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ノア・リライツ 外伝 天才と少女の物語  作者: 少女計画
少女との生活
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第二節 四話 「ゴミの町」




少女が島に来て三週間が経った。



滅菌室から出ても大丈夫なくらいには健康を取り戻し、顔から脚にかけてできた複数の裂傷も瘡蓋ができてしっかり塞がろうとしていた。



島の虫に刺されたためか急に一昨日の朝方から高熱や発汗があったがなんとか薬が効いたようで、それも完治。



まだ頬や体の至るところには大きな絆創膏が貼ってあるが概ね快復に向かっていると言えた。




「今日はお外に出てみようか」


「……」




滅菌室に用意したベッドの上、少女の隣に座るアメリアが優しい声で語り掛ける。



ここ数日で少女と会話してわかったことは性格は内気で、でも外への憧れはある。



食事は今まで残飯しか食べたことがなく、大人は自分を殴るか、蹴るか、犯すか、そのどれかをしてくる相手と言う認識。



特に大人の男にやたら恐怖心を持っていた。



三週間ほとんど付きっ切りでわかったことがそれだけだ。



心を許してないのか、話すのが苦手なのか、何度か笑わせようとしたがどれも不発だったのはアメリアの力不足だけではなかった。




「外、行くの嫌だ?」


「……」




ベッドの上で毛布にくるまり体育座りをする姿は、なんだか自分の心を必死に守っているように見えた。



ついこの間まで生きるのも難しい劣悪な環境で暮らしていたのだから、当然と言えば当然なのだろう。



急ぎすぎたかもしれない、そう思ったアメリアは腰を上げる。




「じゃあ、また明日、もしよかったら外に出てみようね」




だがベッドから腰をあげると、逆方向に力がはたらいているのを感じた。



気のせいではなかったのは、服の裾を小さな手が引っ張っていたから。




「あ、あの……そ、外行きたい、です」




無理に行かなくても大丈夫なことを告げても少女は、力を緩めることなく、逆に力を入れて反対した。



もしかして行かなかったら見限られるとでも思っているのだろうか。



ある意味で、ある程度の信頼のようなものを得られたことが確認出来た反面、あまり気持ちのいいものではなかった。




「ほんとうに?


