18話 危機 ~Chance~
<マスター、マスター……>
「……む、どうした?」
なんとか椅子の硬さ耐えながら、馬車に乗っていると相棒が囁いてきた。誰にも聞こえないというのに、慎重なやつだ。
対して私は馬車の個室でひとりだ。最低限、御者台に座る御者には聞こえない程度の声量で返事した。
<村の方角から煙ですにゃ>
「なに?」
何気なく馬車の小窓から見て、たしかに最初に気がついたのは煙だった。
星が顔を出しはじめた、夜空にもくもくと灰色の煙が登っている。
もうそろそろジプサムの村が近づいてくるころ合いだった。
それに煙の根元は村ではないのか。
「すまない、急いでくれ!」
「はい!」
私は御者台への小窓を開いて、急ぐように御者へと伝えた。
「まずいな。あれは火の手か……?」
私は林の向こうから立ち上る煙を見て、思った。
場所は間違いなくジプサム村だ。
しかも小火にしては盛大に煙がもくもくと、空へと立ち上っていた。
馬に鞭が入れられて、馬車が加速する。
この際尻が痛いとかどうとか言っている場合ではない。
<にゃにかあったんでしょうかにゃ?>
「それはもちろんだが、あまり穏やかではなさそうだ」
馬車のスピードが上がるにつれ、私は早く煙の正体と村の様子を知りたくなった。
ひょっとしたら、柄にもなく焦れていたのかもしれない。
◇ ◆ ◇
村について馬車を降りると、すぐさま煙の中から村人と子供たちが走ってきた。
「ニグレドさん! 帰ってきた……ニグレドさんが帰って来てくれた!」
「おお、だったら安心だ……」
「ニグレド殿が、また村を救ってくれるぞ!」
村の大人が、煙に包まれる村の中からこちらへやってきて私の帰りを喜ぶ。
しかし事情はさっぱりだ。
大人たちは皆、不安そうな表情を張りつかせたまま私を出迎える。
「ニグレド!」
「村の子供か。なにがあった?」
大人は混乱しているらしく話にならん。
その後ろから、駆けよってきた子供のほうがまだ話ができそうだ。
「大変なんだ……セレナ姉ちゃんが、セレナ姉ちゃんが……!」
「……セレナがどうした? いや、それよりこの煙は……」
飛び出てきた少年が私のジャージのズボンをつかんで、すすり泣きながら訴えてきた。
私は少年の頭を撫でて、落ち着かせながら話を聞きだしてみた。
聞きたいことがたくさんあったが、まずは冷静に状況を整理すべきだと思いこんな質問をした。
「この煙はなんだ? 村の、どこかで火でも出たのか?」
「こ、これは違うくて……ニグレドが領主様の屋敷に言ってる間に……さ、山賊が来たんだ!」
「山賊だと……?」
これだけ貧しい環境にある原始的な惑星だ。まだまだ野山には山賊の類も隠れているのだろう。別に不思議なことではない。
それは宇宙も陸上も変わらない。宇宙海賊が言うのだから間違いない。
では、ジプサムの村はそいつらに襲撃を受けたということか。
私がたまたま留守にしている間に。なんと間の悪い。
「それで……その山賊に、火をつけられたと?」
「ううん。違うんだ、この煙は僕たちで考えて、ニグレドにもらった魔法の瓶を使って……」
「……?」
魔法の瓶?
