その71・あれをください
今日、不思議な客が目の前にやってきた。
私は今、薬局の受付を務めている。
長年この仕事を経験してきて、様々なお客さんと交流をしてきた。
中ではとても仲良くなった常連さんもいるほどだ。
半分以上のお客さんはとても明るく、優しい方々が我々の対応に応対してくれており、とてもありがたい毎日を過ごしていた。
隣が内科の病院があり、そこから訪れるお客さんが多いのだが、中には飛び込みでやってくる人もいる。
その際、大体は「ドラッグストアの方へ是非ともどうぞ」とお断りをするのだが、いつもその言葉を投げかけるたびに、心が苦しくなる。
ケガをしたり、突然の発作などでやってきたのにも関わらず、こちらは処方箋を貰って処方する以外、何もすることはできない。
それがとても苦しくてたまらないのだが、与えられた仕事をこなすべく、カウンターに立ち続けているのだ。
すると、一人の女性が私の前にやって来た。
「いらっしゃいませ」
私はいつものお決まりの言葉を発すると、女性が小さな声で
「あの・・・あれをください」
とても怯えた表情をしており、辺りを気にしている。
一体どうしたのだろうかと思い
「あの、処方箋はお持ちでしょうか?」
「いえ、持ってません」
女性は小さな声のままだ。
それに挙動不審になりながらも、やはり何か目を気にしているのかと思い
「どうかされました?」
「あの・・・あれをください」
言葉が次第に大きくなっており、他にいたお客さんもこちらを見ていた。
私もこの女性も、次第に気まずくなっていたため
「あの、あれというのは」
「あの・・・あれです・・・眠れるやつ」
なるほど。
恐らくこの女性は「睡眠薬」が欲しいのだろう。
だが、睡眠薬は法令上、処方箋が無い限り処方することが出来ないのだ。
それにこの女性のコートから少しはみ出ている手首を見ると、そこには「リストカット」をした跡がある。
恐らく睡眠薬は、単なる眠れない時の材料に使うためではなく、自ら命を絶つために使うのだろう。
私は瞬時に感じたため
「お出しできません」
「どうしてですか?」
「この薬局は、命を奪うために存在するわけではございません。命を守り、体を治すためにあるのです」
「・・・」
「とてもお辛い言葉だと思いますが、命を絶つことは決して良い行いとは思えません。もっと生きるべきです」
「でも・・・」
「人生、山あり谷ありと言われますが、その通りです。それを乗り越えない人に神様は人生を与えません」
沈黙する女性に、私は微笑みながらも女性の手を握ってから
「応援してるよ。大丈夫だから、悩んだら吐いていいし、泣いていいし、逃げていいから」
そう言うと、女性は少し笑みを浮かべてから、涙を流し始めたのであった。
~終~