自分で思って行きたい?」


「う、うん。


はい。


行きたい、です」


「……。


わかった。


それじゃあ、車椅子に乗って出てみようか」




左足のこともあって簡単に歩くこともままならないので、こうして車椅子も用意してある。



少女の介護をしつつゆっくりと車椅子に体を移していく。



触れてみて思うがやはりまだ腕や脚はヒョロヒョロで、躓いたら簡単に折れてしまいそうで心配になる。



車椅子に乗った少女は借りてきた猫みたいにちょこんと脚を揃え、腕を膝にのせてあたりをキョロキョロ見ては「ほえー」と感嘆を漏らした。



まだ少しも移動していないのだが、何がそんなに「ほえー」なのだろうと疑問を思うよりも、純粋な不思議さを感じる。




「動いていくけど、引き返したくなったらいつでも言ってね」


「うん、わかった、です」




アメリアは少女の頭部を視界に収め中腰になりゆっくりと腕に力を入れていく。


車輪が動き始め、滅菌室の扉を開き外に出た。




「ほえー」




そんな感嘆が出てきたのは、扉を出た一歩目。



ペペペモリア宅は正直、殺風景で壁になにかの絵を飾っているわけでもないし、シカの剥製が飾ってあるなんてこともない。



もちろん悪趣味なナイフとか仮面とかも飾ってない。



お気に入りのアイドルの写真もアニメキャラクターのタペストリーもない。



壁はよく言えば、色調が統一されていて落ち着きがあると言えるが、悪く言えば一切の装飾なしの作ったときの野晒しだ。



滅菌室のある研究スペースから生活スペースにかけての道を移動中。



これと言って変化もないのに少女は何かアメリアには見えていないものを見るかのように「ほえー」と口が開いていた。



生活スペースに続く通路を渡り終え、目の前に再び扉が現れる。



入る前に一度立ち止まりこの先にいる人物のことを伝えて置かなければ、そう思ったのは少女のため。



いきなり不健康そうなガスマスク付けたヒョロガリの人間が出てきたら誰でも驚くと思うし、成人男性に恐怖心があるとも言っていたからだ。




「この先にこのお家の男の人いるけど、大丈夫かな?」


「……」


「えーと。


見た目はヒョロヒョロで男って言うよりモヤシって感じだし。


なにか嫌な事されても私の方が絶対強いから大丈夫なんだけど。


どうかな?」




まああの男が幼い子供に対して性欲を向けることもないだろうことは確信していた。



そもそも、そういうのが想像できないほどにはペペペモリアと言う人間はそういうのには縁がない。



というか、もうそういう歳でもない。




「大丈夫です。


お願い、です」




少女の慣れない言葉遣いで再び腕に力を込めて前に進む。



自動ドアになっている生活スペースの扉を潜ると、そこには予想した通りというか案の定というか、ペペペモリアが正座して待機していた。




「どう?大丈夫?」


《うん!》


「いや、モリア、お前じゃない。


少女の方」




こちらを見てきたモリアの手には小さな音声機がおさまっていた。



おそらくボケたわけではないのだろう。





「……大丈夫です」




なんだか辛そうに見えるが過呼吸とかそういうレベルではなさそうだ。



きゅっと握った小さな拳には我慢をしているようにも見えたが、ここは頑張ってもらおう。



なるべくなら次の目的、食事までは頑張って欲しい。



生活スペースは畳張りなので、玄関口で一度車椅子から少女を下ろしなんとか丸テーブルまで座らせる。




「ふう。


 大丈夫?


 気持ち悪くない?」


「大丈夫、だと思う」


「それ、わざと?


 それとも天然?」


「え?」


「え?」




ペペペモリアのボケは置いておいて、視線を少女の方に向けると、キラキラと顔を綻ばせていた。



その理由もやはり明らかで、赤茶けた丸テーブルの上には様々な料理が並べられていたからだ。



焼き魚と味噌汁と白米と漬物。



それと暖かいお茶。



ホクホクと湯気を立てる料理たちの香りが室内に充満する。



ここ数日の食事は、最近ではお馴染みのレトルトのお粥を食べていた少女だったが、今目の前にあるのはお粥よりも確実に塩分濃度が高く、タンパク質や、カロリーが高い料理ばかり。



少女にとってはお粥さえ、今まで食べてきた食べ物の中で一番おいしいとガツガツ食べていたが、すぐにそのランキングも更新されるだろう。



香ばしい焼き魚の匂いとホカホカと湯気を燻らせる白米を見て少女が涎をだらだらと流している。



眼もギラギラしていて今にも飛び掛かって食べそうなほどだ。




「それじゃあ、手と手を合わせてください」




食事の前には食べ物に感謝を伝えないといけないと教えたのをしっかり守り、三人で手を合わせる。



ついこの間みたいに出した早々、食べるようなことはしない。




「いただきます」




少女は一口食べるとおいしいと呟き涙を落としていた。



スプーン片手にそれでも目の前の食べ物に対して感謝を抱きながら。



食べ終わると皿の中の焼き魚も味噌汁も白米も漬物も綺麗になくなっていた。







「ごちそさまでした」


「はい、お粗末様でした」




昼食の和食はどうやらお気に召したようだ。



焼き魚は事前に骨抜いておいたし、味噌汁の塩分濃度も気を付けた。



白米も最高級品のものを用意。



漬物は……買ってきたものをそのまま出しただけだけど、美味しければそれでいい。




「食器は私が洗うから、モリアはその子となんか話してなよ」




ここで暮らすならこの二人の関係性が良好であることは確実に必要なわけで、関係性を育めそうところではできるだけ話させて様子を見ることにする。



場合によっては施設送りも手段としてはまだ考えているからだ。



歯磨きを済ませてから、畳に戻ると早速手持ち無沙汰になったペペペモリアが早速少女に向けて口を開いた。




「名前、なんて言うの?」


「……その、あの」


「その子、まだ名前がないんだよ」





早速会話が詰まりそうになったのでフォロー。



皿を洗いながらここ最近、看病とか他国への申請とかで名前のこと忘れていたのを今になって後悔した。




「そうなんだ。


じゃあ、メメリィアにしよう」


「え!?


