第23話『遠征授業・激甚災害獣』
戦いを終えたばかりだったシエルカたちの耳にも、警報は届いていた。街中がパニックになる中、現れた異形の巨体。その姿を見上げ、しかし見上げただけだというのに、少女たちを俺は嘔吐や目眩が襲う。
激甚災害獣。今まで聞いたことも無い警報と圧倒的な体躯を前に、シエルカでさえ動揺していた。ましてや、他の特待クラスの少女たちであればなおさらだ。そして現れた、あの上空の巨大物体。そこから響く少女の声。知性を持ったあの規模の生命体と遭遇したことに、誰もが驚きを隠せない。
「ぐっ、これ、やば……っ!」
「み、皆さん、大丈夫ですか?」
突然の体の異変によろめいた級友を、咄嗟に支えるクラウディア。特にテュエラとネージュは影響を強く受けており、ネージュはどうにか氷の槍を杖にして立ち、テュエラはクラウディアの肩を借りてようやっとだ。
そんな中で、かつ災害獣と戦ったばかりの体でありながら、カリンはいつもの戦いと変わらぬ勇壮な顔で、優しくテュエラの手を握った。
「お願い。飛行魔法を私にかけて。あれ、倒してくるから」
「なっ、さ、さすがにカリンさんでもあんなの……!」
「私じゃなかったら誰が止めに行くの」
戸惑うクラウディアに、毅然と言い放つカリン。勇気よりも、この世界に唯一放り出された魔法少女としての使命感、そして育った街を脅かす災害への怒りが強かった。それ以上引き止められず、テュエラも歯を食い縛る。
「……わかりました。でも、死にそうな真似だけはやめてくださいね」
「えっ、そ、そんな……本当にいいんですか?」
「できるかぎりの援護はします。今はこのザマですが……この魔力干渉さえ対策出来れば、自分たちも迎えるはずです」
「ありがとう。みんなも頑張って」
微笑んだカリンの額には、わずかに汗が滲んでいた。あの災害獣の自律神経を乱す魔力の影響が、彼女にも例外なく及んでいることに、今更気がついた。それでもクラウディアが声に出せないうちに、テュエラの操る風が巻き上がり、カリンは空へと舞い上がる。
「っ……そうだよな。生徒がこんなに頑張ってるのに、私が黙ってる訳にはいかないよね」
後に続き、己の飛行魔法で上空を目指すシエルカ。一度晴れたはずの不安が、再び暗雲のように己の中に立ち込めるのを感じ、見送るクラウディアは思わず、勇猛にも災害獣へと向かう2人から目を逸らす。
「……細かい操縦、任せていいです?」
「あっ、えっ、はい! テュエラさんも無理せずに……です」
飛行魔法の行使をテュエラだけに任せて、自分はただなにもせずに不安でいるということが、急に罪深いように思えた。けど空を見上げている間は後悔している余裕なんてなくて、迫り来る触手をカリンに避けさせ続けるため、頭の中は魔法の演算でいっぱいだった。カリンはテュエラたちのことを信頼し、身を預けている。闇を突っ切り、光が2つ飛んでゆくのを見つめ、やがてそれが上空の巨体に迫る時、クラウディアは必死で祈る。どうか、カリンとシエルカが、この暗雲を打ち払ってくれますようにと。
「ほう。ぬしらがまさか、妾の用意した囮たちを殺してくれた魔法使いか? いいぞ、少しは相手してやろう」
それを嘲笑うかのように、災害獣はその下部に突き出た突起を、ゆっくりと開かせてゆく。禁忌の蕾が花開いてゆく。奇怪な色で絶えずぼこぼこと沸騰するその雌蕊は、周囲から暗黒の魔力を集め、2人を迎撃する光線とする。キリノが放つ必殺の光線を思い出させるその暗い輝きは、抵抗する虹色と赤色と拮抗し始める。カリンもシエルカも、魔法の拳を叩きつけて、必死に押し返そうとするが、それ以上は届かない。そのうえでシルトの繰り出す触手はさらに押し寄せてきて、2人を捕まえようと迫ってくる。
「このっ……! 展開、『緑』! ごめんカリンちゃん、任せた!」
「はい!」
ここでシエルカが離脱。少し押し戻されたカリンだが、飲み込まれることはなく耐え抜いた。そしてその体に緑の光を纏うシエルカは、その手に鎌状の魔力の武器を作り出し、触手たちを切り裂きカリンを守る。触手は無尽蔵かのごとく押し寄せるものの、シエルカはどうにか攻撃を続け、カリンの元へ辿りついたものはなかった。
