第二節 十話 「骨董品店ポレナリエ」
あれだけ開かないと思っていた扉は、いとも簡単に開いた。
客側から見て奥側に、店員から見て内側に開いた扉。
こうして見ればあの文言にも意味が生まれてくる。
扉を開く覚悟を持つのは店の方。
客が開ける必要はない。
そもそも最初から扉なんてモノは存在しなかった。
字面通りに率直に、そういう素直な者こそ早く気が付く仕掛け。
扉とは客が開けるものではなく、店が開けるものなのだと。
そこに気付けるかどうか、なのだろう。
ペペペモリアはガスマスクの下で微かにほほ笑んだ。
*
「「いらっしゃいませ!
お客様!
ようこそ骨董品店ポレナリエへ!
あなたと骨董品に素晴らしい出会いがありますように!
あなたと骨董品に一生の絆が生まれますように!
今日もポレナリエはあなたのお越しを歓迎します!」」
店の扉が開いた瞬間、ペペペモリアとメメリィアを出迎えたのは中学生くらいの少女二人。
元気にハキハキと話す様は店の雰囲気と全く合っていなかったが、どうにもそれにも意味があるのかないのか考えてしまうのは先ほどのことがあってか。
右手と左手を繋いで横並びになり、ぺこりと下げた顔は瓜二つ。
「「どうぞ、お入りになってください。
どうぞ、ご覧になってください」」
正面、向かって右側の少女は黒髪に青のメッシュが入ったおさげの眼鏡の少女。
向かって左側の少女は黒髪に赤のメッシュが入ったポニーテールの眼鏡の少女。
二人とも服装は和装。
髪色に合った長着と蝶柄の帯兼リボン、その上からベージュの腰エプロンを身につけたスタイル。
最近熱いのもあってか袖をまくった腕は細く瑞々しい。
「やったー!
入れたー!
お兄さん、すごい!」
ペペペモリアの脇のメメリィアは、少女たちに招き入れられ店内に入ると、開幕第一声、歓喜と称賛をあげた。
《どやあぁ》
新作音声どやあぁ、が炸裂したところで店員の少女が見計らったように口を開く。
「あ、あの。
お客様。
大変失礼なことだとわかっているのですが……。
もしかして、人制奇開発者のペペペモリア様で間違いないでしょうか?」
ごくりと喉を鳴らして語るは青のメッシュの少女。
緊張の中に見えるのは憧憬の眼差しと羨望。
その目線の先にいるのはガスマスクの男のペペペモリアしかいない。
《うん!》
「きゃあー!
ホンモノだ!
スゴイ! スゴイ!
すごすぎるー!
本当に電子音声で返してくる!
雑誌のとおりだー!」
音性発生器で返事をした直後、その場で数度飛び跳ねる少女。
偶然にも芸能人のオフ日に会ってしまった、そんな感じにはテンションも跳ね上がる姿は一人別世界にいるように見える。
「やばい、やばい、やばいよー!
どうしよう、あのペペペモリア様だ」
顔を両手で覆って、その場を尚も何度も飛んでは指の隙間から視認して再度飛び跳ねる。
ちらっ。
「……きゃあー!
ホンモノだ。 ホンモノだ。
あのペペペモリア様だ。
あれ?
これ夢じゃないよね? アカ?」
挙動不審の少女は隣に立つ赤色のメッシュの少女に向かって肩をパンパンと叩く。
「アオ。
落ち着きなさい。
お客様も困っておいでですよ。
あなたが人制奇開発者が好きなのは知っていますが、これはこれ、それはそれ。
仮に相手が盗人でも、特権階級の権力者でも、このお店に入ったからには皆お客。
過度な対応は店の品格を疑われます」
ぴしゃりと水を差すポニーテールの眼鏡少女、アカはアオと呼ばれた少女の手をひらりと躱しながら注意する。
先ほど店に入ったときとは打って変わって冷静沈着という言葉があてはまる言動と仕草をしているのは、客が来店時の定型文が決まっているのかもしれない。
「うー、わかってるよ。
アカは頑固だよねー。
そんなんだから、学校で堅物とか言われるんだよ。
この頭カチコチ魔人」
「はいはい。
そうですね。
私は頭カチコチ魔人で結構です。
……このユルユル極小脳味噌魔人」
「なんか言った?」
「ええ、言いましたよ。
ユルユル極小脳味噌魔人って」
「んなー!
