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その87・芸人の悩み

私は一人の精神科医。


目の前には今、大活躍中の男性芸人が座っている。


精神科医を始めてもう既に五年の月日が経っているが、芸人さんを目の前にした診察は初めてである。


俳優・歌手などは何回か診察をしたことがあるが、芸人さんというのはまた違う職種であるため、どんな悩みを持っているのか、正直気になるところだ。


それも目の前にいるのは、MCを何本も持っており、レギュラー番組は十本以上も抱えている引っ張りだこの芸人だ。


バラエティー番組はよく見るのだが、この男性を見ない日はないほど、各局でMC席に座っている。


少しばかり緊張していたのだが、顔はやつれており、目の下には大きな隈を付けている。


これはだいぶ眠ってないし、食欲もないのだなと思いながらも、相手の顔を見ながら


「本日はどうしましたか?」


「えっと、僕のことはちなみに」


「ご存じですよ。昨日「コントTHEワールド」拝見しましたよ」


「ありがとうございます」


顔は笑っているが、目は全く笑みが感じられない。


恐らくうつ症状を持っている可能性がある。


私としては話を聞いて、それに合った薬を処方をするのだが、少しでもうつ症状を落ち着かせたいと思い、カルテにメモを取りながらも


「悩みを聞かせてください」


「そうですね。正直、このままでいいのかと不安になりまして」


「このままとは?」


「はい。芸人を始めた最初はとても楽しかったのですが、周りの顔色を見ると、なんだか自分は求められているのかと不安になってまして」


「そうですか。求められているかですか」


「はい。本当は良い様に使われているだけなのではないかと思いまして。それにお客さんの顔色も見ると、本当に笑っているのかと不安になってきて。でも芸人は辞めたくないんです。どうしたらいいでしょうか」


途中で芸人は涙を流し始めた。


私はメモを止めて、芸人の顔をしっかりと見てから


「一つだけ言えるとしたら。現実を見ることです」


「現実?」


「何故、あなたがレギュラー番組を持てているのか。そして、何故お客さんがいるのか。それはあなたを求めているからですよ。あなたを見たいからですよ。もし、あなたを必要としなければ、レギュラー番組どころか観客もいません。確かに芸人さんは波のある職業です。しかし、あなたは無理をする必要もないのです。休みたければ休みもありです。それでも待ってくれる人がいれば、あなたの悩みは自然と消えるはずです」


私は微笑みながらも言った。


男性芸人は私の顔を見てから


「本当に大丈夫ですかね」


「自信を持ってください。無理をせず、自分の道をひたすら進むことに、人生の味が出てきますから」


「分かりました」


少し芸人は笑みを浮かべた。


これでまた一人の笑みを戻してあげたのだった。


~終~

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