家屋の主の名前である。
略称でもなければ別称でもない。
面白半分で笑われそうな名前でもあるが、その実彼の名前はとても有名だった。
稀代の人制奇開発者 ペペペモリア
人制奇という人の理を外れた技術。
その新たなる発明を彼は既に四度行っていた。
『奇跡を作る石』(ミルオルニス)を原料として作られる『物』が『人制奇』。
またの名を『人生器』とも呼ばれ一人の人間が新しい『人制奇』を開発するとなると一生を費やして作れるかどうかという意味を含めてこちらの名前でも呼ばれている。
人生に一つ開発できるかできないかの技術をペペペモリアは既に四度も行っていた。
だが彼の名前は別の角度からの有名、いや悪名高かった。
恐怖の人制奇開発者 ペペペモリア
彼が開発した四つの人制奇は全て人に害をなすウイルスとミルオルニスのハイブリッド人制奇。
彼の人制奇の影響で国が一つ滅んだことは記憶に新しい。
その後必要悪として様々な国から重宝されているのは悲しい現実だ。
だから巷ではマッドサイエンティスト、サイコパスなどと呼ばれているのは致し方ないことだった。
家屋での彼の生活は毎日が同じものだ。
日が出てから日が沈むまで研究を行い、意識が飛んだら眠る。
食事は飢餓を催したときに一度とり、その後再び飢餓を感じるまで摂取はしない。
そうして意識が目覚めたら再び研究に没頭する。
当たり前に顔の血色は悪くなり、眼球の端も常に血走っている。
さらには泥でも塗ったくったかのような深いクマが刻まれている。
180に届きそうな身長と、ところどころ黄色く変色した白衣が相まってヒョロヒョロな印象を持たせる。
そのうえ猫背。
本来なら一週間以上寝ずにいたらどこかしら体に影響があるはずなのだが、それを意に介していないのか、それとも体が頑丈なのか一切倒れる気配はない。
フラスコに何かの液体を入れては過熱を繰り返し、ときにはどこから持ち出したのかわからない鉱石を専用の機械で粉砕しては別部屋の高炉で溶解する。
小型の滅菌室で何度か試薬を調整しては、散らかった実験机にあった紙に数式を書き殴る。
傍から見たら何をやっているのか、さっぱりわからないことの繰り返しが彼の日常だ。
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