第25話『獣の節(ただいま準備中)』
嫌な夢を見た。囮の作戦が妨害されることまで読んで相手を嘲り、追い詰め、完全に勝利を確信したところまで行ったのに、強引に突破されて敗北する夢だ。百年封印されて、しかも人を幸せにしなければならないとか言われて、必死に方法を考えて頑張ったのに。努力が報われない、最悪の夢だった。
ん? 本当に夢なのか、それ?
自分に問いかける。自分は……妾は、もしかして現実としてホントのホントに負けたのでは? 夢の中からふわりと浮き上がるような感覚とともに、現実へと呼び戻されていく。今まで見ていた残影が消えて、全身の痛みを思い出して、目を開いて、そして跳ね起きた。
「ぶっはぁ! なんじゃ、今の悪夢は!? 妾生きとるか!?」
妾、シルト・ヴォルカッシュは慌てて自分の姿を確認した。本性たる災害獣の体ではなく、人間に擬態している時の姿だった。その上で、四肢はちゃんとある。感覚もある。胸……が小さいのと、あと布地が少ないのはいつも通りのことだ。周囲を見回し、状況を確認。どうやらここは知らない部屋で、シルトはベッドで眠っていたらしい。
「あ。やっと起きた」
「……! お主は……マグネスト・カレリン!」
極彩色の服に身を包んだ小柄な少女。麗しい金の髪は切りそろえられており、頭頂部にぴょこんと跳ねてアンテナめいたくせっ毛がある。琥珀色の瞳は爛々と輝き、恐ろしいまで光に満ちている。そんな彼女とシルトは元々顔見知りであり、なぜ彼女の部屋にいるのかわからないが、どうやら世話になっていたらしい。
「うん、マグネだよ。おはよう、闇の子」
「……念の為確認したいんじゃが、妾、眠る前何しとった?」
「派手に爆散して、死ぬ直前だったよ」
「あー、夢じゃなかったんじゃな、本当に」
「ボクが助けなかったらもちろん死んでた」
「うむ……まさに命の恩人。感謝感激雨あられというやつじゃな」
どうやらマグネのおかげで命拾いしたらしい。感謝を示しても、首を傾げて微笑むだけでなにも返ってこないが、これはマグネにはよくあることだ。こういう顔をする時は、言葉の意味がわからなかった時だ。説明も面倒なので、そのままにしてベッドから起き上がる。しかし体は重く、脚で支えきれずによろめいた。マグネに支えられてなんとかベッドに座らされる。
「むぅ……満足に動ける状態ではないらしいな」
「獣体を出すのは当分無理、どころかまだまだ1人で歩くのもままならないと思うな」
「お主の言う通りじゃろう。ぐぬぬ、この妾がこのようなことになるとは」
シルトを倒したあのキリノとかいう魔法使い。彼女が憎らしいかと言われれば、そうでもない。やられたことは最悪だが、むしろシルトを突破したことは賞賛に値する。ただし、災害獣としての本能、人類を害さなければならぬという使命感は、常にシルトを付き纏っている。ただでさえ百年耐えたのに、また耐えないといけないとは。そちらの方が、シルトにとっては半ば怒りの的だった。
「して。マグネお主、なぜ妾を助けたのじゃ?」
災害獣同士は特に仲間意識みたいなものはない。利害の一致している、友人1歩手前の顔見知り、程度の関係だ。わざわざ命を助けられるとは、まるで思っていなかった。するとその疑問に、マグネは微笑んで首を傾げた。
「わからない。気まぐれ、というものなのかな。激甚災害獣が敗北するというのも初めてのことだし、闇の子の気持ちが知りたかったのかもしれないね」
他人事のように話すマグネ。やりにくい奴だ。
「……発生して6年の幼児ゆえか。自分のことくらい、確信を持たぬか」
「ボクのことを一番知りたいのはきっとボクだよ。闇の子の言う通りボクは発生して6年しか経っていない。だから、年を重ねた闇の子のようにはいかないよ」
