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第2話『初めての友人』

 キリノが目を覚ましてから1ヶ月。

 肉体に病気の気配はなく、完全に健康体。ちゃんと両親だったあの男女に怪しまれることもなく、生活は不自由なく過ごすことができた。


 暦の概念は元の世界と変わらず、1ヶ月とは太陽が30回は昇って沈んでいく間を指す。その期間ずっと、キリノはこの世界のことを知ろうと、父の書斎に入り浸っていた。


 歴史書や図鑑など、ある程度は参考になりそうなものを中心に、色々と読み漁って勉強した。魔法の本は絵が動き、その動画の中身に飽きるまでは楽しく覚えられた。

 時折、霧の女王がなにをやらされているんだと思い手が止まる時もあったが、それでも最終目標である世界征服のことを思い出して、頭に詰め込み続けていった。まずは知識がなければできることもできないからだ。


 そんな生活が1週間も続いた頃、熱心に勉強に励む娘を見た父親は、とある話を教えてくれていた。それこそが、今のキリノにとっての次のチェックポイントとなっている。


「キリノ。キリノは、魔法のお勉強が好きなのかい?」

「はい、お父様」


 この娘──今の自分である『キリノ・ミストラーデ』は貴族の娘だ。礼儀正しくするのは、目が覚めてからの数日で覚えたことである。父は肯定する娘に、疑いの目など微塵もなく、学校のことを教えてくれた。


「なら……今から3週間後に、魔法学校に入学するための試験があるんだ。キリノは14歳だから、丁度入学できる。

 それに、きっとキリノなら良い魔法使いになれるよ。どうだ、やってみないか?」


 本の中にも書いてあった。この世界において、魔法使いとは魔法を用いて仕事をする職業の総称である。魔法の才能は生まれつき決まり、有能であれば国から直接雇われることもあるという。

 その魔法使いになるためには、この国の真ん中にあり、たくさんの人々が集う『カーム魔法学校』に入学し、4年の魔法教育を受ける必要がある。


 キリノ自身は学ばずとも、霧の女王なのだから、普段の魔法少女くらいなら蹴散らせる。だが部下にするのなら、強力な魔法使いである方が心強い。幹部格ともなれば、毎週繰り出すモンスターの生産や作戦行動もやってもらうことになる。

 それに学び舎であれば、より質のいい情報が手に入る。これを逃す手はない。


「はい、お父様! 私、魔法学校に入りたいです!」


 その時のキリノはとても元気よく答えたと思う。これだ、と思ったのを表情と声色に出してしまったのだ。娘が嬉しそうにしたのを見て父親も同じように思ったのか、後日彼は申請を済ませてくれたと報告してくれた。


 そして──今日。キリノはその魔法学校への入学試験が行われる現場にいる。受付を済ませて番号と名札を受け取ると、保護者とは別れて受験者の待合室に通された。


 さすがに受験者の数は多い。いくつもの教室を待合室にしているようだが、こっちの世界に来てから初めて見る人の数だ。

 魔法使いになるためにはこの試験を受けなければならない。よって、代々魔法使いを輩出する貴族から、成り上がりを狙う平民まで、非常に多くの人々がここに訪れる。これだけたくさんの魔法使い志望がいるのも、当然のことなんだろう。


 待合室では、それぞれ机に受験番号が割り当てられており、その席で待てばいいようだ。キリノはその番号に従って、7つめの教室に入ろうとする。その入口付近には一際大きな団子になっている人々がおり、掻き分けなければ中に入れない。面倒だが仕方ないと、小さな隙間をすり抜けて席まで行こうとした。

 団子は何やら野次馬の群れであるようで、抜けた先では、キリノの番号が書かれた空席の隣で、優雅に佇む少女の姿があった。


 麗しい黒の長髪がたなびき、整った顔立ちには冷たい金の双眸が静かに輝き、何より同年代とは思えないほど大きく育った胸が目を引く。

 野次馬たちはその美貌と明らかに大きい胸に視線を吸われているらしく、彼女を褒めそやす言葉が方々から聴こえてくる。


 有名人なのだろうか。なんとなくその顔と体型には見覚えがある気がすると思いつつ、とりあえず自分の席なのでその隣に座る。野次馬の中から羨ましそうな声がいくつか上がるが、キリノは気にせずふぅ、とため息をつく。


「あら、気にしないんですね。意味もなくこんなに人の注目を集めている者の隣、嫌でしょうに」


 それを聞いてか、隣の美少女が話しかけてくる。キリノのことを物珍しがっているらしい。確かに、周囲の席もほぼ空席であり、多くは野次馬に混じって談笑しているようである。


