その58・車掌の声掛け
このまま会社を辞めてしようか。
私は、一人寒さが漂うホームで佇んでいる。
長年都内某所にある大手保険会社の支店に務めている。
だが、ここはかなりの黒い職場だ。
業績、ノルマのためなら、決して社員の体力・精神が潰れても構わないところであり、何人も病気で仕事を辞めている。
私もかなり職場でいびられ、上司から怒鳴られる毎日を送っている。
本当に精神的にも崩壊寸前だ。
これを本社が知ったら、きっと改善はしてくれるだろう。
だが、本社が来ると、上司たちはこぞってゴマをする。
私はそんな顔をする上司は、心底嫌いだ。
このままだったら死んでも構わない。
このまま電車に飛び込んでも良いほどだ。
私はそう思いながらも、表情を硬く電車が来るのを待った。
時間は既に0時を過ぎており、最終電車、所謂終電が来る頃だ。
この時間になると、駅のホームにはほとんど人はいない。
まるでホラー映画のワンシーンに出てきそうな雰囲気を漂わせながらも、待ち続けていると、大きな光を出しながら、電車が入ってきた。
十両編成の電車。
中にはほとんど人はいない。
私は久しぶりに終電を使ったが、こんな人がまばらな車内を珍しく感じた。
電車が所定の位置まで着くと、ゆっくりとドアが開いた。
私は一番後ろの車両に乗り込んだ。
だが、珍しく誰もいない。
私一人だけだ。
終点までは一駅だけなのだが、この距離がこの路線で一番長いため、この電車を使っているのだが、正直この一人の空間が有難い。
だが、私の表情は暗いまま席に座り込み、じっと前だけを見つめた。
このまま私はどう生きたらいいのだろうか。
反射して映る自分の姿を涙を流しながらも見ていた。
電車はゆっくりと走り出し、しばらく揺られていた。
すると、アナウンスから男性の声で
「本日は電車をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく終点でございます」
私は不意に乗務員室を見ると、車掌がマイクを持ちながらも車内アナウンスをしている。
この時間まで仕事をして、本当に大変だなと思いながらも、再び前だけを見つめた。
すると、アナウンスから
「列車は終点ですが、これからも人生は長く続きます。困難・辛さ・悲しみが伴うと思いますが、きっと明るい青空のような人生が待っております。我々も一人の人間として、立派な人生を送ろうとします。決して悩まなくたっていい。あなたの人生はあなたが決めて、あなたが花を咲かせるのですから」
まさかのアナウンスに戸惑ったが、なんだか励まされた気がした。
このまま仕事を続けていても、私のためにもならない。
仕事を辞めよう。
そう決心したのだった。
電車は終点に着き、私はすぐに降りてから車掌さんに声をかけた。
「あの」
「はい?」
「素敵なアナウンスありがとうございました」
私は頭を下げると、車掌さんは微笑みながらも
「頑張ってくださいね」
そう言って革靴の音を鳴らしながらも、ゆっくりと去っていった。
なんだか今日は晴れ晴れする夜を過ごせそうだ。
~終~




