第5話『入学の日』
カーム魔法学校を受験してから1週間が経ち、学校から紙で連絡が届いた。内容は合否の通知であり、そこにはキリノが特待クラスになるという旨が書かれていた。
それを読んだ両親は大喜び。その日は夕食がいつもの貴族らしい食事に輪をかけてご馳走になり、キリノは大いに祝われた。
「まさか、我々の家からこんなに強い魔法使いが生まれてくれるなんて」
ミストラーデ家は最初に貴族となった時は強い魔法使いだったが、代を重ねる度に魔力を失い、キリノの両親の代にはほぼゼロになっているという。そこにいきなり魔法学校で特待クラスになる子が産まれるなんて、予想だにしなかっただろう。
実際、キリノという少女の中に霧の女王が入り込むというイレギュラー中のイレギュラーによる突然変異だ。キリノが以前のキリノでないことを知ったら、両親はどう思うだろう。少しだけ気になった。
「すぐにでも入学の準備をしよう。特待クラスってことは、全寮制だろう。その用意もしなくちゃな」
夕食が終わると父親の指示で次々と準備がなされていく。キリノが呆然としているうちに、使用人やメイドが荷物をまとめ、あっという間にリュックが膨れ上がっていく。
キリノはその中身をチェックし、ぬいぐるみ類や幼児向けの玩具、期限の短いお菓子類、読破済みの書物を抜き、コンパクトにしようとする。これには父親も非常に驚き、我が子が断捨離の鬼になってしまったと嘆いていた。いや、寮制だとしても、こんなの置き場所がないだろう。
時折、大きなドラゴンのぬいぐるみを投げ捨てた時など、これがないと眠れないのに大丈夫かと心配されて焦る一幕もあったものの、なんとか背負えるレベルに収めた。
──そして、それから約2週間後の巫国暦121年4月1日のこと。まとめた荷物を背負って、キリノは再び魔法学校へと赴いた。だだっ広い敷地の真ん中の方に、特待クラス専用の豪華な寮がある。そこまで地図とにらめっこしながら辿り着いて、割り当てられた部屋である3号室に荷物を置いた。
さすがに特待クラスだけあり、建物はかなり豪華な仕様だ。部屋は3つだけだが、中は広く、寝室に2つ並んだベッドもキリノの自室よりさらに質のいいベッドらしかった。
片方のベッドには、既に誰かの荷物が置いてある。破壊達成者は確かキリノ、ジェナ、カリンの他にも出ていたはず。2つということは、相部屋になるのだろうか。
「すぐわかることか」
キリノは額の汗を拭い、今度は教室に行くべく部屋を後にする。魔法の力でオートロックをしてくれるのは、さすが魔法社会といったところ。便利なものだなと考えつつ、扉を閉めて振り向いた。
──瞬間、見慣れた顔が視界に飛び込んできて、キリノは反射的に飛び退き、強かに背中を壁に打ち付けた。
「ぐはッ!? い、いッた……!」
「わわっ、ご、ごめんねキリノちゃん。驚かすつもりじゃなかったんだけど」
カリンは慌てて駆け寄り、キリノの背中をさすった。2週間ぶりに顔を合わせるが、やはり敵だという認識が強い。どれぐらい敵だと思っているかというと、今背中を激突させた壁に思いっきりヒビが入っているくらいだ。
「おまっ……今日から住む場所にヒビが入ったではないか! 入学前から学校を壊すとか聞いたことないぞ!」
「私もないよ!」
そこに同意を求めたわけではない。とりあえずバレないうちにと、キリノは得意の魔の霧を用いて壁の傷の修復を試みる。結果、修復はなんとかなった。この程度でよかったと胸を撫で下ろし、改めてカリンの方を向く。
「……まさか貴様、この部屋の住人になるとか言わないよな」
「キリノちゃんこの部屋なの? 残念だなぁ、私はあっちの1号室だよ」
最悪の事態は免れられそうだ。どうせ学校生活で一緒になるが、2人っきりで相部屋はさすがに気が休まらなさすぎる。名も知らぬカリンの同居者に思いを馳せ、大変だろうが強く生きろよ、と心の中でエールを送った。
とにかく、カリンが合流しても教室に向かうのは変わらない。時間はまだあるが、ここで延々と続くカリンのお喋りに付き合う暇も義理もない。彼女を促し、さっさと移動しなければ。
「これから教室で入学式前の顔合わせだろう。行かないのか」
「行くよ! キリノちゃんが来るかなぁと思って、ここでずっと待ってただけ」
なんだこの女、ストーカーか?
