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その70・悩んだ女神のために

バンドとして五年振りにこの場所に帰ってきた。


バンドを組んでから早二十年が経ち「ビジュアル系バンド」としてはベテランの域まで達していた。


デビュー曲から第一線で活躍しており、今では各地方のドーム会場まで抑えられるほど、ファンを獲得して来た。


それだけでも感謝の事なのだが、俺にしてみれば、ここまで俺のわがままだけで付いて来てくれたメンバーたちに感謝の気持ちを抱いている。


今日は千秋楽で我らの故郷でもある東京に帰ってきたため、俺は一人楽屋でボイストレーニングをしていると、マネージャーの男性が入ってきた。


「すいません、ちょっといいですか?」


「どうした?」


「あの、先ほどファンの女性からこの手紙を預かりまして、是非見てほしいとのことでした」


俺は基本ファンレターは受け取らない主義だ。


だが、マネージャーはよくそのファンレターなどを預かり、俺に渡してしまう癖があるため、またかと思いながらも、受け取り、手紙を読み始めた。


するとそこには、認知症の母を最近亡くし、長きにわたっての介護から解放された親友のために、言葉を欲しいというものだった。


ファンレターなのは確かだが、内容は明らかにお願いごとだ。


基本は断ればいいかもしれないが、内容を見ると「認知症の母」という箇所に引っかかりを受けた。


俺も若い頃、バンドを始めて実家を飛び出した直後に、父親から「母さんが認知症になった」と連絡を受けた。


あまり現実味がなかったのだが、そこからみるみるうちに母は記憶を無くしていき、最終的には父親や俺の顔まで忘れて亡くなってしまった。


それを思い出し、俺は立ち上がった。


近くでメンバーが演奏練習をしているため、その中に入り


「みんな、MCをちょっと途中で挟んでも良いか?」


「え?」


ベース担当の男が目を見開きながらも言った。


俺たちのバンドの特徴はMCが無く、終始演奏するという珍しいバンドでもある。


「話し」より「曲」を届けたいと重視する俺たちのコンセプトから少し外れたことで、ドラム担当の男は


「どうしてだよ。MCなんかいらないって言ったのお前だろ」


そう言ってきたため、俺は理由を説明した。


しばらく話しているうちにメンバーの表情が納得のものになっていき、ギター担当の男が


「お前の好きにすればいいじゃないか。別に理由聞いても悪いことには思えないし」


「ありがとう」


しばらくしてから、仲間と団結を組み、ステージへと上がることにした。


どこにいるか分からない「悩んだ女神」のために、今日も最高のパフォーマンスを届けることにした。


~終~

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