<マスターが子供たちに集めさせていたPじゃにゃいかにゃ?>
なるほど。
煙の正体は、リンを空気に反応させて発生させたもの。
いわば煙幕弾か。
「つまり煙幕で山賊を退けたんだな?」
「うん、ひっく……! でも、でもぉ……セレナ姉ちゃんがさらわれちゃったぁ!」
「……そうか。セレナが……な」
◇ ◆ ◇
これは、子供たちや、落ち着かせた村の大人たちに聞いた話だ。
――最初の違和感は昼ごろのことだったという。
「あれまあ? なんだか水が出なくなっちゃったねぇ」
「ええ? 本当かい?」
村の奥方が水道で水汲みしていたとき、急に水が止まったらしい。
「ニグレドさんに相談したいところだけど……肝心の本人が、領主様に呼び出しとあっちゃねえ……」
仕組みがわからない村人たちは疑問には思ったが、私がライオライト伯邸に行っていたころなので、相談する相手もおらず立ち往生してしまったらしい。
「まあまあ……元々いつもは井戸使ってたんだ。前に戻っただけだよ」
「それもそうだね」
しかし村人たちは呑気にこの違和感を特に気にすることなく、午後をいつもどおり過ごしたらしい。
このときすでに村に続く水道管を、山賊の一味が壊していたのだろう。
そしてその違和感を見過ごしたことが、被害につながってしまったわけだ。
「ぎゃっ!?」
村の中を歩いていた婦人がまず犠牲になった。
遠くから弓矢で背中を射られて、絶命した。
見ると、村の外からは大勢の粗野な男たちが完全武装でこちらに向かっていた。
彼らを見た村人のひとりはすぐさま気づいた。
「山賊だ……。山賊だ、皆、山賊がやって来たぞ……武器を取れ!」
数年前より、近隣の村々から噂は聞いていた。いくつもの村が被害にあったらしい。
村落を襲っては、すべてを奪い去る暴力の化身らしい。
村の男たちはそれに気づいて、村を守るため迎撃態勢に入ったらしい。
けれど数々の村を略奪し、それを生業としている山賊。
片や戦いと言えばこの間のビフト退治くらいしか経験のない村では、実力は歴然としていた。
「ぐあっ!?」
「おい、しっかりしろ! クソ、こいつ……わしの弓矢を……」
「おおっと、そうはさせねえぜ……これでも食らいな!」
「な……ま、まっ……ぎゃああああ!」
村の男たちの用意が間に合わない中、山賊たちは次々と村に押し入り村人を殺していった。
「ククク、弱ええ! やっぱこんな村に引きこもってる男どもは玉なしだなあ!」
「おいおい、そんなへっぴり腰でどうした? 斧ってのは、こうやって……使うんだよ!」
「おい! 大変だ!」
「なんだよ、どうした? いまいいところなんだよ、ブっ殺すぞ!」
「こいつら、村に火を放ちやがった!」
「なにぃぃぃ!?」
あるとき山賊たちの統制が乱れはじめたらしい。
村に真っ白い、炭を焼いたときのような煙が満ちはじめたからだ。
不気味な煙は家々の隙間から漏れ出し、村中をすうっと飲みこんでしまった。
気がつくと村は完全に白煙に支配され、山賊たちは混乱した。
「か、頭どうします!?」
「うろたえるな、馬鹿ども! 村のやつらも能なしか……? 自分たちの住処に火を放つなんてな……もういい、いま持ってる金目の物だけかっさらって帰るぞ! あと、適当に女をさらってこい!」
山賊の大将らしき男の号令とともに、山賊たちは煙る村の中を駆けていった。
どしどしと煙で見えない村の中、多くの男たちの足音が駆け抜けていく。
「だ、誰だ……誰が村に火を!? 山賊がやったのか!」
一方、村の大人たちも混乱していた。
誰も村の家を焼くなんて指示を出してもいないし、聞いてもいなかったものだから。
それでも村長のジプサムは皆をまとめるために言った。
「落ち着け、早く火の消化を……!」
「ひ、必要ないよ! 村長!」
「だ、誰だ!?」
煙の中からずいぶん若い――幼い声が聞こえてきた。
弱腰の大人たちに代わって、声をあげたのは子供だった。
しかも煙の中から上がった声はひとつではなかった。
いくつもの子供の声があがり、彼らは村のために立ち上がったという。
「僕たちニグレドさんからもらった魔法の瓶で、山賊のやつらを脅かしてやったのさ!」
