その75・雨の中の犬
俺は、一人のサラリーマン。
今日もいつもの喫茶店で、コーヒーとシフォンケーキを頼んだ。
「はい。どうぞ」
喫茶店の若い女性マスターは、コーヒーを出して来た。
「シフォンケーキ、ちょっと待ってね。今焼くから」
「ゆっくりでいいよ。どうせ、外雨だし」
「急に降ってきたからねぇ」
そう言って、マスターはキッチンの方に戻っていった。
午後から急に大雨が降っており、傘を忘れた俺は帰りそびれていた。
天気予報では、午後は曇りだと言っていたため、完全に信じてしまった俺は心を曇らせていた。
しばらく外を見ていると、シフォンケーキを焼きながらマスターが
「犬の件、どうなったの?」
「奥さんがどうしてもトイプードルが良いって聞かないんだ。かなり値段が高いからね。中々飼えないんだけど」
「そうよね」
俺と奥さんの間には子供がいない。
だからこそ、犬を飼うことで二人の心がリラックスすればいいと思った俺は、妻に提案をしたのだ。
あまり犬のことで値段を気にしてはいけない。
そのことは知っているのだが、妻のリクエストがあるため、提案者の俺としては中々反論が出来ないのだ。
すると、マスターが
「あれ?」
「どうした」
「外見て。犬がいるわよ」
俺は外をよく見ると、雨の中にゴールデンレトリーバーの子犬がずぶ濡れになりながらも座ってこちらを見ている。
散歩中にはぐれたとは到底思えない。
これはまずいと思った俺は
「店の中に入れてもいいか?」
「え?・・・良いわよ」
「ありがとう」
そう言って外に出た俺は、ずぶ濡れ覚悟で犬の元に向かった。
よく見ると、近くには一匹分入れるような段ボールがあり、置手紙が残されている。
このようなことをする人が、この世の中まだいるのかと思い、許せない気持ちになりながらも、犬を抱き上げて、すぐに店に入れた。
犬の体は震えており、抱いただけでも分かる。
この子はかなり痩せている。
入ってすぐマスターに
「タオル持ってきてくれ」
「分かった」
犬を抱きながらも、俺はじっと自分を見つめる眼差しを受け止めていた。
マスターがタオルを持ってくると、俺は犬の体を拭き上げた。
「良かったわ。気づいて」
「体が震えていた。もう少し遅かったら、危なかったかもな」
「そうね・・・あっ、その子飼っちゃえば?」
「え?」
「だって犬探しているんでしょ? 良いじゃない」
俺はじっと犬を見つめた。
確かに犬種は違うが、この子を見ていると、なんだか「連れて行って」と言わんばかりに、とてもキラキラしている目をしている。
俺はすぐに妻に連絡をし、承諾を得た。
目を離していると、突然マスターが
「あっ、大変」
よく見ると、犬が俺のシフォンケーキを食べていた。
甘さ控えめなケーキであるため、食べても問題はないと思っている。
だが、俺は犬の頭を撫でてから、微笑みながらもこう言った。
「美味しかったか?」
~終~




