第26話『元気づけたくて』
イルミナでの一件から数日。シルト・ヴォルカッシュという少女の変貌した災害獣によって、カーム魔法学校は対応に追われた。救助及び事後処理に職員のみならず一般生徒も授業の一環として駆り出され、現場で災害獣の後処理をやらされているらしい。
らしい、というのは、キリノたちはそこには含まれていなかったがゆえ、伝聞でしかなかったからだ。
国民のほとんどが災害獣の脅威により倒れ、死者こそほとんど出なかったものの、肉体及び精神に後遺症の残る者も多くいた。魔法使いであってももろに影響を受けた者は安静を言いつけられており、シエルカも休暇ということで、特待クラスは学級まるごとお休みであったのだ。
そのうえで、キリノとクラウディアに関しては、検査の結果も異常なしということで、普通に休暇が与えられた、というのが今の状況だった。
寮の3号室にて、起床したキリノは寝ぼけまなこを擦りながら起き上がり、大きく伸びをした。時計を見たところ、普段より数時間ほど遅い起床時刻だ。クラウディアに起こしてもらっていないからだろうか。それから支度をすべく部屋を移動しようとすると、机に突っ伏してなにかぶつぶつ言っているクラウディアを見つける。
「……どうしたんだ、クラウディア」
「んひゃあ!? キリノさん!? おっ、おはようございます……」
「お、おう。おはよう。どうかしたのか?」
「な、なんでもないです。なにかあったとしても、キリノさんに迷惑はかけないようにしますから」
「いや、それは頼ってくれていいんだが」
最近のクラウディアには、悩み事があるのだろうか。人目のある場所では普段通りに振舞おうとしているが、誰も見ていないところではさっきもしていたように頭を抱えているのを、昨日も見かけたことがある。
「むしろ今の状況だ。些細なことでも不安なら共有しておいた方が得かもしれないぞ。動ける魔法使いも、私とクラウディアだけだからな」
カリン、テュエラ、ネージュは自室で絶対安静となっている。無理をすれば回復しかけている魔力が悪化する可能性が高いという。
ジェナは肉体こそ健康だったが、休日の初めに出かけて以来、見かけない。テュエラ曰く、物憂げなこと以外は健康に見えたし、書置きには一般クラスに混じって授業に参加するとあったようだが、姿を見せないのは不安でならない。
そして担任のシエルカも休養中だ。オーロラ先生の話によると、さすがのシエルカもかなり疲れたらしく、ほぼ一日中寝ているとか。ついでに時折なにかを閃いた途端に仕事に戻ろうとするとのことで、その度オーロラに止められているそうだ。
ともあれ、現状特待クラスの関係者で、魔法学校になにか起きた際に対処できるのはこの3号室の住人だけなのだ。
「い、いえ、本当になんでもなくて……キリノさんには関係ないことなんです」
その一点張りのクラウディアに、さすがに追及しても意味は無いとキリノも諦める。が、その時、慌てて立ち上がろうとしたクラウディアは、机の上にあった手紙らしき紙を落としてしまった。キリノがそれを先に拾い上げ、差出人をちらりと確認する。
「シスター・リッカ……確か、クラウディアの育ての親の」
「あっ、は、はい。私を孤児院に引き取って、育ててくれた……私のお母さんです」
その母親から手紙が届いて、何を頭を抱えることがあるのだろう。ジェナのように跡継ぎの話も、彼女にはないだろうし。首を傾げながらもクラウディアに手紙を返し、深深と頭を下げられた。
とはいえ、プライベートを詮索するのも良くないと、代わりにある提案をする。
「なあ、クラウディア。気分転換に買い物でも付き合ってくれないか。何か浮かんでくるかもしれないぞ」
「いいんですか……? 嬉しい、ですけど」
「じゃあ、決まりだな」
キリノは手早く支度を済ませると、半ば強引にクラウディアを連れ出し、街に出る。イルミナの一件もあって、魔法学校周辺も普段より活気がなかった。2人並んで歩きながら、行き先を考える。連れ出したのはいいが、完全にノープランだった。
「クラウディア、どこに行きたい?」
「えと、キリノさんは用事があるんじゃ?」
「別に、これといったものがあるわけでもない。目的なしで見て回る、というのも楽しいからな」
それっぽいことを言って彼女の返答を待つ。といっても、誘ったのはこちら側で、彼女も特にこれといった用事があるわけでもないか。
「あ。そうでした、あの、歯磨き粉を買い足したくて」
「あぁ……確かになくなってたな」