私、別に、ユルユルじゃないしー!
魔人でもないしぃぃぃい!」
極小脳味噌は認めるんだというツッコミはどこからも飛ばないまま、おさげの少女アオとポニーテールの少女アカの口喧嘩は次第に苛烈になっていく。
眼前の二人に蚊帳の外にされたペペペモリアとメメリィアは黙って様子を見ているが、いつ終わるか見当もつかない。
「ねえ、お兄さん。
あっち見に行っちゃダメ?」
メメリィアはとうとう待ちきれなくなり、奥に行きたいとペペペモリアの服を静かに引っ張る。
その一声でようやく我に返ったのか顔を見合わせた二人は、ぴたと止まった。
「……」
「……」
「お客様、お見苦しいところをお見せしてしまい大変申し訳ございません」
「申し訳ございません」
くるりと調子を変えてこちらに姿勢を正すアカは謝罪の類の礼をし、それにつられてアオも同じように頭を下げた。
頭を下げた際に後ろに結われた黒髪とその所作の美しさが誠意として形に現れる。
《うん!》
「きゃあー!
ペペペモリア様が、うん!って。
うん!って。
私の目の前で……うっ」
ドスッという音が聞こえた刹那、アオの言葉が止まり腹部を抑えてしゃがみ込む。
何が起こったのかと言えばペペペモリアの返事に対して大興奮したアオの腹部を隣のアカがボディブロー。
それだけのことだった。
「うぅぅぅぅうう、いや、ホント。
今のみぞ、みぞ、入ったから……まじで」
みぞみぞと弱弱しい言葉で呟く少女を一切見ずにもう一人の少女は事も無げに説明する。
「改めて謝罪させていただきます。
大変申し訳ございません。
遅れましたが、私は当店ポレナリエの店員をしておりますアカと申します。
そこに転がっているのはユルユル脳味噌は双子の姉、アオです」
「アカ……さん、とアオ……さん」
「はい。
可愛いお客様。
それで、当店にお越しになったお客様皆様には表の仕様についてご説明させていただいているのですが、お聞きになりますでしょうか?」
慇懃な少女の口調はやはり少女らしさを見失わせる程度には大人びていた。
今も腹を押さえて「みぞ、みぞ」と呟く少女とのギャップに感嘆してしまう。
「ききたい!」
おそらく頭を下げた少女アカも予想しなかった相手からの返答にわずかに目を見開く。
少女の質問に返したのはこちらも少女。
それも目の前の少女たちよりも、一回りも小さな少女メメリィアだ。
「承知しました。
それではご説明させていただきます」
自分よりも幼いであろうメメリィアにアカは親切に真摯に店の説明に入る。
「当店、骨董品店ポレナリエは御覧の通り骨董品を扱っております」
アカが左の手のひらを向けたのは店内。
中は店の外から見たときよりもやたらと広く感じる。
左から小さなカウンターがあり、木製の陳列棚が部屋の隅の方まで続いている。
棚には雑多に壺や、皿と骨董品という言葉で思いつきそうなものから、ナイフや本、木偶人形、ボロボロの布など様々な物がショーウィンドウの中に並べられていた。
かび臭さや埃が被っていないあたり手入れがかなり行き届いているように見える。
これだけの物がこうして並んでいるだけでなんだか、ワクワクしてくるのはメメリィアのような子供だけではないはずだ。
「骨董品。
つまり古来よりの道具を扱っております。
古さという観点だけで捉えれば転がる石ころと変わりませんが、美術的価値や希少価値といったもので言いますと、ときとしてはかり知れません。
一攫千金もしくはそれ一つで国を動かすことのできる可能性も」
話すアカの口調はいたって平坦だがどこか底冷えする奥深さがある。
「お察しのいい、もしくはお客様のような人制奇に携わる方でありますと既にお気づきかもしれませんが、当店の商品の中にもそういった骨董品。
つまり人制奇が中には存在しえます。
ただ、大変お恥ずかしいことなのですがそれを購入、裏で売買し利益を得るお客様がつい先日まであとを絶たず辟易していました。
そこで、ある方に相談し対処法をご教授いただきました」
語るのはついこの間まで横行した人制奇売買について。
人制奇は人が『奇跡を作る石』(ミルオニス)を原料に作った技術とされているが、実のところ、この技術はかなり前から確立されていたかもしれないということが最近の歴史研究によりわかってきている。
現在の歴史では最初にこの技術が確立したのが約300年前。