「なぜこんなに人が?」

「……私が旧王族だからでしょう。今年は私たち、巫女の末裔が入学する年ですから。一目見ておきたいという人間は多いでしょうね」


 旧王族、巫女の末裔。それらのワードには、キリノが本で得た知識の中に該当するものがある。

 現在、この国は3つの国家が合併して誕生して以来は議会制を採っているが、それまでは三国ともに王制だった。王家はそれぞれ神話に語られる存在である太陽、月、嵐の巫女の末裔とされ、代々強力な魔法使いとなっているとか。

 今年は彼女も含め、3名の旧王族が一挙に受験するという話を、父から少し聞いていた。隣の席になるとは思っていなかったが。


 理由に納得したキリノに、少女は続ける。


「せっかく隣になったのです。少し話していましょうか。野次馬たちも羨ましがるはずですから」


 わざわざ羨ましがらせる意味はわからないが、キリノも時間は潰せた方がいい。世界征服を企む者として、かつての王族とは手を組む道も有り得るだろうし。


「お名前は?」

「キリノ。キリノ・ミストラーデです」


 彼女は覚えようと何度か反復した後、改めて名乗り返してくれる。


「私は『ジェナ・N・ルナライト』。ふふ、お互い頑張りましょうね、キリノさん」


 その芯の強い声まで、どこかで聞いた覚えがあるものだった。しかもそれでキリノの名を呼ばれるのはむず痒い。


「……まさかな」


 そんなむず痒さから考えて、ようやく、ジェナの容姿や声が、かつての世界で敵対していた魔法少女の1人と似ているのだと気がついた。フレアの友人の、確かあいつも月の巫女と名乗りの口上で叫んでいた気がする。


 まさか、魔法少女どもも、キリノと同様の状況にあるのか。最悪の可能性を考えて一気に警戒心を強め、恐る恐る訊ねてみた。


「あの。ネビュリムって言葉、聞いたことありますか?」

「ネビュ……リム? いえ、初めて聴く言葉ですが……どうかしたのですか」


 魔法少女なら、宿敵である霧状生命体の名を、ましてやその女王たるキリノの顔を忘れるはずはない。ジェナは他人の空似なのか。過剰な警戒もよくないと、すぐに取り繕った。


「いえ、なんでもありません」

「そうですか。それなら、深くは聞きませんよ」


 変な予感のせいで、何か腹に抱えている相手だと見られている。実際ここで大声で言えない事情はある。踏み込んでこられるよりもやりやすいか。


「ですが、深くない部分は聞かせてほしいですね。例えば……将来の夢、とか。ここに入った理由、あるでしょう?」


 さて、どう答えるべきか。建前を用意すべきか考えて、入学できる年齢の14歳ならばまだ空想の話で許されるだろうと判断し、いっそのこと隠し立てしないことにする。


「世界征服」


 それだけを言い放った後に、小さくなんてねと付け足した。ジェナは一瞬だけ目を丸くして、それから愉快そうな笑顔を見せてくれた。


「へぇ……世界。世界、ですか。ふふ、ふふふっ、大きく出ましたね。魔法使いどころではなく、もっと先を見ていると」


 ──いや。笑い声をあげていても、目が笑っていない。その瞳はキリノの品定めするように見つめ、一時も逸らされない。

 それはキリノも同じだった。その瞳が本気であったことは、彼女が察しのいい人間なら気がついているだろう。


「いいじゃないですか、世界征服。ふふ、ぜひ私にも手伝わせてくださいね。私も今の統一国家を作り直して、世界で一番の女王様になるのが夢なんです」


 彼女もまた、己の夢をさらりと口にした。旧王族の復興は世界征服に比べれば現実的かもしれないが、それはつまり今ある仕組みを壊すということ。14歳の少女が抱くには、過激と言える。


 それはキリノからしてみれば魅力だった。野望は強い方がいい。互いに利用してやると思っているくらいが、きっと丁度いいのだ。


「仲良くなれそうかもですね、私たち」

「ふふっ、かもしれませんね。せっかくですし、友好の証に握手でもしておきましょうか」


 ジェナからの提案に頷き、素直に手を差し出した。ジェナもわざわざ着けていた手袋を外し、直接での握手を選んでくれた。

 触れた手は温かく、しかし互いを見る目は、腹の中に抱えた一物を見通すように交わされる。


「では、キリノさんと呼ばせていただきますね。貴方も、敬語でなくとも構いませんよ。いずれ、世界の支配者と絶対の女王になる間柄ですからね」


 ──かくして、キリノ・ミストラーデには、初めての同世代の友人ができたのであった。

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