結局最初に足を運んだのは生活雑貨のお店だった。ここには寮生活に欠かせないものが揃っていて、いつも重宝させてもらっている。さすがに魔法具の専門店には負けるものの、生活に地味ながら役立つ魔法具も並んでいるため、見ていて面白いのも特徴だ。
「寝てる間に肩こりを治す枕の魔法具か……人間、やはり魔法があっても肩こりは大敵なんだな」
「テュエラさんが使ってるって言ってました。効果はなかなかみたいです。えっと、ジェナさんにプレゼントするとかどうでしょう」
「あぁ。私より明らかに肩こりの原因になるものがついてるからな、胸に……」
「えっ、あっ、た、確かに」
クラウディア的には、落ち込んでいる彼女を励ます、くらいの意味合いだったのだろう。キリノが吐いた冗談には素直に納得され、そこで会話は終わった。結局枕は購入せず、会計してきますねの一言の後、クラウディアは離れていった。会計が終わるまで、キリノは周囲の魔法雑貨を適当に眺めつつ、彼女との接し方を考える。やはり詮索せずに吹っ切れてもらうのが最善だが、そう上手くいかない。キリノには気の利いたジョークは言えないし。
クラウディアが買い物を終えて戻ってきて、合流したら次の店に出発する。キリノが2人して朝食がまだだったことを思い出し、それを提案すると、屋台探しに再び歩き出す。するとその最中、向こうから口を開いた。
「その、ジェナさんの話をして思い出したんですが……ジェナさん、大丈夫なんでしょうか。何があったんですか?」
「あいつ、シルトが無辜の民を肉盾に使ってな。盾にされた子供を刺してしまったんだ。悪いのは勿論シルトだが……自分のせいだと気に病むのも、彼女なら無理もない。寮を留守にしているのも、現場に手伝いにでも行っているのだろう。テュエラが言っていた」
キリノから見ると、ジェナは理想家であり、誠実なジェナであろうとしているように見える。例え自己満足でしかないと理解していても、罪滅ぼししなければ気が済まないのか。あるべきと定めた自分であろうとすることは、わからなくもないが。いつか心の整理をつけてくるのだろうか。いくらでも首を傾げてしまう以上、この思考はきっと無為だが、クラウディアはそこに生まれた沈黙に吐き捨てた。
「……だとしたら、すごいなあ、ジェナさん」
それは心の底からの羨望だった。いや、それだけじゃない。クラウディアの浮かべた微笑みは、諦めの笑みだった。
「クラウディア……」
「私は……自分のせいだって思っても、何かしたいって決めても、足がすくんで……何も出来ないんです。イルミナの時もそうでした。だから、皆さんが羨ましくて」
そう言ったって、クラウディアは充分活躍している。そう言おうとして息を吸い込んだ。その瞬間、出かけた言葉を遮って、クラウディアはいつも通りの、優しく弱々しい笑顔を向けた。
「あっ、サンドイッチのお店がありますよ。オーロラ先生がオススメしてたような……そうだ、キリノさんさえよければ、朝食にしませんか?」
「あ、あぁ、そうだな」
彼女が無理をしているようには見えなかった。やっと話してくれただけで、彼女は普段から消え入りそうな心で過ごしているんだろう。続けてかける言葉を見つけられないまま、クラウディアに連れられるまま屋台でサンドイッチを選ぶ。
イルミナ名物とは違って常識的に美味しそうなメニューが並んでおり、キリノは野菜メインを選び、クラウディアは意外にもカツサンドを選んだ。料理はすぐに提供され、2人で屋台周辺の野外席に向かい合って座った。
サンドイッチは瑞々しく美味しかったし、クラウディアも美味しそうに食べていた。けれど、心配が加速していたキリノの舌では細かい味までわからなくて、気がついたらサンドイッチはなくなっていた。その間クラウディアと話すことはなく、互いに美味しいと感想をこぼす程度だった。明確に話しかけたのは、遠くに魔法学校へと向かう魔力車の行列が見えた時だった。
「あっ、誰かいらっしゃったのかな……?」
「……確か、イルミナの支援に授業として一般クラスを行かせてるって話だったが、泊まり込みだったのか。成績優秀者優先って話だし、ジェナも乗り合わせてるのかもな。昨日は帰ってないと、夜中テュエラが言っていた」
「一般クラスの……成績優秀者」
繰り返して確かめられた言葉。キリノが首を傾げて彼女を見ていると、再びふと口を開く。
「せっかくのお休みですから……ジェナさんのお出迎え、しませんか?」
勝手に気まずくなっているキリノは、頷き、彼女についていくしかなかった。