長い歴史では比較的新しい技術なのだが、この300年よりもさらに前、およそ1000年、もしくはそれよりも。
というのが現在の歴史研究家の見識だ。
それもどこまで本当か、信憑性はあるのか、ミルオルニスの所在はどうなのかと細かいことは置いておいて。
つまるところ、遥か昔それも数十世紀前から存在した人制奇が世の中には存在するかもしれないということだ。
そういった人制奇とはわからず偶然に出土し、町の露天商なんかで知らずのうちに流れ、最終的には骨董品店に転がり込むのは当たり前といえば当たり前だった。
だがときにその価値に気付き金儲けのためだけに購入し、すぐさま値千金でべつの店に高額で吹っ掛けて利益を得る者がいる。
骨董品店ポレナリエもどうやら一時期そういう鑑定できる目を持った者が跋扈していたことがあるらしい。
店主もそういった輩には売りたくないのだが、一度店に入ってしまえばお客様は神様対応をしなければならない。
店の手伝いをしていた店主の双子の愛娘たちも困りはてた。
いっそのこと店を閉めるのも手段としては存在した。
もともと骨董品店自体は現在の店主の祖父が営んでいたもので、ほとんど趣味として現在まで残していたのだ。
金銭的には今すぐ畳んでしまっても問題はなかったが店主の祖父の代から引き継いだものだったので、できるなら存続させたい、残していたいと思って続けてきた。
骨董品に純粋に向き合う人には是非とも来て欲しい。
だが、利益のためだけに来る人間には来てほしくない。
そう板挟みになっていたところ、常連のある人物に事の経緯を話したそうだ。
「その方はとても面白いお考えの方で、それでは店の軒先にワタの出たぬいぐるみを飾ること、店先に不可思議な言葉を見せるように配置すること。
そして扉をお客様の方からは開けることができないようにすること。
他にもいくつかありましたが、信じて言われた通り、配置、設置してみました。
すると、そういった人制奇売買を目的にした人、面白半分で入り御覧になるだけ御覧になって帰るお客様がいなくなったという次第です」
なるほど、とここにきてようやく話の全容が見えてきたペペペモリア。
利益のためだけに来る人間が初めて店を見たら何を感じるのか誰もが概ね同じような感想を持つだろう。
軒先に動物のぬいぐるみが綿を拭きだしながら吊るされる店。
不思議な文言の扉のある店。
扉を開けるだけで金をせびる店。
扉はひねることさえできず、仮に500エンを入れても何も起きない店。
利益のことだけ考えてくるもの、興味半分、面白半分、そういう考えで来るものは思う。
この店はヤバイ。
と。
だが骨董品に純粋に向き合う人、本当に中に入りたい人はどうにかして考え自分の意思を伝えに来る。
扉をノックして、伝えるのだ。
他にも監視カメラとか実を言うと他にもあの手この手で外はいろいろと張り巡らせてあるのだそうだ。
扉のノブを壊すのも初めて入店する客の条件の一つらしく、こうして来店できる客は非常に少ないが満足していると付け足し、少女は締めの言葉に入る。
「来店したお客様には大変ご迷惑を掛けるかたちになっているのですが、どうかこれからも、当店ポレナリエを御贔屓によろしくお願い致します」
深々と傅く少女はやはりどこか歳不相応な礼儀作法で、こちらこそと頭を下げてしまいたくなるほどには強かで美しい。
その後少女たちの扇動により店内にある骨董品を見る時間にようやくなる。
説明をこいたメメリィアも途中から、意味が分からなくなったのか飽き飽きして興味対象が中の物に変更していたのは言うまでもない。
「おにーさん、こっち、こっち。
なんかすごいよ!」
メメリィアは既に奥の方に走って向かい、透明なガラス張りのケースに小さな手をぴったりつけては「ほえー」と感嘆していた。
らんらんと輝く眼線の先には様々な骨董品。
メメリィアの目の前にあったのは小さな金色の卵。
金色の卵以上に説明がいらないほど、鶏の卵に金を塗ったくっただけにしか見えない卵を負けない輝きをした目で見ている。
「うわあぁ~……」
ペペペモリアも金の卵を見たことはなかったが、たしかにこの不思議な空間で見るとなんだか一層物珍しく、何か不思議な力があるように感じる。
子供だからこそ何か感じるものがあるのかもしれない、そう思って一緒に眺める。
