第二節 五話 「三人暮らし」
メメリィアの絆創膏や湿布が全て取れたのは名前を貰ってから数日のこと。
顔や胸などの裂傷は跡も残らずに治り、ボコボコと腫れていた部位は応急処置がよかったのか元通りになっていた。
もともとあった打撲の痕も最初見たときよりは幾分か綺麗になり、痕のない部位と遜色ないほどだ。
感染症などの病気もあれから発熱や症状は一切見られない。
ここ数日でメメリィアの様態は完治と判を押せるものだった。
もちろん、切除した左足についても問題ない。
「あはははっ、おねーさーん!」
今ではこうして太陽の下を走り回るぐらいには元気だ。
*
――二日前。
「もしもし、主任ですか?
なんか研究室にでかい段ボールが届いたんですけど。
これなんですか?」
「マジ!?
すぐ行くから机に置いといて」
「主任、説明くださいよ。
差出人のとこにニガ・ハウルって書いてあるんですけど。
これって、あのニガ・ハウルですよね!?
っていうか、いい加減帰ってき……」
と、ようやく義足が手に入ったという連絡がアメリアの携帯に入った。
朝方、ペペペモリアにちょっと取ってくると言うと、ついでにメメリィア用の服など生活用品を買いに行きすぐに帰ってきた。
決して近いわけでもないのに、元気よく帰ってきたアメリアは車の荷台と後部座席、助手席まで積まれた荷物の山をひたすらに下ろし始める。
「いやさー、ちょっと張り切り過ぎちゃって、途中荷物のせいでボートが転覆するかもって本気で焦ったよー」
と笑いながら笑えない話をするアメリア。
荷物の内訳は大量の水、大量の食糧、メメリィアの衣類、それと大量の学童用書籍と絵本。
主にメメリィアのためのものばかり。
そして忘れてはいけない義足。
段ボールから取り出されたその義足は、輝くほどの白色。
腿のあたりには青く天使の翼のような紋章が描かれたそれが、義足にそぐわない神聖さを醸しだしている。
明らかに普通の義足ではないことは一目瞭然だ。
それを持って、生活スペースでテレビを観ていたメメリィアのもとに行く。
「あ、アメリアお姉さんおかえり」
「ただいま~」
「アメリアお姉さん……それなあに?」
元気よく義足を運んできたアメリアに奇妙さを抱いたメメリィアは、釘付けになっていた子供番組から目を反らす。
「これはね~、メメリィアの脚で~す」
「……ん~?
よくわかんない」
「えーっとね。
なんて言えばいいのかな。
……」
初めてみる義足という物。
義足と言う概念。
そもそもそこから説明する必要性がありそうだと思ったアメリアは、ちょっとテンションが上がり過ぎていたことに気付き落ち着くことにする。
持っていた義足を畳に一度置いて。
深呼吸して。
「モリア、説明してあげて!」
後ろで金魚の糞になっていたペペペモリアに説明を任せることにした。
決して説明が面倒だとか、そういう理由ではなかったのはこうした方がメメリィアも安心するからとわかっていたからだ。
「これは、義足という物でメメリィアみたいに脚を失った人のための新しい脚だ」
するっと応えたことに本気で言葉を用意していたように思えたのは黙っておこう。
単純明快な言葉に、それでもそれが何か良くないものだとあるはずのない意味を見つけてしまうのは幼い子供のさがだ。
「……新しい、脚?」
《うん!》
じーっと、畳に転がる脚を見て問題がないか注視するのは、まずはそれが危なくないかを審査しているのだろう。
「それ、どうするの?」
「メメリィアの脚になってもらう」
「……モリア、お前ストレートだな」
思わずツッコミを入れてしまったのを咳払いして流す。
たしかに婉曲した言い方よりも直接的な方がいいときもあるもんね。
なんとか理由をつけて納得し、やっぱり自分で説明した方がよかったかなと後悔しながら見ていると、ペペペモリアは義足を手に取りメメリィアの方に近づいた。
「危なくないから、触ってみて」
「……うん!」
ゆっくりとした動作で、持ち上げた義足は見た目以上に軽そうだ。
言われた通りツンツンと触れ始めた人差し指は、徐々にペチペチとしっかり触るまでになっていく。
「……」
「どう?
大丈夫でしょ」
「うん、大丈夫そう……」
なんとか恐怖感を拭えたようだ。
「これ、どうやってメメリィアの脚になるの?」
そう思えたのはメメリィアの目に映るそれが既に異物としてよりも、興味の対象として変わっていることがわかったから。
着けてもよさそうな空気になり、ペペペモリアが説明しなかったもろもろのことをアメリアが話していく。
一言何か言うたびに、大丈夫だからと逆に怪しさが目立ってしまった説明の後、付属の説明書に従って無事に義足を着けることができた。
「どう?
痛くない?
体調悪くなってない?
変なところはない?」
先ほどまでそこには無かった自分の左脚を眺めるメメリィアは、そんな質問が耳に入っていないのか「ほえー」と感嘆していた。
久しぶりの地面に立つ感触を思い出しているのだろう。
繋げてからすぐはよろよろとしていたが、今は普通に立つのも一人でできるほどにはバランスもとれている。
サイズについても事前に計った数値を送り、調整してもらったため外見的にも異常はなさそうだ。
「うん、大丈夫。
でも、なんか変な感じ」
「よかったぁ~。
痛みがあったりしたら言ってね。
クレーム入れるから」
「……くれーむ?
