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第24話『悪の女王の託された光』

 カリンたちの魔力を受け取ったキリノ。元が彼女らと相容れないネビュリムである以上、あの時のシャイニーフレアのように劇的なパワーアップとはいかない。それでも、立ち込める闇の嫌な気配を打ち消し、体が軽くなる効能はあった。

 外に出ると、相変わらず上空に奴が浮かんでいる。砲台である花状の器官は、さすがに再生させるのも消費が大きいのか、まだ花弁が開いていない。開き切る前に勝負をつけなければ、むしろ街の被害の方が甚大になる。短期決戦を心に決めて、キリノは息を整えた。


「同じ夢を持つ獣め。その夢、私が砕いてやる」


 大地を蹴って、魔霧が脈動する。真っ直ぐ上へと飛び出し、目指すはシルト本体、一直線だ。迎撃に触手が押し寄せるのを、手元に作り上げた魔霧の剣で薙ぎ払い、空を自在に飛び回りながら、本体へと距離を詰めていく。


「なんじゃ、今度はお主か。わざわざ飛んでご苦労じゃのう」


 シルトの声がする。が、返事をする暇はない。触手の間をすり抜け、抜けられなければ切り裂いて道を作り、先へ進み続ける。そして1つ目の蕾に辿り着くと、キリノは手にした剣に魔力を溜めて、花の萼に剣先を突き立てる。突き刺したまま、魔霧の結集により剣を変形させ、より深く突き刺し、抉り取るように蕾をシルトから引き剥がしていく。得体の知れない黒い液体が垂れ、シルトは象の鳴き声に似た重低音を響かせながら喚く。


「っ、ぐ、このっ、痛いじゃろうが! それ生やすの大変なんじゃぞ!」

「それはいいことを聞いたな。残りも引きちぎらせてもらう」


 巨大な蕾が重力に負け、傷口が裂けていき、ついに千切れる。その時にはもうキリノは次の蕾まで飛び出しており、シルトの体表を駆けていく。その最中、突如として開いた孔から正体不明の粘液が吐き出される。キリノへの攻撃なのか。霧の壁で絡め取ってやり過ごし、向かってきた触手に逆にぶつけてやる。粘液を被った触手はみるみるうちに音を立てて溶けていき、キリノは咄嗟に防御してよかったと思った。

 やがて次の目標である第二の蕾まで到着し、すぐさま剣を突き立てる。必死に止めようとするシルトの攻撃の波を捌きながら、蕾の根本を切り裂くのだ。


「ぁぐっ、ぁあああっ! や、やめっ、この、お主! その魔力の質からして……『こちら側』であろう!? 妾を見て発狂していないことが何よりの証拠じゃ! そのお主がなぜ妾を攻撃し、人間に肩入れするのじゃ!?」

「……さあな。ただ、お前の方が私の世界征服の邪魔だっただけだ」


 順調に切断は進み、2つ目の蕾が地面に落ちていく。その巨大さゆえに家屋への被害や自律して動き出すことも考えられるため、キリノは念の為ネビュリウム光線により着地前に焼き尽くしておく。その光景にシルトは悔しそうな声を出しながら、激しく触手と闇を向かわせてくる。


「世界征服、ほう、征服か。滅ぼされては統治できないと? 出自より異なるお主が、この愚かな者どもが欲しいと言うのか」


 人間を支配したいのか、という問いだ。キリノは迫り来る闇に剣を振るいながら答える。


「違う。人間を支配下に置いてなんになるんだ。私はただ、同胞のために」

「同胞? はっ、まさか、存在するかもわからぬ幻想のために戦っているのではあるまいな」

「……何?」


 言葉を交わす意味はない。こいつは弱みを探しているだけだ。そうとわかっていても、それは聞き捨てならなかった。


「人間に化けていたのが大半とはいえ、妾も数百年を生きる者。じゃがお主のようなヒトならざる魔力を持つものは、災害獣の他には知らぬ。この世界にはないものじゃろうな」

「……そうかもな。だが、私は散っていった彼らのために、女王として」

「無意味な言い訳じゃな。もっと素直に、単純に。本能ゆえに滅ぼしたいだとか、動機などその程度でいいというのに」

「災害獣と……ケモノと同じにするな。私はネビュリム、魔霧に生きる者だ」


 より強くなるシルトの攻勢に、剣1本では足りず、魔霧による自動迎撃や障壁を用いて食らいついていく。


「ネビュリム……ねぇ。この世界にそんな者どもはおらぬ。はてさて、お主は一体なんのために戦っているというのじゃ」

「っ……!」


 キリノは言葉に詰まり、一瞬だが、動きが止まった。彼女の言葉に筋が通っているかどうかではない。最悪なのは、心の隙をシルトに見せてしまったことだ。その一瞬のうちに、シルトは体表に小さな花を咲かせ、同時に花粉を浴びせかけてくる。霧の魔力が乱される。あの温室で育てられていた、人に幻覚を見せる花だ。それを理解していても、視界に人影が映る。


「女王様!」


 その姿は魔法少女との戦いの中で失った同胞のものだった。いるはずがないと否定し、剣を振るって幻覚を断ち切ろうとする。それでも消えない影に、刃は空を切り、彼らのかつての声がキリノの脳裏を埋め尽くす。