「教室はあっちの新校舎の方だね。せっかくだから手をつないで」
「誰が繋ぐか!」
どうしてカリンはこうも距離が近いものか。ため息混じりに歩き出すキリノであった。
校舎に入ると、動物らしき下手くそな絵が添えられ、可愛らしい丸文字で書かれた案内がある。何色ものペンが使われていてカラフルだ。どうやら、それに従うと教室まで行けるようだ。カリンと一緒に、さすがに手は繋がず、やや急ぎ足で廊下を行く。
新校舎というだけはあり、建物は新しく綺麗だった。途中で通り過ぎる実習のための教室も、窓から中を覗くとピカピカの床や最新の器具らしきものが見え、国内唯一にして世界最大規模の魔法学校であることを改めて認識できる。
「キリノちゃん! ここ、ここ!」
カリンが元気よく指したのは廊下の先にある一室で、扉にまたあの虹色の文字が書かれた紙が貼られている。内容は『ここまでお疲れ様』だった。つまり、ここが目的地なんだろう。
中には既に4人の人間がいるらしく、空き席は2つ。カリンとキリノで最後、ということになる。
「さあ、早く行こうよ!」
「ちょっ、待っ……!」
カリンは扉の所までキリノの手を引いて駆けていく。そして勢いよく、そして躊躇なく扉を開け放った。大きな音がして、教室内の4人の視線は一斉にカリンに向けられた。その横からキリノも顔を出し、やりづらいながらも2人揃って教室に入る。
黒板には座席表が貼られ、軽く確認して自分の名前を見つけ、指示に従う。席順はカリンが左列の前の席で、キリノはその後ろであるらしい。途中、右列の最前列に座るジェナに手を振られ、小さく手を振り返した。
「これからもよろしくお願いしますわね、キリノさん」
2週間ぶりだが、ジェナの上品かつ裏のありそうな微笑みは変わらない。だがそれよりも、重たいゆえなのか、その持ち前の大きく育った胸が机にどんと乗っているのが気になり、つい見てしまった。相変わらずデカい、14歳のサイズではない。何を食べたらああなるのか。
席に座ると、隣、後ろ、斜め後ろのまだ面識のない特待クラスの面々の姿を確認する。
隣に座るのは、怠そうに頬杖をついているピンク髪の少女だ。ふわふわとウェーブのかかった髪は、動物の毛皮のようで、なんとなく顔を埋めたら気持ちよさそうに見える。そして、その特徴まで含めて、彼女もまたジェナと同じく前の世界の魔法少女とそっくりだった。
そんな彼女はキリノと目が合うと、眠たげな目を細めながらにへっと笑って口を開く。
「貴方がキリノちゃんです? カリンちゃんともジェナちゃんともお友達だっていう、あの」
「そうだけど……貴方は?」
「自分は『テュエラ・テンペスタ』って言います。巫女の末裔の残り1人、嵐の巫女ですねー。テュエラちゃんって呼んでくださいな」
テュエラは髪質だけでなく、声質もなんだかふわふわしている。ずっと聴いていたら、いつの間にか眠っていそうな喋り方だ。上品なジェナとは全く違う落ち着きがあり、カリンのような奴でなくてよかったと安心する。
「テュエラちゃん。よろしくね」
「こちらこそですよ」
テュエラとの握手には、キリノも快く応じた。その手に直に触れてわかるのは、のんびりとした態度だが、テュエラがカリンやジェナに負けない強い魔力を持っていること。実際、試験でのゴーレムの破壊には成功しているのだろう。さすがは巫女の一族、といったところか。
「お。さすがはお2人の友達だけあって、物怖じしないっていうか、旧王族とかあんま気にしないんですね。ありがたいなぁ、自分そういうの苦手なんで」
意識していたわけではないが、カリンは距離が近いし、ジェナとも友人、あるいは将来の共犯者として対等に接しようと決めている。その辺り、テュエラも特別に畏まられるのは嫌なようで、そこは3人揃って同じようだ。巫女の末裔だとか言っても、本人はただの年頃の少女だからだろう。
「まぁ、気楽に仲良くしましょうね。なんていうか、カリンちゃんは過干渉だし、ジェナちゃんは腹に一物抱えすぎだし。ゆるくが一番ですよ」
テュエラは面倒くさがりというか、のんびりしたいタイプのようだ。しかし、だからといって敵に回していい人材ではないと見た。彼女のことも要チェックである。
それじゃあ私寝るんで、と会話を切り上げると、テュエラは机に突っ伏し、数秒後にはもう寝息を立てていた。入眠が圧倒的に早い。
そのまま、その横顔を驚き混じりで眺めていると、ふと気がついた。ジェナほどではないが、テュエラも14歳としては大きすぎるくらい発育がいいことに。寝る子は育つというが、そこは関係あるのだろうか。それとも。
「……魔力のせいなのか?」
思わず呟いたが、直後にカリンと自分という反例を思いつき、魔法の強さと胸の大きさが関係している説はキリノの中では否定されたのだった。