おまえ、すごいな!」


「ん?」




ペペペモリアは少女の名前がないからと、ものの数秒で決めてしまう。




「……メメリィア」




少女もぽかんと口を開いてペペペモリアの顔を見ていた。



何を考えているのかは定かではないが、自分の名前をそう簡単につけるなと憤っているのかもしれない。




「私の……名前。


メメ、リィア。


メメ、リィア。


……メメリィア」




どうやら思っていたのとは違うみたいだと感じたのは少女が、いやメメリィアが嬉しそうにしていたから。



その顔はまるで宝物を貰ったような、始めて大切なものができたときのような表情で何度もその名前を口にしては喜ぶ。




「えっと、あの、ありがとう、です」


「名前がないと不便だし。


 それとその変な敬語もいいよ。


 メメリィア」




若干噛み合っていないような会話だが、本人たちが気にしていないようなので何も言わないでおく。




「それよりも、メメリィアはゲルトバーグの生まれって本当なの?」




話の内容としてはさっそく重い気がするなと思ったが、見守るのに徹していたアメリアはいつでもフォローを入れられるように聞き耳を立てる。




「はい。


うん。


大人はゴミの町だって、その名前で呼んでた、です」




「そうなんだ。


あそこは大気も良くないし、食事もよくない、ずっと前からあそこは汚いままだな」


「あの……、お兄さんはあそこを知っている……の?」


「ああ。


 よく知っている。


ゲルトバーグ、どうしてあそこがゴミの町になったのかも。


あとお兄さんでもいいけど、本名はペペペモリアだ」


「はい、お兄さん。


それで、どうしてなの?」




自分の故郷の話に興味があったのか、メメリィアはペペペモリアの瞳を覗く。



自分から言っておいて、どうしたものかとペペモリアはアメリアに視線を送り、ゲルトバーグの成り立ちを話していいものか確認した。




「……」


「……」




何も反応がない。



さっきまでことあるごとにこちらを窺っていたのに、どうしたのだろうか。



まあ、別にそこまで秘密にしておく必要性はないということなのだろうと勝手に解釈する。




「そうだな。


じゃあ、話そうか。


ゲルトバーグ、遥か昔のあそこはミストバーグというもう何千年も霧に覆われた大地だったんだ……」




そこからペペペモリアが語ったのは遥か昔の御伽噺。







あるところに「霧都市」ミストバーグと言われた霧の都市があった。



そこはすべてが霧に包まれた場所。



前後左右の平衡感覚が全て奪われ、光でさえ数メートル離れただけでわからなくなる。



都市の全貌はどうなっているのか誰も知らない禁足地。



ずっと昔の人たちはそういう禁足地を迷宮と呼んでいた。



そんな迷宮にある二人の旅人が冒険をしに行った。



二人は霧都市に自分の命をかけ、長い冒険の末、とうとう全容を掴んだ。



なんとミストバーグは都市そのもの、大地そのものが大きな亀の一部だった。



霧の正体は亀の背中から出てくる、人間でいうところのおならだったことは後の笑い話である。



国も周辺の住民たちも皆こぞって冒険から帰ってきた二人の踏破を祝い、二人を称賛し三日三晩踊り騒ぎ歌った。



そんな大きな生物都市ミストバーグと二人の名前を後世に伝えるため、当時の王はミストバーグの周辺の町をまとめて、「歓迎する都市」ゲートバーグと改名した。



ゲートバーグは有名になり毎年多くの人が集まり二人をいつまでも讃え、地元住民や観光客は賞賛の証に広大な大地に花を植え始めた。



数千、数万年経った今の時代もその文化は脈脈と受け継がれてきていた。



だが、今から約100年ほど前。



