その60・満月の夜に
見上げる空にポツンと存在する満月。
俺はため息をしながらも、病院の屋上から眺めていた。
まさか五十の歳になって、まさかガンを発症してしまうのだなんて。
長年、必死に仕事を専念し、家庭面でも良いパパを築いてきた。
そんな俺が・・・
今でも信じられない思いで、気持ちが崖底にいるような感覚であった。
ガンはステージ3と宣告され、明日手術をする日である。
無事に手術が終われるとは思えない。
何せ、腫瘍が血管近くにあるため、下手すれば破裂し、失血死する恐れがある。
それほど大規模な手術なのだ。
俺はそんなことで死ぬんだったら、いっその事、ここから飛び降りてもいいほどだ。
俺が子供の時に、テレビのアーカイブ映像で夢見た月面着陸。
あの小さい星に着陸するだけでも、かなりの進歩だった。
俺はそのために、何度も科学の勉強に励んだ。
寝る間を惜しんで、いつかは月に何度でも行ける技術を作るために。
だが、夢は途中のまま、現在も科学技術会社の部長として勤めているのだ。
そんな夢を見れずに、俺はあの世に行くのか。
悔しさのせいか、俺は次第に顔が俯きながらも、ため息を何回もしていると
「あれ? 何されているんですか?」
振り向くと、そこには担当看護師の女性がいた。
本当はこの時間は就寝時間であり、ここにいるのはまずいことなのだが、俺はそんなことで怯えている余裕もなかった。
俺は落ち込んだ表情のまま
「あぁ、見つかりましたか」
「就寝時間はとっくに過ぎてますけど」
「そうですよね・・・」
すると、看護師が近づいてきて
「でも、眠れないですよね」
「え?」
「明日、手術ですもんね。確かに怖い気持ち、本当に痛いほど分かります」
「えぇ・・・」
看護師は俺の隣に座ってきて、上を見上げながらも
「月、綺麗ですね」
「今日は満月みたいですね」
俺はゆっくりと見え上げた。
なんだか、満月がいつもより大きく感じている。
何故だろう。
不思議と、この国では恒例である「うさぎの餅つきの絵」が見える気がしていたのだ。
あの世への扉が開かれたのかなと思い、落ち込んでいると
「大丈夫です」
「え?」
「絶対に手術は成功します。先生を信じてください」
「あぁ・・・」
簡単には信じられない。
先生をやぶ医者だとか言っているわけがなく、信じられるほど気力がないのだ。
俺は黙って俯いていると
「下を向いてても、何も進ません」
「え?」
「私のおばあちゃんが言っていたことなんです。上を見上げた方が色々な景色が目線に入る。下を俯いているとただの地面しか見えない。そんな人生より、上を見上げて青空を見た方が、心も清々しくなるって」
「そうなんですね」
「必ず手術は成功します。絶対にあなたの命を先生が救いますから。我々はそのためにいるんですから」
「ありがとうございます」
「それに、奥さんやお子さん残して死ねませんよね?」
「そうですね」
「その部分も含めて、私たちは救います。それは一人の看護師、医療に携わる人間として」
それを聞くと、なんだか少し冷静になれる気がした。
確かに妻や子供のために死ねるわけがない。
そう思うと、涙が溢れ出て来た。
「じゃあ、病室戻りましょうか」
そう促されて、俺は看護師と共に病室に戻ることにした。
翌日、無事に手術は成功し、俺の命は救われた。
~終~