「お、お主、まるで妾が年増みたいな言い方をするでないわ!」
こうして冗談を交えても、マグネが浮かべるのはアルカイックスマイルだけ。悪意で煽るにしても、友人として接するにしても、非人間的なのがやりにくい。話はすぐに途切れてしまうものの、気まずく思っているのもシルトの方だけなのだ。とにかく、話題を振ってみる。
「マグネよ、お主はこれからどうするのじゃ」
「ボクは霧の子を観察しに行こうと思ってるよ。ついでに少し、脅かしてもいいね」
「いいのか? 魔法学校側に存在を明かすことになるぞ」
「いずれにしたって、闇の子は人間から災害獣に変身するところを見せたんだろう。それなら他の個体の警戒もしている。ボクがいると知られても大差はないさ。それに」
「それに?」
「史上最大の獣の節。楽園に至る第一章、だっけ? もう、始まってるんだろう。あ、闇の子は負けたから、次は第二章かな」
「ぐっ! 痛いところばかり突くな! お主は!」
ベッドの上で喚くシルトをよそに、マグネはふらりと立ち上がり、背を向ける。もう出発するらしい。思い立ったが吉日というわけか……と言っても、彼女は首を傾げるだけだろうから、言わずに見送る。
「またね、闇の子」
「う、うむ」
あれ? もしかして、妾は放置? ひとりだと歩くのもままならないんだが?
己と同種の人外かつ、非人間的な性格の相手に、その辺り配慮を求めるのも無意味なことだった。シルトが気がついたのは、マグネが家を後にしてからだった。
「……しかし、キリノとやらも可哀想じゃな。次に襲ってくるのが『光』とは。妾の慈悲を拒絶したこと、さぞかし後悔するだろうよ」
シルトはひとり乾いた笑いを浮かべ、己を負かした相手の不運に同情しているのだった。
◇
災害獣、それも災数7という最強クラスのものが襲来し、イルミナは危うく壊滅するところだった。攻撃されて壊滅か、暗雲と魔力干渉による衰弱で民が死に絶えるか、イルミナを放棄するか……いずれも最悪の未来だったが、魔法学校の生徒が倒してくれたことにより、爪痕は大きいながらも平和は戻っていた。
そんな中、ここからどうすればイルミナに活気を取り戻すのか、当代の巫女は頭を悩ませている。後遺症の残った者も多く、その報告から、災害獣により怪我を負った義娘カリンのことが心配でならないのかもしれない。
ミドナ・サンシャインは物陰から彼女を見つめつつ、聞こえないようにため息をついた。
「気が滅入るのも当然よね。街のこと、カリンのこと……何よりあいつの襲撃から、毎日死人の数が増えてるんだから」
報告される死者数は増え続けている。街を焼き払われるのに比べれば無論マシな部類で、前代未聞の災数7相手とすれば上々の結果と言えるだろうが、それでも死者が出ていることに変わりはない。しかも、その死因はシルトの魔力にあてられたことによる衰弱死がほとんどだ。ある日突然のしかかるには、重すぎる事実だろう。
「それが災害獣ってものなんでしょうけど……」
「あら、ミドナ。来ていたんですか」
「え、えぇ。別に用事があったわけじゃないのだけれど」
ひとり吐き捨てていたはずが、こちらに気づかれてしまった。ミドナは仕方なく母の前に出ていき、適当にごまかした。
「私は嬉しいですよ。いつも自分の部屋に籠ってばかりいたミドナが、こうして自ら出てきてくれるようになって」
「……気が変わったのよ。あいつの顔を見たせいかしらね」
カリンが他の特待クラスの者を連れて戻ってきて、初めてミドナも動き出した。元々彼女らを深く関わらせる気はなかったのに。やはりどうしても、ミドナはカリンを気にかけてしまうらしい。もっとも、外に出ないことを選んだのも、カリンのせいだったのだが。