「ぐっ、うぅ……! やめろ、私に、見せるな……ッ」

「くひひっ! さあ、どうだ? 妾ならいくらでも、この花を咲かせてやることができるぞ? お主も導かれたくないのか?」

「だ、誰が、お前なんかに……!」


 無理やりにでも魔霧を展開・結集し、最大出力の光線を叩きこもうと動くキリノ。しかし、その手元に溜めたはずの魔力は、突如として霧散し、キリノにまとわりついて締め上げてくる。


「なっ……私の霧が……!?」

「やはりな。その霧と妾の闇は本質では同じ。お主が弱っていれば、簡単に主導権を奪えるというものよ」

「くそっ、お前、どこまで……ッ!」


 体から力が抜けていく。体の安定に割いていた魔力が消え、重力がキリノを地面に引きずっていく。ふらりとよろめいて、それを最後に闇の拘束がほどけ、キリノは空中に投げ出された。そのまま、ただただ落ちていく。この人間の体では、衝撃に耐えられるはずもない。力を使える魔霧はもはやゼロに等しい。こんなところで終わるのか──そう思った時、体の奥底から、暖かいものを感じる。


『まだ終わってないよ、キリノちゃん』


 あいつの声が、聞こえた気がした。これもまたシルトの花が見せる幻覚だったかもしれない。それでも、その時、キリノは思い出した。己が受け取った魔力を。今の自分は、魔霧であるだけではないこと。キリノ・ミストラーデのその体を、沸き上がった太陽の魔力がふわりと支え、それが再び空へと向かう助けとなる。呼吸を整え、テュエラとクラウディアのくれた風を頼りに、幻覚を振り切り加速してゆく。支えてくれる彼女の力で一矢報いるべく、拳に太陽の輝きを溜めながら。


「ほう……霧の魔力は奪ったはずが、わざわざ戻ってくるとはな」


 一気に降り注ぐ触手の雨。回避は必要ない。身にまとった障壁が、その群れを突き破ってキリノを連れていく。そして辿り着いた先、巨体の膨れ上がった本体に拳を届かせ、闇を打ち消す輝きを叩き込む。キリノが放った拳が突き刺さり、衝撃波とともにシルトの全身を脈打たせ、触手器官を吹き飛ばした。


「がッ……ぁ、な、これ、は……!?」

「フレイムスター・ミストブラスト……ってところか」

「技名など聞いておらぬわ……!」


 シルトが更なる攻撃態勢に入ろうとするが、既に遅い。キリノの手元には既に止めの一撃があった。皆から受け取った力を、取り戻した魔霧とシエルカに貰った虹で束ね、一筋の閃光とする。無論、拳を放った直後がゆえ、シルトとの距離はゼロ。咄嗟に咲かせた花や破裂した肉泡からの粘液が反撃に使われようと、キリノの手から放たれる輝きの前には無意味であった。


「そしてこっちが、レインボー・ネビュリウム光線だ──!」


 炸裂する光。貫かれる闇。シルトの肉体を貫通した光線は、上空を埋めつくしていた暗雲を吹き飛ばしながら、空の彼方まで伸びていった。そして虹色はシルトの内部を駆け巡り、彼女の災害獣としての肉体を破壊。噴き出す体液さえ蒸発させられながら、何度も爆発を繰り返し、そのシルエットは小さくなってゆく。


「おのれ……妾のっ、百年待った災害がっ……こんなところでッ……!」

「悪いな。世界を征服するのは私だ」

「いっ、嫌じゃあ……妾は……妾はぁ……ぐっ、あ、ぁああああっ!!!」


 最後に巻き起こる一際大きな爆発。かくして闇の災害獣は砕け散り、太陽の街を覆ったものはついに晴らされるのだった。キリノはその光景を見上げながら、重力に体を預け、再び落ちていく中、深くため息をつく。これでようやくひと仕事終わったわけだ。さて、そろそろ霧を再起動させて、着地に備えようか、なんて思った時、ふわりと自分を誰かが受け止めたのを感じた。


「キリノちゃん、ナイスファイト!」

「カリン……もう動いて大丈夫なのか」

「うん、元気だよ。災害獣が倒されたおかげだと思う」


 抱きかかえられたまま彼女の顔を見上げると、その後ろには晴れあがった空が見える。まさに輝くばかりの笑顔。病み上がりには見えず、つられてキリノの頬も緩む。


「あぁ。そいつはよかった。とにかくこれで」

「あっ、ちょっと待って。鼻血出ちゃった」

「……やっぱり無理してたんだろうが。ほら、私のハンカチ貸してやる」

「えへへ、ありがと。でも、キリノちゃんが成し遂げて帰ってくる時は、一番に出迎えたかったし」

「はぁ。お前、私のこと好きなのか?」

「大好きだよ! もちろん!」


 やっぱりこいつには敵わないのかもしれない。誰よりもカリンの存在を思い出せたことが助けになったとは、口が裂けても言えないな。

 キリノはカリンの腕から降りて、彼女と再び並び立つと、遠くから駆け寄ってくるのが見えるクラスの皆の姿を見つけた。彼女らに向かって手を振るカリンにつられて、キリノも手を振って、仲間たちの下に帰るのだった。

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