その84・客は幽霊
まるで美術館のように、パンが並んでいる。
パン屋の主人をしている私は、いつも通り、常連女性さんと接していた。
「本当に、晴れて良かったですね」
「本当よね。気晴らしにデパート行こうかしら」
「あら、パンを持ちながら?」
「大丈夫よ。フードコートで食べるから」
そう言って、その場を離れていった。
パン屋を営んで十年。
今では様々な常連さんが私の元についてくれた。
元々パンが好きだった私にとって、これが天職と思えてきたのはつい最近のことだ。
最初の頃は全く売れず、店を畳むことばかりを考えていた。
だが、一人の常連さんが「あなたのパンが日本一だよ」と言ってくれたのをきっかけに、売れずだろうと必死にパンを作っていこうと決めたのだ。
だが、そんな私にも誰にも言えない過去がある。
過去の当事者である、とある男性の遺影を見ながら、私はこう問いかけた。
「今が一番幸せよ」
すると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ・・・」
目の前にはコートを着た男性がいるのだが、時期としては夏だ。
見た目ではかなり暑そうに感じたのだが、顔を見てはっきりとこの世の者ではないと確信した。
何故なら・・・この男性は先ほど問いかけた遺影に映っている男性なのだ。
彼は私の元婚約者であり、籍を入れる二日前に事故で亡くなってしまったのだ。
あれから十五年。
夢にも現れなかった彼が、突然目の前に現れたのだ。
私は戸惑いながらも
「け、け、圭太さん・・・」
男性はこちらを見て
「久しぶり」
私は涙を流しながらも
「会いに来てくれたのね」
「あぁ」
「なんで・・・なんで今なの?」
「・・・」
黙ったままこちらを見ている。
私は亡くなった時からいつでも会いたかった。
でも彼は現れてくれなかった。
凄く寂しかった。
この十五年間、ずっと独身でいたのも、彼のことが忘れられなかったからだ。
こうして今、目の前に現れてくれたのは嬉しいが、それでも疑問は解けずにいたのだ。
すると彼は私の方を向いて
「ごめん・・・」
「いいの。現れてくれただけでそれでいいの」
私は彼を責めたくない。
だからこそ出た言葉だ。
私は涙でついうずくまってしまうと、彼がそっと抱きしめてくれた。
その体は温かった。
幽霊なのに温もりがある。
それで私の涙腺は崩れてしまった。
「ずっと、見守ってるから」
「いいの。見守ってなくていいの。私はただ・・・傍に居て欲しいの」
「愛しているよ」
「私も」
誰も彼のことは見えないが、私には感じる。
彼とのひと時を私は忘れない。
大切な私の宝物だ。
~終~