「……おいしそう」
「……」
違った、純粋な食欲だった。
次にメメリィアの目に留まったのは真緑のデスマスク。
どうしてこんなものが気になったのかはわからないが、またもや「ほえー」と感嘆している。
「このお顔、なんだか、アメリアお姉さんに似てる気がする」
デスマスクを見て言ったその言葉に驚きつつも、一応ショーウィンドウの中を注視してみる。
表層は端から端まで全て真緑一色で統一したデスマスク。
堀や造形は細部まで作られているので、しっかり人の顔を型に取ったように見える。
口もしっかり閉じているので、判断するなら鼻の形や輪郭ぐらいからしか情報は得られないので、ペペペモリアの目からはなんとも言えないところだった。
《あー》
「えー、鼻の筋がお姉さんと同じだよ、ほら」
「……」
たしかにそう言われると、そうかもしれないと思ったので《うん!》とだけ返しといた。
それよりも、その隣にある今にも誰かを呪いそうな木彫りの顔面の方が気になってしかたがない。
直径20センチほどの木をノミか何かで削った、痩せこけた成人男性の顔面。
デスマスク同様しっかりと目のくぼみ、瞳や口の中の歯、鼻の穴などまで作りこまれている。
いかにも、誰かを呪殺するときに必要なキーアイテムのようにしか見えない。
もしくはこれもなんらかの人制奇の可能性があるのかもしれないと思ったが、特にピンとも来ないので流し目で次へと移る。
メメリィアは終始ショーウィンドウの中を覗いては「ほえー」と感嘆して、これおいしそうとか、これ何に使うんだろうとか、呟き会話しながらぐるぐるまわっていた。
ペペペモリア的に気になったのは真緑のデスマスクの隣にあった呪いの木彫り顔面と縦30センチほどの真っ黒な聖杯。
それと目玉と口が縫われた着せ替え人形。
どれも不気味過ぎて目を引く逸品。
最後の着せ替え人形を見たとき、僅かに人形の口角が上がったのはきっと気のせいだろう。
店内を二周ほどしていると、カウンターの方にいたおさげの少女、アカがこちらにやってきた。
どうやら急な用事が入ったということで、店を閉めたいということだった。
集合時間にはまだ時間もあり、店の中の物全部が見れたわけではなかったが仕方ないと帰ることにする。
「メメリィア、そろそろ出るけど、何か欲しい物あった?」
せっかくだから、なにか買った方がいいかなとメメリィアに聞く。
もしも欲しいものがあるというなら、なんでも買うぐらいには金は持ってきていた。
「メメリィアの分じゃないんだけど……いい?」
「? いいよ」
「お姉さんに、あの緑のお顔買っていってあげるのはどうかな?」
緑のお顔という何ともかわいらしい言い方だが、その実メメリィアが購入しようと思っているのは、真緑のデスマスクだ。
9歳の少女があれほしいなーというにはいささか、常軌を逸しているのは明白。
たしかにアメリア似のデスマスクをアメリアへのお土産にするのは正常な判断ができる人間の所業ではない。
だが、行動倫理は優しさから来るものだし、同伴しているのは基本的にイエスマンなペペペモリアである。
ツッコミ不在の中、当然のように。
《うん!》
「やったー!」
ということでカウンターにいた少女アオにあの真緑のデスマスクください、と伝える。
話しかけたときに「ぎょえー!」と感動していたが、すぐに二度目のボディブローをくらって撃沈。
代わりにやってきたアカが、ガラスケースの鍵を開け慎重に取り出す。
そのままカウンターで会計ということで、少女の後ろについていく。
取り出す際に手袋をしていたのは指紋などをつけないためか、それとも触るとなにか人体に影響がでるのか気になったところではあった。
それも贈り物用に包装してもらう際にうっかりなのだろう、箱に入れるとき普通に触っていたので、おそらく大丈夫だと勝手に結論付ける。
会計を済ませ、少女から綺麗に梱包されたデスマスクを受け取り外を出る。
いい買い物かどうか正直、ペペペモリアの知るところではなかったが、隣を歩くメメリィアは嬉しそうにしていたので、きっと悪くはなかったのだろう。
「「ありがとうございました!
またのご来店をお待ちしております!」」
デスマスクは20万エンした。
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