「子供か! 危ないから家に隠れてろと……」
「村の一大事なんだ! 子供だからって、なにもしないで死ぬなんて嫌だ!」
「お前ら……」
子供たちはこれら煙に火元はなく、煙だけのもので安全であることを村の大人に伝える。
なにより、説明のとき私の名前を出したのは正解だった。
それから、なにも立ち上がったのは、少年だけではない。
「帰れ! か・え・れ! 山賊なんて山で暮らしてるのがお似合いよ!」
「コラ、あなたは家に隠れていなさい!」
ひとりの少女が母親らしき女に抱えられて、家の中へ連れ戻された。
それでも少女たちは家の扉にしがみつきながら、山賊に罵声を浴びせていた。
「お父さん……私も、なにもせずにレドに失望されたくないから……!」
「おお、セレナお前まで……」
そして煙の向こう、村長宅の扉から子供たちが魔法の瓶と呼ぶ、合成水筒のアタッチメントを握って現れたセレナ。
「だから私だって、役に――」
「へへ、帰り際に女ゲットーッ!!!」
「へっ……? きゃああああ!?」
「セレナ、おいセレナ……! 誰か、誰かうちのセレナを助けてくれ! 誰か――!」
ジプサムの声もむなしく、セレナは家の近くにたまたま残っていた山賊のひとりに、その体を担がれると煙の中に消えていったらしい。
◆ ◇ ◆
「セレナ姉ちゃんは……セレナ姉ちゃんは……」
「私も長年村長をやっております。山賊にさらわれた人質がどうなるかなど、容易に想像がつきます」
私に泣きつく子供の後ろからジプサムが私の目を見て、そう伝えてくる。
悲痛な、絶望に顔を歪ませる初老のひとりの親が、そこにはいた。
「しかし! 恥を忍んで、頼みます……ニグレド殿、どうかセレナを! 私の娘を助けてくださいませんか!?」
ジプサムは頭を下げて、私に懇願してくる。
恥も外聞も捨てて、村に居候しているだけの旅の男に、情けなく頼み込んでくる。
「報酬は?」
「は?」
だから私はこれ幸いと村長にそう返してやった。
「な、んですと……?」
私は村長を冷めた目で見つめた。
「報酬は、と聞いている。私がセレナを助けに行くのはいい。だが私がその危険を犯すに足る報酬はなんだ?」
私からそんな提案をされるとは露ほども思っていなかったのだろう。
ジプサムの動揺が見て取れる。
「ほ、報酬と言われましてもニグレド殿もご存じかと思いますが……我が村に蓄えは……」
「話にならんな」
「そ、そんな……!」
私は村長の懇願を冷たくあしらった。
足元で少年が叫ぶ。
「ニグレド! 頼むよ、セレナ姉ちゃんを助けて! 俺たちでいいなら、俺たちでいいならなんでもするから! なあ、みんな!?」
子供たちはその言葉に強くうなづいた。
私はその子供たちの一体感に、笑いがこみ上げてくる。
「なんでもする? 言ったな、貴様ら……」
「…………」
私の挑発的な言葉に、子供たちは覚悟をして押し黙ったまま、うなづいた。
大人たちよりよっぽど、契約するに値する相手だ。
私はこう考える。
これはハプニングやピンチなどではない。
いや、たとえ村の者にとっては村の危機だったとしても、私にとって違う。
これは予定どおりで、意図していたとおりのハプニングなのだ。
「思っていたより早まったが……計画を進めるにはいい機会だ……」
<にゃにをワロてますにゃー……にゃんかまた悪いこと考えてますにゃ>
だから、これは言ってしまえば私にとっての千載一遇の――いや一載一遇のチャンスだ。
私はその場に集まった少年少女たちの目を見て、強制的な契約をさせる。
「いいだろう。セレナは助けてやる」
「お、おお……」
村の者たちから歓声にも似た、声があがる。
だが彼らに冷や水を浴びせるように私は続けた。
「ただし、この村の人間は以降私の言うことを聞いてもらう。私の命令は絶対だ。死ねといえば死ね」
「なんですと!?」
「手足のように扱ってやろう……私に絶対を誓え。誓わぬなら、山賊をここにもう一度呼んで焼いてやろう。いいな?」
「そんな、ニグレド殿……」
「セレナ姉ちゃんのことは、絶対助けて!」
「任せろ。ふふふっ……フハハハ! ふーっはっはっは……!」
私は高らかに笑って、悪魔の契約を完了させた。