うん?
わかった!」
この義足、名前を『天使の脚』(エクアチャンテスマン)。
名前については置いておいて、その性能はピカイチ。
なんでもこの義足をつけた面から本人の血液を通す管と神経を繋ぐコネクターがあり、簡単に言えば本人の血液を使って動かす義足。
血液はしっかり循環するようになっているし、接続したことで拒絶反応などの問題もない。
人間の神経を模した疑似神経を搭載しているから、感触もわかる特殊技術。
しかも体の成長に合わせて大きさが変化するのが特筆すべき点。
『天使の脚』が常に接続者のバイタルデータを読み込み、体重や伸長を解析、片方の脚との自重、バランスなどを接続者の体使いから概算する。
これにより接続者に最も合った、大きさ、長さに自然と調整される。
理論と材料などはあるが、まだコストや技術力の面で大量生産できる段階にはなっておらず、現在世界に数個しかない『人制奇』。
一先ずこれでメメリィアの左脚と今後の物品については解決と、以上が二日前の出来事。
*
日の光を反射する白いワンピースを身にまとい、一回二回とくるくる回るメメリィア。
腰に付いた大きなリボンがそれに倣い風とともにふわりと舞う。
その顔はとても元気でつい先日まで死の瀬戸際にいた少女のようには見えなかった。
メメリィアが快復して一つ驚いたことがあった。
それは頭髪の色。
彼女の頭髪はもともと栄養失調や極度のストレス、森の動物に引きちぎられたせいでところどころ禿げていたうえにその髪色も白かった。
だが、つい先日髪の根元の色が白ではなく薄い緑色であることを確認すると驚くアメリアだったが、何より驚いていたのはメメリィアだった。
鏡を見て一言。
「なんかミドリ色のムシついてるよぉ~、どうしよ~ぉぉ」
と泣き叫んでいたのは記憶に新しい。
最近はもりもり食べて、もりもり運動して、もりもり本を読んで文字の勉強をしているので、特に心配するようなことはない。
自分の年齢も母親も父親もわからないと言われた日には、心が締め付けられた思いになった。
だからこそ、いままでできなかった分、ここでたくさん知識を得てたくさん体を動かしてもっと広い視野を持ち自分の定義を増やしてほしいと思う。
そんなことをメメリィアの元気よく走る姿を見ながらアメリアが考えていると、何かを持ってこちらに向かって来ていた。
「アメリアおねーさーん!
これって、なんてやつ~!」
最初メメリィアと話したときに感じた内気な性格というのは、どうやら環境によるものだったのだろうと最近はひしひしと感じる。
彼女の今の娯楽は虫取りと走ることで、こうしてそこらへんにいる虫とかを拾って来ては、名前を教えてとやってくるのだ。
「ブンデロガジョマンジー。
ていうか、そんなのすぐにポイしなさい。
足先から出る紫色の粘液触ると肌がかぶれるよ!」
「はーい。
あっ!」
「ほら、いわんこっちゃない。
シャワー浴びてきな!」
メメリィアが持っていた体長20数センチのブンデロガジョマンジが粘液をブシャッと顔や腕めがけて発射した。
放置すると肌荒れや最悪蕁麻疹が出るのですぐに洗い流すように声をかける。
お転婆娘と言う言葉が最も適した少女は、元気だがどこかそそっかしい。
それもまあ、今ぐらいの年齢だったら可愛いに収束するからいいかと感嘆するアメリアの顔には笑みが見える。
「で、モリア。
さっきから黙ってどうしたの?」
アメリアの隣に腰を下ろしているのは、稀代の天才人制奇製作者ペペペモリア。
特にやることもなくこうして二人でメメリィアを眺める姿はまるで本当の両親のようにも見えてくる。
《考え中だお》
「正直に言いなよ。
メメリィアが快復して嬉しいんだろ」
《……うん!》
「ったく、わかりやすい嘘つくなよ」
「……」
風が吹いて島の木々から緑の葉や香りを運んでくる風景は、絵日記なんかに描きたくなるような気持ちのよさがあった。
チリーンと風に揺れて涼やかな音を出したのは水色の風鈴。
アメリアがこれを家の軒先に付けて音聞くと体感温度気持ち下がるよって言ったので、ペペペモリアが設置したものだ。
「それで今メメリィアいないから聞くけど、なんであの子の名前メメリィアってつけたの?」
「……」
「別にやめろってことじゃないよ。
ただ、ちゃんと意味わかってんのかって話」
「わかってる」
「そう。
ならいいや。
あっ、そうそう。
そう言えば、三人の名前なんか若干似てるよね?」
《うん!》
「私とモリアは私のせいだからいいんだけど、もしかして、それも狙ってやった?」
《考え中だお》
「狙ったな」
「……考え中だお」
「……」
《うん!》
「も~う、なんだよ~、泣けるようなことするようになったじゃん」
バシバシとペペペモリアの背中をたたくアメリアはどこか楽しそうで、どこか昔を懐かしむ顔をしている。
ペペペモリアもそれを別に悪くないかなと叩かれて、二人してメメリィアが戻ってくるのを待つ。
頭上の風鈴がもう一度鳴り、もう何度目かの夏が駆けて行った。
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