だが、防ぎきれてもそれが精一杯。攻めに出られない。ネージュやテュエラもあの場所にいたら、あるいはクラウディアがカリンやシエルカのように強い魔法使いだったなら。現実と異なる仮定ばかり脳裏に浮かび、そして消えていく。どうしよう。どうしたら、カリンは、シエルカは、あれを倒せるのか。
その瞬間、ふわりと髪を靡かせ現れたのは、小さな影。抱えていたジェナをクラウディアたちの近くに下ろすと、すぐさま振り返り、上空を見据える。キリノだ。
「……悪い。なにがあったかは後で話す。まずは奴をどうにかする」
そうとだけ告げると、キリノは駆け出し、すぐにその姿は見えなくなっていった。残されたジェナは下を向くばかりで、クラウディアはなにもわからないまま、やはり祈るしかできないままだった。
しかし、キリノが去った理由をすぐに知る。人のいない外れの山を選び、そこへ特大の魔力を集中。カリンと激突するシルトの光線と同規模、あるいはそれ以上にまで充填し、カリンごと貫くように、圧縮した魔力が解放される。轟く破裂音に、白に染まる視界。光が晴れた時、2つの光線は消えており、空へと向かってゆく魔法少女の姿がある。
「ほう。だが第2射の装填など容易よ。今度は至近距離で焼き殺して──」
「私たちの街を、返せ……! ソーラークリスタル、セット! フレア・スマッシュ……!」
再び炸裂する拳。カリンが込めた怒りの一撃が、災害獣に備わる花のような砲台器官の中央部を破壊し、巻き起こる爆発によりちぎれた花弁が宙を舞う。ついにダメージを与えられたうえ、あの光線という大きな戦力を潰した。
「やった! これで……」
「誰が……花はひとつしか咲かぬと言った?」
暗闇が蠢き、黒い靄が災害獣の巨体へと集まってゆく。形作られるのは先程、花開く前に存在していた蕾だ。
「っ、だったらもう1回──」
「あっ、か、カリンさんッ!」
さらに触手の群れから放つ光線が、必殺技を放った直後のカリンに直撃。クラウディアの干渉は間に合わず、彼女は撃墜され、追撃に来る光線はどうにか間に合ったシエルカが庇い守りきるものの、ふりだしどころか、状況は悪化していた。
「ごめんね、みんな。カリンちゃんは生きて戻らせたけど、あいつは……」
戻ってきたシエルカは最初に謝罪から口にする。あれ以上どうしようもなかったのは誰もがわかっていて、それ以上はなにも言わなかった。いや、テュエラやネージュは特にだが、既に奴の魔力干渉を耐える限界が近づいており、傷ついてシエルカの肩を借りるカリン、ただうずくまっているジェナも含めて、彼女らは休ませるべきだった。
「待たせたな。事情を話すと言った、あいつの知っている限りのことを話す」
最後に遅れてやってきたキリノから、クラウディアたちはあれが人間に擬態していたものだと知らされる。シルトと暗闇の花の情報が共有され、おそらく奴が殺害予告の犯人で間違いないという認識は全員のものとなった。だがそれで、上空にあるあの巨大な闇の存在は解決されなかった。
幸い、シルトはいまだ、自ら動いてはいない。まだ体力のあるシエルカとクラウディア、そしてキリノが協力し、皆を屋内へと運び、ひとまず休憩させる。近隣の民家の居間を借り、皆の汗をタオルで拭きながら、クラウディアは思わず声に出す。
「もう……どうにもならないんでしょうか」
その手を掴み、寝かされていたカリンは無理やり起き上がろうとした。痛みを歯を食いしばって耐え、傷口から流れ出す血は気にも留めない。
「諦めちゃだめだよ……私は、まだ……!」
「っ、カリンさんは動かないでください!」
慌てて止めるしかなかった。シエルカも常に回復魔法をかけてくれてはいるが、立ち込める暗黒による阻害なのか、治癒は進まない。もう一度突貫したら、今度こそカリンを失う。それは嫌だった。
それ以上は誰も話さず、重い沈黙ばかりが過ぎていく中、何かに気がついたキリノが外へ出ていくと、赤い髪の2人を連れて戻ってくる。カリンの養母である現太陽の巫女とミドナの母娘だった。