その国、サダマントルに即位した王がとてもダメな人間だった。



当時ゴミ問題と急激な人口増加問題が山積みだったところ、王はある決断をした。



それでは国の端にある花畑の隣を埋め立て地とし、そこにごみの集積場を作れと命じた。



前王もその前の王も後世に語り継ぐべき物語のために、国の西端に広大な土地を用意していたのだ。



そこに人々が訪れ二人を讃え花を植えるために。



反対する者は当然の如く多くいた。



代々受け継がれた神聖な花畑の隣にそんなものを立てたら、土地を汚染し人が集まらなくなる。



そんなことをしたら文化も人も守れない。




そう口を揃えて反対した。



当時の隣国サダマントルは観光業として有名で、毎年この歴史ある花畑を見に多くの人が訪れていたのだ。



だが、王はそれを無理やり推し量り埋め立て地は作られ、ゴミ集積場は作られた。



日々溜まるゴミは近隣住民に影響を及ぼし、観光地として有名だった花畑は周辺空気の悪化に伴い集客に繋がらなくなった。



失業者が増え、多くの者が路頭に迷った。



王はゴミ問題を解決できたことを喜んだが多くの市民の反感を買い、そのすぐに暗殺されてしまった。



王の次席に着いた次代の王は前王よりは理知的ではあった。



観光業で首が回らなくなったことの金銭的補填のために機械工業を一気に発展させたのだ。



機械工業は成功。



国は持ち直したがこれにより出た大量の廃液やジャンクパーツ、それらの処分に困った王は既に作ってしまったものは有効利用する手はないと、ゴミ集積場を利用した。



だが、全てのゴミをあの集積場に集めたことで次第に歯止めがなくなり生ごみなどのゴミも捨てられるようになった。



こうして。



誰が最初に言ったかはわからない名前。



それでもその名が浸透してしまったのは悲しくも過去の歴史を望んだ者たちだ。



歴史のあった花の町「歓迎する都市」ゲートバーグを飲み込んだゴミの山はそう呼ばれるようになる。




「ゴミの町」ゲルトバーグと。







話終えたペペペモリアをメメリィアは黙って見ていた。



自分の生まれ故郷の話なのだから興味があったといえばあったのだろう。



だが蓋を開けば明らかな失敗の歴史。



脈々と受け継がれてきた花の町は後世に受け継がれるべき素晴らしき歴史はもう戻らない。




「お話、してくれてありがとう」




メメリィアが何を思っているのかはわからない。



自身の故郷の成り立ちを聞いても既に100年ほど前のことだから、あまり現実味がないのかもしれない。



それか特にこれと言った感情が生まれないのかもしれない。




《うん!》


「!」




突然左ポケットに入っていた音声発生器で反応したため、メメリィアは驚き身を小さくする。



音量的にはペペペモリアの本来の声量の三倍くらいはあるので、初めてこれで返されたら驚くのも無理はないかもしれなかった。




「それは?


 なに?」


《あー》《考え中だお》


「ふふっ」


《うん!》《うん!》《あー》《考え中だお》《あー》《考え中だお》《うん!》《うん!》


「ふふっ、おもしろい」




どうやらガラクタから作った音声発生器が面白かったようで、ペペペモリアがボタンを押してはメメリィアが笑ってを繰り返す。



きっと二人には何か通ずるものがあったのだと思う。



それがどんなに悲しいことでも。



それがどんなに忘れたいことでも。



二人にしか感じられないものが。



アハハと笑うメメリィアの姿を見て、施設送りの話はなさそうだなとアメリアは食器を拭きながら思った。




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