「やっぱり、魔法学園の特待クラスといえども、激甚災害獣に抵抗できるのは一握りよね。あいつの干渉波は本当に厄介。お母様のボディーガードも、軒並み倒れるか、人命救助に徹するしかなくなっちゃったわけだし」
「……申し訳ございません。皆様を援護することさえままならず」
イルミナにいた軍にも、頼ることはできないとみていいだろう。2人が無事だったことは喜ぶべきだが、奴がいる以上、この後も無事なままとは限らない。
「一応、報告しておくわね。暗闇の花の教会から避難させた女の子は、まだ生きてるわよ。私たちもろともやられる可能性、まだあるけど」
「ミドナの言う通り、脅威は去っていません。あの花はまだ、再び光線を放てる状態にはないでしょう。ですが、それも時間の問題です」
しかし、現職の巫女である彼女が、街から逃げなくていいのだろうか。注がれる視線に勘づいたのか、彼女が続けて口を開く。
「私がここに来たのは……カリンにこの巫女の力を継承し、彼女にこの闇を打ち払って貰うためでした。ですが……っ、げほ、げほっ……!」
カリンは傷つき、もうその手は使えない。そのうえ、ここに来るまでに無理をしたのか、彼女は大きく咳き込み、やはりシルトの魔力の影響は受けてしまっている。現在もカリンたちの治療にあたっているシエルカにしても、額の脂汗からして、例外じゃない。例外で立っていられているのは、キリノとミドナと、クラウディアだけだった。シエルカの見立てでも同じようで、彼女は3人の名を挙げる。
「おそらく、戦力としてカウントできるのは、キリノちゃんにクラウディアちゃん、それとミドナさんだけだろうね」
「私は……」
クラウディアだって、立ち向かいたかった。それができないのは、立ち向かったうえで、無意味だと思い知らされるのが怖いからだった。その恐怖と不安に支配された今の心で、首を縦に振ることはできなくて、黙ってその場に蹲る。
「私も正直パスしたいわ。イルミナを捨てて、他の場所で準備を整え直すべきよ。魔法学校の結界なら、あいつも手を焼くと思うけど」
「2人が手を挙げないなら、私ひとりで十分だ」
そしてキリノは、やはり1人で動こうとする。誰も止めようとしない。できない。キリノに打つ手があると思えなくとも、心のどこかの縋りたい思いが、引き留めようとする言葉を止めた。無理に動いてでも止めたがったのは、カリンだけだった。
「駄目、だよ。キリノちゃん、ひとりじゃ」
「駄目だからどうするんだ。お前はこれ以上戦えないだろう」
「それでも……私はシャイニーフレアだから……」
「黙って休め。勝手に死のうとするな」
キリノはむしろカリンの方を宥め、再びベッドに寝かせる。そこへシエルカが駆け寄ると、カリンに布団をかけなおし、キリノにある提案をした。
「ひとつ、思い出したことがあってね。暗闇の花の信徒が、災害獣を目覚めさせるために使った魔法がある。言っちゃうと、魔力リソースを集約して渡すやつなんだけど。キリノちゃんにみんなの魔力を分ける、ってのはどうかな。もしかしたら、霧だけじゃどうにもならないことがあるかもしれないから」
「あっ! 私、それやりたい! キリノちゃん、みんなの想いの力だよ!」
キリノはそのみんなの魔力を束ねた力に負けた思い出があるのだが、それは本人およびカリンにしかわからない話だった。戦えずとも補助になるのならとテュエラやネージュも頷き、ただ1人ジェナの返事はなかったが、彼女の除いた魔法使いたちがシエルカと手を重ねる。魔力が淡い光を放って可視化され、様々な色が混ざりあった末に黄色となり、小さくも暖かい光球となった。
「それじゃいくよ。頼むぜ、キリノちゃんってことで!」
「……ありがたく受け取っておきます」
シエルカの手元からふわふわと漂い、キリノの手に渡る。彼女が握るとともに、弾け飛ぶようにして魔力がその体を包み、託された力を与える。想いは1つにはならないかもしれないし、それはきっとクラウディアのせいだろうけれど、せめてあの災害を倒して欲しいという願いは皆同じだった。受け取ったキリノは、ジェナを一瞥した後、拳を握り締めながらこの家を後にする。
「キリノさんなら大丈夫。キリノさんなら……きっと……!」




